はじめに

 

第4版 序文 (2024年)

 この講義ノートを最初に立ち上げたのは2001年であった。21世紀の最初の年でもあり、小泉内閣が成立し、アメリカ同時多発テロ事件が起きた年でもあった。 その後、2008年に一度大幅な書き換えを行ない、さらに、2015年にはスマホで見ることを前提にレイアウトを変えた。また、2024年には新しい学習指導要領に対応して、全体の構成を見直した。
 この講義ノートが、少しでも多くの高校生、高校の先生の役に立つなら著者としてこれ以上の喜びはない。

                  2024年3月      南 英世

 

 

 

 

 

 初版 序文

 最初に、政治・経済学を学ぶ心構えみたいなものをお話しておきます。

1,経済学について

経済学はとっつきにくい ?
 わたしたちの日常生活は経済の動きと密接に関わっています。会社で働いて給料をもらい、そのお金で必要なものを買います。会社が儲かれば給料があがり、今まで欲しかったものを買うこともできます。しかし不景気になれば、給料が下がり、リストラが行なわれ、最悪の場合には会社が倒産したりします。また、高校や大学を卒業しても思ったような働き口がないこともあります。
 このように、経済の動きはわたしたちの毎日の生活とは深く結びついています。しかし、それにもかかわらず経済のことは何となく難しくて苦手だ、という人が意外と多いのにはびっくりさせられます。

経済学が難しい理由
 経済学が難しいのには理由があります。経済学を好きになろうと思ったら、まず基本的な経済理論を理解し、その応用力を身につけることです。経済は複雑な理論が互いに関連しあう、いわば「連立方程式」みたいなものです。
 たとえば、不景気の時に一生懸命貯蓄したとします。しかし、貯蓄をすればするほど品物は売れず、不景気はよけいひどくなってしまいます。そればかりではありません。企業は国内では売れないので、輸出をして外国で売ろうとします。その結果、貿易黒字額が増え円高になります。しかし、円高になれば輸入物価が安くなり、国内の企業は安い外国製品と競争するために値段を下げざるを得なくなります。その結果、会社の利益は減少し、不景気はますます深刻になってしまう、といった具合です。

 えっ? 何語をしゃべっているのかチンプンカンプンだって? 今はそれでもいいです。この本を1冊読み終わったときにもう一度このページを見てください。その時にはよくわかるようになっているはずです。今はいろんなことが関連しているんだということだけわかってください。実は、これを書いている私自身、こんなことをいちいち覚えているわけではありません。こんな複雑なことをいちいち覚えようと思ったら、確実に経済が嫌いになってしまいます。
 そこで提案です。経済を好きになろうと思ったら、まず「覚えよう」という意識を捨ててください。大切なのは「論理的に考える」ことであって、「覚えること」ではありません。物事を論理的に考えることができるようになると、経済学は大変楽しいものになります。  

 

2,政治学について

政治は皆さんの人生を変えることが出来る
 皆さんは、自分の人生は自分で決めることができると思っているでしょう。確かに、生きていく上で自分の人生を自分で決めなければならないことは当然です。しかし、皆さんがどんなに固い決意をして「このように生きていこう」と思っても、政治は皆さんの人生を簡単に変えることが出来ます。
 例えば、消費税。現在は10%ですが、近い将来15%〜20%くらいにはなるでしょう。大学の授業料だってそうです。僕らが学生だった30年前は、1年間で1万2千円でした。現在は約50万円です。値上げされれば、皆さんは今よりもアルバイトに精を出さなければならなくなります。 また、就職をして給料をもらった時、いくらの所得税を払わなければならないのか。10%なのか、20%なのか、それともスエーデンのように、70%以上が税金や社会保障費の名目で取られてしまうのか。それを決めるのも政治です。

 さらに、世界には徴兵制をとっている国もたくさんあります。18歳になれば男子は3年間、女子は2年間の兵役の義務を課せられる。もしこれを果たさなければ、大学受験資格が与えられません。また、就職口も見つかりません。政治はそうしたことを皆さんに強制することも可能です。そして、究極的には「戦争に行って死んでこい」という命令を発することもできます。

 こうして考えてくると、政治が決して皆さんの人生と無縁ではないことがお分かりでしょう。もちろん「政治のことなんか私は知らない」「私には関係がない」という態度で一生を送ることも可能です。しかし、自分の人生を、そしてみんなの生活を、少しでも良くしたいと思いませんか?皆さんのちょっとした努力で、世の中を変えることが出来ます。皆さんが将来、有権者となった時、自分の1票は9000万人の有権者全体から見れば、小さな1票に過ぎません。でも、その1票の使い方で世の中を確実に変えることが出来るのです。

 民主主義はそうした皆さんの一人一人の意見をもとに運営されるシステムなのです。同時に、皆さんの判断が間違っていれば、民主主義はたちまち衆愚政治と化し、皆さん自身を地獄に叩き落とすことにもなります。

 

3.政治・経済学を学ぶにあたって
目的は社会の病気を治すこと
 経済学をお金儲けの学問と思っている人がいますが、これは間違いです。それだったら、大学で経済学を教えている先生なんかは一番お金持ちになってもいいはずですが、そんな話は聞いたことがありません。経済学者で、お金儲けがうまかったのは、ケインズぐらいのものです。
 経済学というのは、自分一人がお金持ちになって幸せになることを追求する学問ではなく、世の中の人みんなが幸せになるにはどうしたらよいかを考える学問なのです。そのためには、地球上にある原料や土地を無駄使いしないように、効率的に生産をする必要があります。何しろ人間の欲望は無限なのですから、その無限の欲望を充たすためには、「効率的」な生産をし、なるべくたくさんのモノをつくりだす必要があるからです。そして、食べるものも、着るものも、住むところにも困らない。働きたい人がみんな就職することができる。さらに物価が安定し、しかも貧富の差もあまりない。経済学のめざす社会とは、そんな理想社会なのです。ちょうど、お医者さんが人間の病気を治し、健康な状態に回復させるのと同じように、経済学は社会の病気を治すのが「仕事」といってよいでしょう。
 政治学はそうした理想社会を作るための手段なのです。 

政治・経済学に正解はない
 およそ、学問と名のつくものはすべて、真理を明らかにすることによって人類を幸せにすることを目的とします。真理の発見には実験が有効です。しかし社会科学の場合、自然科学と違って、実験ができません。実見もできません。そのため、極端な場合には、100人の経済学者がいれば、100通りの答えが出てくることもあり、何が正しいかはっきりしないことが多いのです。たとえて言いますと、山の頂上に真理があり、その頂上は雲におおわれていて見えないとします。そして、山のふもとからいろんな角度で頂上を見て、真理をつきとめようとしますが、見る角度によって違ったふうに見えてしまい、真理が何かを決めれないという状況に似ています。正反対の結論を出して、両方ともノーベル賞を取れるのは経済学だけです。  

抽象語でわかったつもりにならない
 また、勉強をする際に注意してほしいことは、常に具体的に考えるということです。例えば「貧富の差」とか「失業」とか「不況」などという言葉はすべて抽象語です。貧富の差といった場合、一方でビル・ゲイツのような人を思い浮かべ、同時に橋の下に寝ているホームレスの人を思い浮べてほしいのです。また、失業といった場合、中高年でリストラにあった具体的な人間像を思い浮べてほしいのです。不況だってそうです。会社が赤字になり、金策に走り回り、今にも倒産寸前のたくさんの企業があることを思い浮べてほしいのです。
 抽象的な言葉を身近で具体的な現象に置き換えることができるようになって、初めて経済がわかるようになってきます。政治・経済学を勉強するときには常に、具体的にイメージをすることを忘れないでください。

現実を見て、なぜだろうと考える
 物事を具体的に考えるためには、常に新聞などをよく読み現実を知ることが大切です。理論は現実を映したものにすぎません。理論は常に現実の後追いです。理論と現実が食い違った場合、正しいのは現実です。理論を学び、現実をよく観察して、もし従来の理論でうまく説明がつなかったら、理論を疑ってみることも大切です。高校生の皆さんには少し難しいかもしれませんが、「常識」を疑ってみることは、学問をやる上で大切なことです。
 以下の講義録では、

 1、理論を常に現実と対応させて考えていくこと
 2、「なぜか」という問いを大切にすること

 の2点に重点をおきながらすすめていきたいと思います。

 

                        2001年8月    南 英世

 

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