社会権

 

1、社会権(社会権的基本権)の概念

 社会権は20世紀になって登場した人権で、具体的には次のような権利を定めている。 

社会権の内容

  生存権(25条)
  教育を受ける権利(26条)
  勤労の権利(27条)
  労働三権(28条)

 自由権と違って、社会権は国家に施策の介入を積極的に求めるものであり、いわば、自由権とベクトルの方向が正反対の「作為」を国家に求めている点に注意したい。

 およそ、国民がすべて生まれながらにして自由・平等といっても、現実には貧しい者・弱い者は、富める者・強い者と同じように自由・平等であるわけではない。弱い者にとっての自由とは、「橋の下」に寝る自由でしかなく、自由は必ず不平等を招く。もしこの事態を放置しておくならば、自由・平等の美しい理念は、ただ強者のみによって享受されることとなる。
 そこで、20世紀になって、このような弱者に対して国家が積極的に介入し、人たるに値する生存を保障することが求められるようになったのである。ワイマール憲法(1919年)はその最初のものである。
 
 教育が社会権であることは、次のように考えるとよい。すなわち、本来教育は各家庭が責任をもって行なうものである。したがって、教育の始まりは家庭教師であり、私塾であった。しかし、それでは貧しい家庭では子どもに教育を受けさせることができない。しかも、教育の有無は、その後の人格形成や就業機会・収入に大きな影響を与える。そこで、経済的資力がない者にも教育を受ける機会を保障することが求められるようになってきたのである。

 

 

2、朝日訴訟

事実と争点  活保護法に定める保護基準が、憲法25条の「生存権」および生活保護法第3条「健康で文化的な生活水準」に違反するかをめぐって争われた。
最高裁の判決  この訴訟は1審勝訴、2審敗訴となり、最高裁まで争われた。しかし、途中で朝日さんが亡くなったため、最高裁は原告の死亡をもって本件訴訟は終了したと判示した。
 しかし、最高裁は傍論として、憲法25条は国政の方針(=program)を 宣言したもので、具体的権利としては生活保護法および厚生大臣が定める保護基準によってはじめて与えられるという判断(いわゆるプログラム規定説)を示した。

  最高裁が憲法25条の規定をプログラム規定としたことから、仮に朝日さんが生きていて判決を受けたとしても敗訴に終わったであろうことは間違いない。では、朝日さんの訴訟は無駄に終わったかというと、決してそうではない。1960年に原告勝訴の1審判決が出たあと、厚生省が生活保護基準を一気に47%引き上げたからである。朝日訴訟が国の福祉政策を大きく前進させたといっても過言ではない。

 

3.堀木訴訟

事実と争点 全盲の堀木文子さんは障害福祉年金を受けていた。その後、夫と離婚をし子育てが大変になったので、児童扶養手当を支給するよう兵庫県に申請した。ところが、当時の児童扶養手当法には併給禁止条項があり、申請は却下された。堀木さんはこれを不服とし、併給禁止は憲法25条に違反するとして提訴した。
最高裁の判決 1審原告勝訴、2審原告敗訴。最高裁はプログラム規定説に近い立ち場を取り、併給禁止は立法府の裁量の範囲内だとして合憲であるとした(1982年)。

 

 

 

(補論)プログラム規定 

 プログラム規定説とは、政治プログラム(スローガン、指針)の意味。もともとプログラム規定説は、第一次大戦後のドイツで生まれた考え方である。当時のドイツにはワイマール憲法 によって社会権を手厚く保障していた。ところが、当時のドイツは、ハイバーインフレが起きるなど財政的にはボロボロだったため、実現しようがない。そこで「いや〜、憲法にはこう書かれてるけど、これはあくまでも努力目標ですよ。ごめんね」という、国の責任のがれのために考え出されたアイディアである。

   一方、学界の通説は抽象的権利説と呼ばれる。すなわち、憲法の規定を根拠にして請求できないとしても、かかる規定を権利と呼ぶことが可能だとする。25条を直接根拠にして裁判所に請求することはできないが、生存権を具体化する法律によって具体的な権利になる とする。

プログラム規定説も、抽象的権利説も、憲法の規定を直接の根拠にして具体的な請求をすることは出来ない点は同じであるが、「法的」な権利と見るかどうかが異なる。最高裁は基本的にはプログラム規定 説の立場をとっているが、100%それでいいと思っているわけではない。

 

 

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