財布を落とした話

 

2000年、8月26日

 不覚にも49歳にして初めて財布を落とした。夕方、家の近くのスーパーマーケットで買い物をしたあと、向かいにある薬局でリポビタンDを買おうと思って、財布を出そうとしたところで気がついた。見れば財布を入れていた手提げかばんのチャックが開いている。どうやらチャックを締め忘れたらしい。一瞬
「ガーン」
と頭を打たれたような気がし、鼓動が高鳴った。財布には現金約4万円と、銀行のキャッシュカードやクレジットカードなどが入っている。


 急いで引き返した。スーパーまでの距離は10メートルほどもない。「落としたのならすぐ見つかるはずだ。まだ、1分もたっていない。誰かがもう届けているかもしれない。いや、でも世の中は善人ばかりではない。ネコババされているかもしれない・・・。もし出てこなかったらどうしよう。もう夕方の6時近くだが、とりあえず銀行とクレジット会社に電話をしなければ」。

 気が動転しながらも瞬間的にいろいろなことを考えた。・・・とそのとき、20〜30メートル先を、
一目散に逃げるように走っていく中学生か高校生とおぼしき女子3人の姿
が目に入った。一人は紺色と白の横縞の服を着ている。まさか・・・・。


 しかし、とりあえずは、スーパーで買い物をしたあとの逆コースを一つ一つ調べるほうが先だ。ひとしきり、スーパーの店長さんをはじめいろいろな人に手分けをして探してもらう。しかし、出てこない。お金を支払ったレジの付近や、袋詰に使った台の付近もくまなく探す。しかしやっぱり出てこない。

 さてはやっぱりさっき見たあの3人グループか・・・。思いなおして急いであとを追っかけた。いまさら追っかけても見つかるはずもない。けれども追っかけずにはおられない。4万円はあきらめるとしても、せめてカードだけでも戻ってきて欲しい。そんな思いで、財布が捨てられていそうな場所を必死で探した。


 10分ほども探し回っただろうか。だが、見つからない。あきらめてスーパーにもう一度戻った。すると、店長さんが、
「これですか」
と私の財布を手にしている。聞くと、通りかかったオバちゃんが、「落ちていました」と言って届けてくれたとのことである。

 しかし、残念ながら、現金はすっかり抜かれている。小銭の百円玉まで抜かれている。残っているのは10円玉と1円玉と、それにカード類だけ。現金以外には全く手をつけていない。かなり手慣れている。


 カードが戻ってホッとしたものの、人間とはあさましいものである。今度は盗られた4万円が急に惜しくなった。4万円あれば欲しかった靴も買えた。本も買えた。会費も払えた。しかし、・・・・。なぜ、届けてくれなかったのか。いったい親はどんな教育をしているのか。わずかなお金で、一生「罪」の意識を背負って生きていくつもりなのか。無性に腹が立った。


 でも考えてみれば、彼女らは盗んだわけでもひったくったわけでもない。むしろ落としたほうが悪いと言えば悪い。ひょっとしたら彼女らは罪の意識なんて感じていないのかもしれない。それどころか、
ラッキー
と思っているのかもしれない。そんなことを考えながら、つい「今の学校は、いったいどんな教育をしているのか」と自分が教師であることも忘れて口走ってしまった。                              

                          

 

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