『最後まで、希望を失わないでくれて、有難う。
けれども、マナの樹は枯れてしまい、世界からマナは消えてしまいました。
___私は、マナと共に消える運命___』


残響のような、フェアリーの声が、旅の最後に、聖域の中を響いていった。
竜と闇を倒した、俺達の前で、フェアリーは、儚く消えていく。
それでも、嬉しそうに笑っていた。


『短い間だったけど、今まで、本当に有難う。
アンジェラ達の事は、忘れないよ・・・』

『・・・そんな!
行かないで、フェアリー!』


竜を倒しても、枯れてしまった大木の洞。
擦り切れて、羽さえ失くしたフェアリーは、最後の別れを告げた。
これまで、多くの者を失ってきた、俺達は・・・そして、アンジェラは___。
もうこれ以上、誰かを失う事が、耐えられないかのように、妖精にすがった。
フェアリーは、もう動くことも叶わない首を、無理に振りながら、それでも、精一杯の笑顔を浮かべる。
そして___。


『・・・違うの、心配しないで。
アンジェラ達が、未来を信じて戦ってくれたから、私は、生まれ変わる事ができるの。
新たなマナの女神に___』


妖精は、生まれ変わっていく。
もう、何処にも竜の姿は無く、闇の力も、消滅したような世界の中で。
これまでと同じように___美しく、生まれ変わって行った。


『・・・フェアリーは、マナの樹の種。
本当に信じあえる人、理解しあえる人と出会った時・・・。
新たなマナの樹、マナの女神として、生まれ変わるのです。
さあ、お別れです。
アンジェラ・・・デュラン・・・シャルロット・・・』


新たな女神の声に見送られながら、俺達は、マナの聖域を後にしていった。
今は、澄み切った小川の上に輝く、巨大な蓮の葉を渡りながら___。
フラミーの背に乗る為に、ゆっくりと歩いていた。
誰も、何も、語らなかった。
時折吹く、甘い風だけは、初めて此処に来た時と、変わらないままだ。
俺達の後ろには、枯れた大樹だけがある。
そして、朽ちた東屋の、女神像。
彼女も、変わらない微笑を浮かべ続けていた。

アンジェラとシャルロットは、女神を背にしても、一度も立ち止まる事が無かった。
・・・だけど、俺は・・・そのほほ笑みに惹かれて・・・止まってしまう。
振り返り、マナストーンの女神を見上げてしまう。
彼女の微笑が、もう一度優しく、俺にだけ、語り掛けた気がした。


『貴方達の心の中の<マナの剣>が、いつまでも、光り輝き続けますように___』




□Farewell Song




「そんな恐ろしい事があったのですか。
何も覚えていないなんて、これでは女王失格ね___。
操られていたとはいえ、実の娘を殺そうとするなんて。
何て、恐ろしい事なのでしょう・・・。
アンジェラ、私を許しておくれ」

「ううん!
お母様、もういいの。
お母様は、理の女王。
これからも、アルテナの女王で居て下さい。
私、精一杯、お母様を支えます」

「有難う、アンジェラ・・・」


闇の力の後遺症で、起き上がる事もできない、理の女王。
彼女を支えながら、暖炉の前の安楽椅子へと、そっと誘う___アンジェラ。
マナが無くなり___ボイラー室の炎が消えた___アルテナ城。

王族の居住区である此処も、強い冷気の影響を、免れる事は出来ない。
窓の外では、もう雪が舞っている。
庭の景色は、雪化粧を重ねていた。
寒さから逃れるように、アンジェラは、柔らかな毛布を、女王の膝に掛ける。
そんなアンジェラを、理の女王は、微笑を浮かべて諭す。


「ふふふ!
では、もう駄目ですよ、アンジェラ?
いつまでも貴女がフラフラしていては。
貴方は、私の後を継いで、アルテナ国の女王にならなければいけないのですから・・・」

「・・・はい、お母様」

「私の魔力も消えてしまい、アルテナも、これから寒さとの戦いになるでしょう。
ああ、ですからもう、そんなカッコもダメですよ?
これ、ヴィクター!」

「はい!
陛下!」


その時、女王の声に応えるように、奥の間から金髪の青年が現れた。
素朴な顔つきをした、二十歳くらいの執事だ。
どこか、立派な執事服に『着られちまった』感がある。
ヴィクターと呼ばれた青年は、美貌の女王に呼ばれ、膝元にかしずいた。
だから俺は、そんな青年を横目に、つい思っちまう。

なんだか、コイツ、執事っていうか・・・。
むしろ、犬か・・・?と。

ミニチュア・ダックスフンド。
見た目が、非常にアレっぽい。
ダックスみたいな執事は、ワタワタしながらアンジェラに進言する。


「姫様~!
もう、チャンとこれからは、しっかりしたお洋服を着てくださいねッ。
姫様が、いつまでもソレだと、ホセじいの愚痴を聞かされるのは、いつもこの僕なんですからねッ。
もう勘弁してくださいよっ。
そして、そこのアナタ~~~」

「・・・お、俺?」

「そうです。
素朴極まりない顔の、毛玉みたいなアナタです。
貴方は、キチンとした服をお持ちですか?
そのような、ズタボロニットではなく、王室付きに相応しい、タイとか、上着などを。
フォルセナ風で構いませんから」

(お、王室付きイ・・・?)


なんだコイツ、イキナリ出てきて、俺を、素朴な毛玉呼ばわりだと。
失礼極まりない犬め。

けれども、よく考えたら、確かに此処は王城だ。
しかも、王族の居住区だった。
周囲を見渡せば、華美では無いが、どう見ても上質な家具ばかりだった。
フォルセナ城の、リチャのおっちゃんの部屋より、下手をすると凄い部屋だ。

そして、吐く息も白くなった部屋の中で、ヴィクターは、フロックコートを着ている。
女王は、カシミヤのガウンを纏っていた。
なのに、俺は、ズタボロニット。
アンジェラに至っては___。
___ピチピチ。


「ウソお!
だからって、お母様の、昔の服を着るのオ~?!
ヴィクター、私、絶対イヤよっ。
あれ、堅苦しい上に、動きづらいんだモおン!」

「お風邪を召すよりマシです。
ほらほら、お着換えしましょうネ~。
いつまでも、そんなカッコじゃあ、女王様に叱られますよ?
ちゃんと、歴代の王女様が着る、ドレスがあるんです。
つべこべ言わずに着てください」

「イヤ~~~ッ!!」


アンジェラは、ヴィクター犬に連行されていく。
一方で、取り残された俺は、疲れ果てて眠ったシャルロットを、膝に乗せたまま、途方に暮れていた。
___生きて、戻ってこれた。
その事実に安堵を仕切って、此処が王城なのを、今まですっかり忘れていたからだ。
なので、俺は固まる。

目前に、一国の王。
その膝元に居たのにだ。
さっきまで俺は、この部屋が、まるで自宅でもあるかのように。
毛玉姿で、大あくびはするわ、あぐらはあくわ、あまつさえ、茶菓子は素手で食ってた・・・!

だから俺は、大慌てで、まずはシャルロットを下し、膝をつく。
見よう見まねの、記憶の中にしか無い、フォルセナ騎士の礼を___。
下手でもして見せる。


「・・・国王陛下!
申し訳ありません、大変、恥ずかしい振る舞いを致しました・・・!
私は、すぐに下がります。
ですが・・・その前に・・・あの・・・。
・・・。
・・・一つだけ、お願いをしても、よろしいでしょうか・・・」

「苦しゅうありません。
言ってごらんなさい。
異国の騎士よ」


俺は___息を吐く。


これは、もう、解っていた事だ。
そう、自分に言い聞かせながら・・・。
女王へと奏上をした。

『・・・この私に許されるのなら。
アンジェラ王女と、今日一日を、共に居させて下さい。
どうしても、二人だけで、やりたい事があるのです___』。

言葉にする事が出来た俺は、我ながら、ちゃんと丁寧にできた、良かったと、胸を撫で下した。
だが、俺の『二人だけで』の言葉に___女王の表情は、一瞬だけ曇る。
けれども、僅かな間の出来事だ。
すぐに女王は微笑を取り戻した。
そして、優しく、俺に問う。


「最後にあの子とやりたい事とは、一体、何でしょう?」


俺は、毅然とした態度を崩さぬよう、配慮をしながら___。
リチャのおっちゃんと、公式の場で会う時と同じように、騎士見習いの顔をして答えていた。


「女王陛下。
本来、異国の傭兵である私が、貴国の王女と二人きりなど、許される事ではありません。
ですが、どうしてもアイツの・・・紅蓮の魔導師の弔いだけは・・・。
・・・それだけは、旅の最後に行いたいのです。
アンジェラ王女様は、魔導師の事で、とても心を痛めておられます。
一見、そうは見えないでしょうが・・・。
・・・私には解るのです。
・・・その・・・ずっと一緒に・・・居ましたから」


理の女王は、俺の事を、上に立つ人間ならではの、威厳を込めた眼差しと___。
そして、子を見守る、親のような笑顔で見つめ返した。
それは、長く闇の力に晒されたせいで、やつれた微笑だ。
けれど、リチャのおっちゃんに、よく似ていた。
___王の顔だ。
女王は、俺の言葉を、出来る限りは尊重するように頷き、静かに語り始める。


「・・・。
・・・今にして思えば・・・。
私は、あの子達に、随分と辛い想いをさせてきましたね・・・。
アンジェラにも、そして、ブライアンにもです。
けれども、フォルセナの傭兵よ。
お前が、もう一人前の騎士ならば、理解ができますね。
私の行いは、全て、国の為なのです」


「___御意、陛下」


「フォルセナの騎士である貴方に、私の罪を、許せとは言えません。
ですが、敵国の王女にも関わらず、よく此処まで、あの子を支えてくれたと・・・。
心からの、お礼だけは言わせて下さい。
ですから、今夜だけは、あの子と二人で過ごす事を、許しましょう・・・。
紅蓮の魔導師の件も、承知しました。
ですが、彼は戦犯。
闇夜に紛れ、人目につかぬよう、二人だけでお行きなさい。
そして、故郷へ帰ったら、フォルセナ王に、必ずお伝えください。
アルテナ国の女王・ヴァルダは、貴国への非礼を詫び、必ず償います・・・と・・・」


そして、語るべきを語った女王は___。
コトンと眠りに落ちた。
疲労が重なって、動く事も難しい身体だ。
それでも、言い終わるまで、気丈な姿勢は崩さなかった。
だから俺は、女王に、そっと敬礼をしてから立ち去る。
その姿は、例え、敵国の王だったとしても・・・心から尊敬できた。
___敵将だった、紅蓮の魔導師も。
___今の俺は___。


______敬愛をしている。









やがて夜になり、俺は、客間をそっと抜け出した。
ヴィクターにブツクサ言われつつ、渡されたローブを纏ってだ。
ローブの下には、白銀の鎧と、剣を身に着ける。
聖域で手に入れた武具は、マナがなくなっても、俺の手元に残った。

見た目が、女神の武具だから、馬子にも衣装なのだろう。
ヴィクターにも、合格点は貰った。
鎧の上に、渡された紺碧のローブをつけると、まるでナイトみたいだ。
12年前の、フォルセナの紋章が、施されているローブ___。
古いデザインだが、フォルセナの象徴が、背中に添えられていた。


『このローブはね、女王陛下がお持ちだったんですよ。
とても昔の物なのに、綺麗ですよね』


ローブを手渡しながら、ヴィクターは、ホウッと溜息をついた。
その目が憧れで満ちている。
かと思えば、俺の事を、ジト目で睨む。


『デュランさん、いいな、いいな。
陛下の私物を賜れる栄誉なんて、我々下々には、滅多に無いですよ。
・・・はあ。
しかしヴァルダ様は、なんで、大昔のフォルセナのローブなんかを、お持ちだったのかな?』


最後に、首をひねりながら去ったヴィクター。
奴は、まるで遠吠えの如く、一言だけを言い放って消えた。


『ふふ・・・。
だけど姫様には、これからは、この僕が一番近いんだい。
デュランさんじゃないぞう』


俺は、そんなアルテナ城を、後にしたのだった。




___もう、外は吹雪になっている。




マナの結晶が無い、白いだけの粉雪が、花びらの嵐のように散っていく。
俺は、アルテナ城の中庭を、小走りで駆けていく。
白銀のプレートに覆われた足が、降り積もった雪を踏みしめる。
深く、踝まで埋まっていく。
女王から貰ったローブがなければ、全身が、身を切るような冷気で切り裂かれそうだ。
肌をさらした頬が、ささくれと赤みで、淡く染まっていく。

やがて、庭を突っ切った俺は、指定された勝手口から、城を抜け出していった。
ヴィクターに渡された松明と、地図を頼りに、城壁沿いを歩く。
そして、城壁が途切れた頃___。
其処では、一台の馬車が、俺を待っていた。


「___アンジェラ___」


___馬車の前で。
俺は、今までと全く違う姿の、王女に出逢う。
その白い手が、俺を誘った。
まるで、深窓の姫君のように。
そして______恋人のように。
俺を求める。


「___一緒に行こう、デュラン」