燃え盛る、業火が空を染め上げる。
飛び散る火の粉が宙を舞い、吹き付ける風の熱、黒き雨の消し炭が、俺の頭上に舞い落ちる。


「待てッ、貴様は何者だ!」


透明な、蒼みを帯びた、大きな眼。
陶器のように澄んだ肌、端正な顔立ちと、影を孕んだ長い睫毛。
白い手首に光るのは、マナの力を秘めた輪だ。
男の様子は一目見て『位と力』を想わせた。

細い癖に、力強い。
ビリビリ空気が張り詰める。
空気が刃に変われるなら、きっと、切り裂く事が出来る。
___血のような、紅いロウブと闇を纏って立つ姿。

男は俺を垣間見て「クッ」と嗤うだけだった。
自ら炎に飛び込む羽虫達を、憐れみ蔑む笑みだった。


「フフフ、勘の鋭い奴だ。
どうやらお前は、城一番の、剣の使い手で在る事を、己の誇りとして居るようだが。
マナの力を前にすれば、剣など、無力で在ると知れ。
・・・身の程知らずの『デュラン』とやら」

「貴様、どうして俺を知って居る?」

「何も気にする事は無い。
お前は此処で死ぬのだから」


其の時、風が動いて居た。
男はすでに消えて居て、同時に背後に気配が在る。
___視界の総てが男になる。





其れは、風の音、だった。
喰らって居たのは『単なる蹴り』のハズだった。
けれども蹴りと言い切るには、余りに力が強過ぎる。
唯の一発喰らったのみ、なのに身体が動かない。
あんなに細見の足なのに、力が此処まで在るハズ無い!


「アッハッハ!!
貴様はまだまだ子供だな!
こんなガキを傭兵としてるのでは、英雄王も、噂ほど、大した王では無さそうだ」

「・・・国王陛下を愚弄するか!」

「フン、随分と、腰抜けの小僧だな。
国王陛下が何なのだ。
力の使い方も知らぬ者が、意気上がるのは其処までだ」


コイツは何を言って居る?
けれども、今は、話をして居る場合じゃ無い。
痛む腹を抱えながら、再び構えて立ち上がり、男に向かって斬り掛かる。
傷んだ臓器を抱えたまま、繰り出す剣に力は無く、刃はフワりと躱された。


「小僧、己の力は、自分の為に使うのだ。
国、陛下、愚かだな・・・。
『国を守る』其の為に、戦場などへと送られて、最期は殺されるのだ、騎士などは」


俺の剣の切先に、ツウと指を絡ませて、男は薄く嗤って居た。
翻る、紅いロウブが、視界の総てになってゆく。
甘い花弁の香りが立ち、同時に俺の横腹へ、深く手刀が喰い込んでく。


「グアッ!!」

「フン、まあ、貴様ような小僧には、どの道関係無い話だ。
力の味を知る前に、此の場で野垂れ死ね『デュラン』」


もう、考えるて居る、行為自体が成り立たない。
「デュラン」の声が終わった時、氷の礫が舞い上がる。
男の指から、巨大な魔力が炸裂し、絶対零度の刃の槍、氷が腕を貫通する。
同時に炎の乱舞が蛇の如くに襲い掛かり、俺の足を焼き切った。


「アッハッハ!!
死んでしまえ!
お前のような、小僧の安いプライドなど、成り立たぬ事を思い知れ!
無力な己を噛みしめて、冥府に下ってゆけるよう、俺が自ら殺してやる」


どうして紅い魔導師は、俺に拘り殺すのだ?
だが、もう、何も、解らない。
グッと髪を掴まれて、無様な姿を晒したまま、俺は身体を吊るされた。
再び視界一杯に、其の端正な顔立ちが、吐き気がするほど拡がった。


「・・・フォルセナの傭兵よ。
贄の候補で在りながら、弱き心の持ち主よ。
生まれつきの才能に、あぐらをかいてばかり居て、城一番とは笑わせる。
お前のような存在が、どうして認められるのか、俺には理解し難いな」


霞む視界の向こう側に、白くて細い手が見えた。
甘い香りが立ち込めて、男の艶めく指先に、紅蓮の炎が宿りゆく。
紅い焔は大きくなり、やがて手の平以上になる。
激しい痛みで、敗けを認めたその時に、俺が『終わり』を識った、其の瞬間。


「侵入者だ、探し出せ・・・ッ!」


遠くから、男達の足音が、木霊す音が聴こえて来た。
騒めきと、剣の掠れる音の群れが、さざ波みたいに打ち寄せる。
翳す、紅い魔導師の細い手を、黒い籠手の、大きな拳が制してる。
其の手は深くて綺麗な黒と想う。
___死を前にして、尚思う。


「生憎だが、デュランを始末する間は、もう無いよ」

「一瞬だ。
其の手を離せ『黒曜』よ」

「扉の向こうに200人。
雑魚ばかりでも数が在る。
それに、主の贄候補を、減らされるのは困りものだ」

「・・・貴様の贄など知った事では無いのだがな」

(・・・。
『黒曜』)


漆黒の腕を持つ、何者かの二つ名を、死の間際で知ってゆく。
次の瞬間、ドッ!と音を立て、燃え盛る、大きな木が倒壊し、扉がバンと開いてく。
罵声と共に、軍隊が、狭い廊下に雪崩込む。


「チッ、命拾いをしたな、傭兵よ。
いつの日か、俺が必ず殺してやる」


風を孕んだ魔導師は、紅いロウブを翻す。
黒き騎士と、一瞬で、闇の中へと消えてしまう。
遠くから「やはり、王の、言う通り、追え、逃がすな!」と叫ぶ声が聴こえて来る。
掠れた切った聴覚で、聞きとり終わった瞬間に、俺の意識は、ブツと消えた。





「昨夜、城内に侵入した魔導師の手によって、警備に着いた者がやられ、生き残ったのはデュラン一人・・・」

「目撃者の話では、紅いロウブを纏って居たと言う。
おそらくは、魔法王国アルテナの『紅蓮の魔導師』」

「あの、デュランでさえも叶わなかった相手。
下手に動けば敵の罠に嵌る危険性も在るだろう。
我が国からも是非スパイを」

「アルテナの理の女王、友好国でありながら、盟約を破るとは」

「おお、目が覚めたか、デュラン!」


___天蓋が見えて居る。
気が付くと、俺はヤケに豪華な寝台に、寝かしつけられて居た。
隣には、さも安堵を見せた王が居て、団長達も傍に居る。
内の一人、現在の、白銀騎士団長の眼と俺の眼が、合ってしまった瞬間だ。


「君が息子の最期を看たのだね」


団長が、伏せ目がちに呟いてく。
ブルーザーの父なのだ。
俺は、身体を起こして、痛みも忘れて、深く首(こうべ)を垂れて居た。
今の自分に出来る精一杯、其れは頭を下げる事だけだ。


「団長!
ブルーザーを、いや隊長を、お守り出来なかった力不足、どうかお許し下さいませ!」

「・・・君が謝る事では無い。
悪いのは、全て、アルテナだ」


団長は、他団の長と頷き合い、やがて部屋を出て行った。
そうしてようやく此の場所が、場違いなんだと解って来る。
俺のような傭兵が『王の自室』に居たのだから。
俺は、隣で笑う、本当は、唯のオヤジを睨みつる。
そうすると、腕と、足と、横腹に、もれなく痛みが走りやがる。


「ぐああっ、リチャのおっちゃんめ、また俺を特別扱くアしィ~・・・テッ!」

「デュラン、周りが何と言ったとしても、お前は亡き友、ロキの子だ。
お前を無下に扱っては、ロキとシモーヌに申し訳が立たないから」


結局、俺は、大きな手で、ポンと頭をこずかれて、硬い髪をグシャグシャされ。
最後はデコピンまでを喰らい、そしてベッドに戻される。
もう赤面をしてふて腐れ、寝返りを打つしか無い。
なんたって『王様の部屋』はガラじゃあない。
何だかんだ言ったって、俺は、親ナシ、下街の、下っ端傭兵なのだった。


「それにだな、私の贔屓を失くしても、お前の剣の腕前が、フォルセナ一には違いまい。
ロキと同じで剣の才が在る者を、失いたくは無いのだよ」


俺が『ロキの息子』で在るからと、眼を掛けられるのは、嫌だった。
それでも俺は王が好きだ。
もしも親父が生きて居て、傍に居てくれたのなら、こんな風かと思えるから。
そして、リチャード陛下は、命を賭しても、忠義を誓える人だった。
親父と同じようにして、生涯仕えてゆきたいと、強く想える人なのだ。
だからこそ、目醒めた時に、解ってた。

此のフォルセナで一番の、剣の使い手で在る俺を、死の間際まで追いやった。
所属部隊を全滅させ、国も王も侮辱した。
あの『紅い魔導師』に、俺が負ける訳にはゆかないのだ。

コト切れたブルーザー。
子を失った騎士団長。
死んだ仲間の顔が過る。

俺は、皆を殺した魔導師と、魔法の国が許せ無い。
___だからこそ。


「国王陛下、お願いします!
どうか私に機会を下さいませ!
私は旅に出る事で、魔法の国と、魔導師を、倒す力を手に入れたい。
私は必ず勝てるほど、強くならねばなりません・・・!」





此れが俺の『始まりの物語』。
総ての因果が巡る序章。
此の時が、マナの女神の治める地、ファ・ディールへの扉だと、後の俺は知ってしまう。