自由権的基本権

 

 日本国憲法第11条および97条には「人権の永久不可侵性」がうたわれている。これは、基本的人権が「国家に先立って」、すなわち「人間が生まれながらにして持っている権利」であることを示している。、基本的人権に関する規定は、全体で103条からなる条文のうちの31条(全体の30%)を占める。憲法の目的が国家権力から国民の人権を守ることにあることを改めて確認しておきたい。

 

自由権的基本権

 この権利は「国家からの自由」ともいわれ、いわば国家の立入禁止区域を定めたものである。具体的には、 次の三つの分野での国家の介入を制限している。

精神的自由 思想・信教・表現・学問の自由など
人身の自由 不法な逮捕の禁止、法定手続きの保障など
経済的自由 経済的自由については公共の福祉による制限もある程度止むを得ないと考えられている。

 

(判例1)津地鎮祭訴訟

事実と争点  三重県津市が神式に則った地鎮祭を行なったことは、憲法の政教分離原則(第20条)に違反するかをめぐって争われた裁判である。戦前、神道が準国教並みの扱いを受けたことに対する反省から憲法20条の規定が設けられた。
最高裁判決  最高裁は、1977年、地鎮祭は世俗的行事であるとして合憲判決を出している。ただし、藤林裁判官など5人の裁判官が、地鎮祭は宗教的活動に該当し違憲であるとの反対意見を述べている。

 これに関連して問題になるのは、靖国神社問題である。靖国神社は明治2年に創建され、明治以降の戦没者約250万人を祀っている。これまで政府は、靖国神社が国のために亡くなった人々を祀る以上、これを国費で運営するのは当然であるとの考えから、靖国神社法案を提出してきた。
 
しかし、靖国神社は神道という特定の宗教に立つものであり、これを国営にすることは「政教分離の原則」に反するとの意見が強く、未だ成立にはいたっていない。
 一方、愛媛県が靖国神社に納めた玉ぐし料を公費で払ったことをめぐって争われた愛媛玉ぐし料訴訟で、最高裁は13対2で違憲との判断を示している(1997年)。

 

(判例2)三菱樹脂事件

事実と争点  思想を理由に本採用を拒否されたことは憲法19条に違反するとして、高野さんが、 三菱樹脂を相手取って争った事件である。この事件は、個人の思想の自由と会社の営業の自由のどちらを優先させるべきかという争点のほかに、「憲法を私人間に直接適用できるか」という争点をめぐって世間の注目を集めた。
最高裁判決  結局、最高裁は憲法は私人間には直接適用できないとして間接適用説の立場を取ったが、思想を理由に本採用を拒否しても民法90条「公序良俗」違反にはあたらないとして、原告高野さんに敗訴を言い渡した。

 しかし、最高裁のこの決定には多くの学者から反発があったことなどもあり、1976年、高野さんと会社側の間で和解が成立した。

 

(判例3)教科書検定事件(家永訴訟)

事実と争点  教科書検定が憲法21条で定める「検閲の禁止」にあたるかどうかをめぐって争われた事件である。
最高裁判決  1997年、家永第3次訴訟に対する最高裁の判決があった。それによれば、検定制度そのものは合憲であるが、「731部隊」の削除を求めたことなど、検定内容の一部に行きすぎがあったとして、家永氏に部分勝訴の判決を言い渡した。

 もし、文部省の検定が行きすぎたものになれば、国家権力から見て都合の悪い内容はすべて教科書から排除されてしまう恐れがある。実際、戦前の日本の教科書や戦後の社会主義圏の教科書は、権力者に都合のいい内容しか掲載を認めなかった。そういう意味では、翼の左右を問わず両極端がしてきたことは同罪といっていい。
 ちなみに、アメリカの高校には教科書検定という制度はない。どういう教科書を作るかは出版社の自由である。手元にアメリカの高校で使われる『経済学』の教科書があるが、総ページ数は590ページ、しかも前頁カラーでたいへんきれいである。1ページ当たりの文章の記述量も日本の教科書に比べて非常に多いことを考慮すると、日本の教科書でいえば1000ページをはるかに越える分量である 。

 検定制度がないと不安に思う向きがあるかもしれないが、変な教科書を書けば日本中どの学校も採用しないから、その教科書は自然淘汰されると考えられる。だから、大学の教科書に検定制度がないのと同じように、高校でかりに検定制度がなくなったとしても、それほど心配することはない。

 さて、家永三郎氏の訴えに対して、最高裁第三小法廷の裁判長を務め、この判決を言い渡した大野正男裁判官は「教科書にうそを書く国は、やがてつぶれます」という司馬遼太郎の言葉を引用し、「近隣諸国の民衆に与えた被害を教科書に記述することは、自国の歴史をはずかしめるものではない」との見解を個別意見の中で示した。

 (注)なお、大野裁判官が最高裁を定年退官後に書いた『弁護士から裁判官へ』(岩波書店、2000年発行)は、最高裁を内側から描いたものとして興味深い。

 

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