理論と現実

                              1999年6月

 

 30年間経済学を学んできて分かったことが一つある。それは経済理論は決して現実には追いつけないということだ。
 どんな分野でもそうだが、理論と現実の間には必ずギャップがある。そのギャップを埋めようと、理論は現実を一歩ずつ追いかける。しかし、現実は理論をあざ笑うかのように常にその先を行く。それは影が決して追いつけないのと同じである。

 若いころはこのことに気がつかなかった。理論を振りまわし、現実を理論に合わせて理解しようとした。凡人のなせる技である。しかし、40歳を過ぎてようやく気がついた。
 
もし理論と現実が食い違ったら、正しいのは現実である。現実こそ最良の教科書である。こんな簡単なことが分かるまでに30年かかった。恥ずかしいというほかない。凡人は現実を理論に合わせる。天才は理論を現実に合わせる。A,スミス , K,マルクス , JM,ケインズといった天才たちはみなそうだった。 アメリカに留学していた若い研究者が他人の論文を引用しすぎたために、
「自分の説が出せないなら日本に帰れ!」と主任教授にしかられたという話を聞いたことがある。覚えることが勉強だという錯覚が、今の日本ではまだ根強い。

 理論と現実が食い違った場合、従来の理論を疑ってみることの必要性は、理系の学問にも当てはまる。工学部の大学生がある実験をした。ところが、実験結果が教科書に書かれてあるのと違う。この大学生は自分の実験のやり方がまずかったのだろうと思い、実験結果を修正して定説に合わせてレポートを作成したという。
 実験結果と定説のズレ、現実と理論のわずかなズレ、実はそこに新しい理論へのヒントがある。教科書を過信してはいけない。

 

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