「・・・敵、ナバール部隊の数は、およそ千人」
「幸い数は少ないですが、ローラント城には風の守りと崖があります。
・・・我々の人数で、正攻法ではとても・・・」
「いかがしますか、アルマ様」
___アルマ。
あの老女の名前だ。
その声が今、頭上で響いている。
俺の事を、とても冷たい目で、刺すように見た、初老の女。
無害そうな見た目とは裏腹の、策謀を感じさせる瞳の・・・。
「・・・ライザ、お前はどう思う」
「・・・まずは情報を。
私達は正確な、城内の様子をもっと知るべきです。
先日ローラント城への、食料配給ルートは、こちらで抑えました」
「なら配給係に・・・中を・・・」
そして___ライザ。
こちらはほんの少しだけ、リースに似ていると思った女だ。
柔らかなウェーブの長い髪と、豊かな身体のラインを持つ、アマゾネス軍の幹部___だろうか。
俺は、その二人の足元に、縛られたまま転がされている。
まだミゾオチと、首筋が痛むが、もう意識は冴えていた。
Ⅴ
「・・・目が覚めたか、若造。
・・・・名は?」
「・・・ホークアイだ」
あの作戦会議室らしき場所から、俺はこの小さな牢まで、連行された後。
・・・今は尋問が、始まっている。
一体、あのパロの宿屋から、どこをどう移動させられたのか。
全く解らないが、此処があの宿では無い事は、明白だった。
会議室から牢まで連れられた時、別の牢にも、ナバール兵が居るのが見えたからだ。
___駐屯地の訳は無い。
此処が何処であるのかを、もっと俺は探りたくて、周囲を見渡そうとする。
だがその行いは、突然顎を、アルマに抑えられた事で、出来なくなった。
「・・・また小賢しい事を考えておるな?
ホークアイとやら。
だが、それは無駄な事。
我々アマゾネス軍は、お前達ほど、愚鈍じゃない。
あの・・・まるで、操り人形の集団のようなナバールなど。
すぐに出し抜いてみせる」
「・・・アルマさんは、随分自信家なんだな」
「・・・。
私達は、ナバールが憎いだけだ。
ローラントは建国以前から、お前達ナバールには、煮え湯を飲まされてきた。
・・・だが今回も、結果は同じ。
最後は私達が勝つ!
・・・それだけだ」
「・・・」
_______________________________今回も?
どこかその言葉が、俺の中でひっかった。
頭の片隅で、その一言が、妙にリフレインする。
・・・一体何故だろう。
だが今は、そんな事を考えている場合では、無かった。
なんとか、この婆さんを出し抜いて、事態を切り抜けなければならない。
しかし当然のように、俺の身体は、全身にお縄にかかっていて、椅子にガッチリだ。
その上俺の周囲には、何人ものアマゾネスが立っている。
その中には、あの___________ライザもいた。
今のライザは、ウェイトレスでは無い。
リースと同じように、軍の甲冑を身に着けている。
そんなライザが、槍先を俺の喉元に突きつけ、低く唸る。
「・・・さあ答えろ、ナバールの小僧・・・。
此度のナバールは、誰の力で動いている?
やはり指導者の、フレイム・カーンか」
________________フレイム・カーンか。
だが、その名が聴こえた瞬間。
俺は、どう逃げるかの算段が、まるで頭から飛んじまった。
___カーン様が、誤解されているからだ。
戦争を引き起こしたのは、首領じゃない。
_________あの、イザベラなんだ。
だから俺は、ライザに向かって抗議をする。
「・・・違う!
フレイムカーンは、そんな人じゃない。
・・・悪いのは、イザベラという女だ!
イザベラが<古代呪法>で、皆の心を操って・・・だから、カーン様も・・・」
だがライザは、俺を一笑に伏した。
そして、より槍先を、俺に突きつけながら迫る。
そのリースに似た顔立ちが、視界一杯に広がる。
「・・・ぬかせ。
・・・古代呪法だと?
つくならもっと、マシな嘘にしろ・・・。
フレイムカーンは呪われずとも、昔から、血を好む男だ。
近年それに、イザベラという虫がついた、という訳か」
「違う・・・・・!
信じてくれ・・・」
だが。
『・・・信じてくれ!』
___そう叫んだ所で。
それが徒労に終わる事は、俺自身も、心の何処かでは解っていた。
ここは、ローラントだ。
しかも、軍部の中心だった。
そこで、単なる捕虜の俺が、ナバールをどう弁護した所で、相手にされる訳は無い。
それはよく、解っていた。
それでも俺は、主張したかったんだ。
『本当のナバール盗賊団は、決して、人を殺したりはしない』________と。
何故なら、俺が物心ついた時から。
ずっと親ナシの俺を、育ててくれたナバールは。
・・・盗みはしても・・・。
殺人は、絶対にしなかった。
まして戦争なんて、ずっとやってなかったんだ。
昔は、違ったのかもしれない____。
でも、少なくとも。
俺が居た、今までは________。
だが、そんな俺の主張は、再びライザに一笑されて、終わった。
その美しい口元が、今は憤怒で歪んでいる。
それが再び、低く囁く。
「・・・いいだろう。
その<イザベラ>という女の存在は、認めよう。
だが、フレイム・カーンの意思は、今回も戦いにあるはずだ。
ナバールは・・・。
マナの変動で飢えて、再び奪うしかなくなった・・・。
かつてと同じように・・・。
・・・違うか」
「・・・そ、それは・・・」
「砂漠のオアシスが枯れれば、生き延びるためには、外に活路を見出すしかない。
今回もそうだろう。
それは呪いだなどと、愚かな事を叫ぶより。
今は、自分を守る為に喋る事だな、ホークアイ。
・・・もっと痛い目に、あいたいか?
嫌なら、お前が知っている限りの、ナバールについて、全て吐け!
情報に信憑性があれば、命だけは助けてやろうッ!」
ピタ、とその時。
ライザの言葉と共に、槍先が俺の頬に当てられた。
金属の冷たさが、肌から伝う。
『迷信を、これ以上喋るなら、お前にもう用は無い』
確実に、そう告げられている。
そして、このやり取りを、ずっと見守っていたアルマが、フと嗤った。
俺の顎、それをギュウッと、握り潰しそうなほど掴みながら、ライザと同じように、低く呟く。
「・・・私は・・・。
フレイム・カーンの前首領、オウルビークスの時代から、お前達ナバールを知っている。
確かに、呪われているな。
その歴史は、血みどろだ。
あのように痩せた土地で、多くの人口を養うのだから、無理も無い。
だが、だからといって、他国にまで戦を仕掛け続ける、ナバールの族長たち・・・。
・・・お前達が、私のジョスター王を奪った事・・・。
それを私は、許さない」
「・・・」
「たった一人だけ___戦に反対の者がいたが___、だがそれも____死んだ」
「・・・。
・・・・?」
『あれだけは、そうでなかった』。
そう呟いたアルマの目が、一瞬だけ細くなった。
どこか遠く、懐かしい者を、見るかのようだ。
それがまるで、俺自身を懐かしむような眼をしたから、一瞬鼓動が高鳴る。
この婆さんと、俺は・・・・・・。
何処かで会った事でも、あるのか?
・・・いや・・・そんなハズはない。
だがアルマは、まだ俺を、懐かしむような目のまま続けた。
「___あれは、<ファルコン>という名の女だった。
・・・お前は、顔だけかな?
だが、よく似ている。
とても美しい女だった。
見た目は妖艶でね。
だが心は、誠実だった・・・」
「・・・」
「・・・さて、ホークアイとやら。
ファルコンを見習って、お前も少しは、誠実になる事だ。
ナバールの実情を、今、洗いざらい吐くなら良し。
だが語らぬのなら・・・。
賞金首として死体になって、祖国に売られるだけだよ。
お前にとってのメリットは・・・もう、明らかだろう?」
「・・・ク!」
________ナバールの、実情___________。
『それは本当に、イザベラの呪いなんだ!』と。
いくら言っても、もうローラントには、通じないのだろうか。
確かにナバールが、<マナの変動で飢えた>というのは、事実だ。
そして、対する俺の答えが<イザベラと古代呪法のせい>___。
・・・それじゃあ、全く説得力が無いのも、確かだった。
だから俺は、諦めかかる。
確かにそんな説明じゃあ、迷信みたいだ。
___________<ナバール史>。
あの時、イザベラに焼かれて消えた、小冊子。
俺は遂に、読む事が無かったが・・・。
もし、今の俺があれを読んでいたら。
『ナバール盗賊団は、決して人を殺したりはしない』と。
・・・自信を持って、言えたのだろうか。
何処にも戦争の跡がなくて、胸を張れただろうか・・・。
_____________________イーグル。
その時、俺の脳裏に、亡き親友の姿がよぎった。
・・・そのせいもあるだろう。
俺はまだ、肉体的な乱暴は受けて無い。
にも拘わらず、ずっとローラントから責め続けられ、精神が摩耗しそうだった。
___だって俺が知っている、ナバールは。
・・・・みんな優しかったからだ・・・・。
カーン様も、ジェシカも、ニキータも。
孤児だった俺を、愛してくれた。
だけど、それを証明するすべが、今ここには無い。
だから、俺は一体、これからどうしたらいいんだろうと、心の中で_____イーグルに問いかける。
ここでローラントにとって、使える情報だけを売って。
自分だけの命を救うなんて。
俺には出来ない。
かといって、イザベラの話をしても、誰にも解っては貰えない。
・・・・・・・・・たった一人だけ。
信じてくれた子が、居たけど___。
__________________________リース。
その時、ふわりと、記憶の中でリースが微笑んだ。
___滝の洞窟で出逢った時。
ライザと同じように、槍を突きつけたけど。
だけどすぐに謝ったり、慌てふためいたり。
何より、俺の言葉を無条件で、信じてくれた______リース。
「・・・・・・ホークアイ!」
それが今・・・何故だろう。
俺が無性に、その声が聴きたいからかな・・・?
彼女が俺を、呼んだ気がした。
「・・・リース様ッ!」
顔をあげると、リースが格子の向こうから、必死に俺を呼んでいるのが見えた。