『貴様が、フェアリーか。
逢いたかったよ、女神の子___』
一振りの剣を翳す。
切先が薄く光る。
美しい黒の煌きが、剣先に宿りゆく。
艶やかな刃、銀色の輝き、全てが夜闇のような、黒く光る剣(つるぎ)を掲げ、男は語る。
『お前はフェアリーが、単なる女神の使いとでも?
嗚呼、確かに美しい存在だ、其の妖精に導かれ、古の時代より、幾人もの英雄を得た___マナの女神』
だが、お前に疑問は無いのだろうか?
憤怒は存在しないのか?
何故、マナの女神の元にありながら、ファ・ディールには、虐げられる者達が、常に生まれ続けるかと。
『だから気づけ、私の×××。
そして、今すぐ止める事だ、女神の騎士などは・・・。
・・・・・・デュラン!!』
◇
「随分長い間、居眠りをしてたんだな、デュラン・・・」
今、俺の瞳がゆっくりと開く。
目前には、身体を預け切った、大きな剣(つるぎ)が存在した。
抜き身のままの剣だった。
必死になって柄を掴み、膝を付き、俺は眠って居たらしい。
「悪い、ブルーザー」
「フンッ!
『黄金の騎士』の息子はいいな。
父親が英雄で、王様の親友だからって、居眠りしてても特別扱いか。
いいから、もう行けよ!
たった今、お前に招集がかかったんだ」
剣に、俺の上司である、ブルーザーの手が伸びる。
もぎ取られた剣は、ブルーザーの手で払われて、鞘に納められてしまう。
そして、背後の収納庫へと叩きつけるようにして、俺の剣はしまわれた。
此処は、フォルセナ城の城壁、フォルセナ軍・白銀騎士団が警備を担う場だ。
「言っておくが、いくら剣術大会で優勝しても、お前が隊長じゃないんだぞ、デュラン。
お前は傭兵で、責任者は此の俺だ。
お前は上の伝達だけをしっかりやればいい。
必ず正確に聞いて来て、此の俺に伝えろよ!」
「解ってるよ、ブルーザー!
ちゃあんと聞いてくっから、其のでかい耳の穴を掃除して、首を長ーくして待ってやがれってんだ、ハンッ!」
俺は上司の顎を押しのける。
すると背後で忍び笑いが聞こえて来る。
俺はため息をついた後、何故か高鳴る動悸を抑えて、指定の場所へと向かって居た。
___唯でさえ『妙な夢』を見た。
其れだけでも嫌なのに、ブルーザーには絡まれて、日和ってる連中には笑われるし。
今夜は、最悪だ。
けれども隣の同期が肩を叩いてくれた。
同期は「後でブルーザーの剣に悪戯でもしてやろうぜえ、デュラン!」と囁いた。
だから俺も「おうよッ!」と親指を立て、駆け出したんだ。
草原の国フォルセナの、英雄王の待つ玉座の間へ。
フォルセナ城はとても広い。
呼ばれてすぐに駆けたとしても10分掛かる。
だが上を待たせるのは御法度だ。
俺達城の傭兵は、城の何処に居たとしても、招集が掛かったら、すぐに走って行かねばならん。
俺は小走りに駆けながら、招集場所へと向かって居た。
同時に其処かしこから、各小隊から呼ばれた少年達が、同じ場所へと集まり出した。
俺達は、ひと際美しい、紅と金の壁が続いて居る、美しい廊下に辿り着く。
黄金色の大きな扉が、今夜だけは開かれてる。
ゾロゾロと、他の傭兵達、俺と年の変わらない少年が、部屋の中へと吸い込まれるように入って行った。
俺も周囲と同じように、人混みに流されて、謁見の間に入ってゆく。
やがて騎士の甲冑を身に着けた、大人の男が誘導し、列の最後尾に加わって、少年達に呼び掛けた。
「静粛に!
これより、リチャード陛下から、情勢の説明と、君達の役割について告げて貰う。
よく聞いて、各持ち場に伝達せよ。
繰り返す!
・・・静粛に!」
騎士達は、ザワつく少年達を諫め続けて居た。
大人達が根気よく「静かにしろ」と言い続けて、ようやく場が静かになる。
やがて静寂を待って居たように、高らかな楽器の音が広間に響いて行った。
そして一段高い場の玉の座に、フォルセナ王が現れる。
王はたっぷり時間を掛けながら、各少年達を見て回った。
其の時、後列に居た俺と、ほんの少しだけ目が合った。
すると、王が片目をつむる。
其れはホンの僅かの出来事だ。
けれども俺には意味が判る。
其れは「よく来たな、デュラン!」と言う、おっちゃん流の挨拶みたいなモンである。
其処で俺も「ニヤッ」と笑顔を返しちまう。
すると今度は玉座に腰を掛けながら、ワザとらしい咳払いもして見せた。
其処で、俺は、内心じゃあ・・・。
(相変わらずの演技派だゼ、リチャのおっちゃんは!)
とか思っちまい、思わず笑顔のままで居た。
けれども今はマズいタイミング、隣の騎士も咳払いだ。
仕方なくても切り替えて、ちゃんとやるしかしょうが無い。
___今の俺は『フォルセナ軍・白銀騎士団の少年兵』なのだった。
「さて、騎士見習いの諸君、集まったな。
では始めよう。
これはとても辛い報告だなのだが、半刻前、国境より、急な伝令が入って来た。
ミスト山脈の山間に、アルテナ軍が集結し、我がフォルセナへと侵入した」
・・・ザワッ!
再び少年達が騒めいて、大人達が窘める。
広間に動揺が走ってゆき、収まるまでには時間が掛かる。
騒めきが静まるのを待って後、再び王は語り出す。
「皆も周知の通りだが、隣国のアルテナは、魔法を使う大国だ。
我々には解らない、多くのマナの知識を持ち、空中要塞さえ使う。
けれども我々フォルセナは、負ける訳にはゆかないのだ。
此の肥沃で広い土地は、我が民達の物である。
マナエネルギーの変動で、世界規模の異常気象が起こって居る、現在の状況下・・・。
アルテナの行動は、まだ被害の少ない我が国を、奪う為の行為だろう。
平時であれば、諸君の任務は、後方援助となって居る。
しかし事態は此の通りだ。
今後は前線に向かう命令も在るだろう、心して置きなさい。
伝令は以上である、諸君の健闘を心から祈る。
・・・フォルセナに幸あれ!」
「フォルセナに幸あれ!」
ザッ・・・!!
其の時、一糸乱れぬ動きをし、同じ言葉を繰り返し、フォルセナ兵の全員が、己の剣を縦に翳した。
だから俺もそうして居た。
号令と同時に剣を翳す事、騎士団における忠義の誓い。
それだけは、どんなに俺がまだ未熟で、見習いの少年兵だとしても___。
出来るようになって居た。
◇
そうして真夜中の事だった。
謁見が終わってから、俺は再び警護に戻って居た。
「国境には、アルテナ軍が着いて居る」。
其の伝令を受け取って、時間以内に戻って来て、報告業務も済んで居た。
そうして再び門に立ち、数時間が経って居る。
交代が来るまでは、後10分くらいは在る。
メドがつけば「いけないこと」とは分かって居ながら、俺は眠気に襲われた。
・・・何故だろう。
今夜は何かがおかしい。
こう見えても、退屈な警護の仕事をして居たとしたって、俺は居眠りなんかはした事ねえ。
なのに今日に限ってヤケに頭の奥が霧がかったみたいになる。
それでまた、俺の顎が下がっちまう。
こくっ。
あ、いけね。
国境じゃあ、戦が始まろうとしてるのに・・・。
なのにまた・・・。
こくっ。
俺の首が下がっちまう。
すると何処か遠くから「バカだよ、あんたもロキも!」と声まで聴こえて来た。
其れはステラ叔母さんの声だった。
叔母さんは、俺の母親代わりの人である。
親父は白銀騎士団の団長だった。
先代の団長で『黄金の騎士ロキ』と呼ばれ、騎士達の鏡であり、傭兵達の憧れだった。
そして、そんな父親を、内助の功で支えて居た、母のシモーヌ。
其の両親を5歳の時に失って、以降はステラ叔母さんが、俺を育ててくれて居た。
夢の中では、まだ幼いころの妹を抱いて居る、若い姿の叔母さんが、涙をそっと拭いて居た。
『シモーヌ、デュランはまだ5歳だよ。
ウェンディは赤ちゃんさ。
なのに病気を放って置いてまで、無茶を沢山したんだい!』
『聞いて、ステラ、私が重い病気だと、もしも知ってしまったら・・・。
あの人は、ロキは安心して戦に行けなかったの。
私は足手纏いにはなりたくなかったの。
国の為にも、耐える事が、必要だった時期なのよ』
遠い日に、病で死んだ、母の声が木霊してる。
そうして俺は『浅い夢』だと悟って居た。
けれども、甘く、懐かしい母の声、其れをもっと聞いて居たい。
だから、後、少しだけ・・・。
眠ってはいけなくても。
俺は夢を見たかった。
『シモーヌ、すまない。
ロキは私を助けようとして、竜帝と差し違え、底知れぬ穴に落ちてしまった』
『そうですか・・・。
あの人は、ロキは、最期まで『黄金の騎士』で在れましたか。
それなら彼も、きっと本望だったと思います・・・。
ウっ!』
夢の中で、母親の、最期の声が木霊した___。
其の時だ。
熱い。
突如異常な熱さで肌を炙らて、俺はようやく気が付いた。
轟音を立てながら、城壁の奥に聳える大木から、煙が立ち上って居た。
(・・・炎だと!?)
黒い煙が舞い上がる。
火の粉がゴウッと舞い上がり、消し炭になった葉が、黒き雨のようだった。
立ち込める、煙で肺を焼かれてゆき、俺は、息が、詰まり出す。
「一体どうした事なんだ。
どうして俺は全く気が付かなかったのだ。
そうだ、皆はどうなった?!」
見渡すと、目前に迫り来るのは『見渡す限りの死体の群れ』だった。
俺は「おかしい」「そんなハズは無い」と願う。
そうして何度も首を振る。
何故なら、たった数刻前まで、とても平和な夜だった。
居眠りが出来るほど、静かで暗い夜だった。
それに甘い眠りへ落ちて居ても。
此の事態に、此の俺が、全く気付かなかったのか?
___そんな事はあるハズ無い。
「・・・ブルーザーッ!!」
隣で倒れて居るハズの、ブルーザーを揺り起こす。
けれども彼は応えずに、無言のままでコト切れた。
瞳が見開かれたままで、遂さっき、冗談を言った後みたいに笑ってる。
それなのに、体中は火傷を負い、鎧は消し炭、燃え尽きた。
一瞬で、熱に焼かれたようだった。
一方で、俺自身は、傷一つ負っちゃ居ない。
見渡すと、俺が眠りこけて居た、壁の凹凸以外の統べての場所、其れが黒く爛れて居た。
やはり此の場所以外を高熱が、突然襲ったようだった。
凹みだけが唯一『ソレ』から逃れてる。
___其の時だ。
燃え盛る、紅い炎の壁の舞、揺らめく熱気の奥深くに、人の姿が見えたのは。
真紅のロウブを身に纏い、火の粉で輝く髪を持つ、背の高い美青年。
奴の背中が残像を、幾つも重ねて残しながら、城へと滑り込んでゆく。
「・・・?
何だ、あの男は?!」
俺はブルーザーの剣を拾い、消えてゆく影を追う。
そして、闇夜に消えた、男を目指して走って居た。

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