高校現場における憲法教育奮闘記

 


 高校で「政治・経済」を教えて30年余りになる。この間の体験をもとに、高校現場における憲法教育の現状について報告したい。

「そもそも論」がない高校教育
 「政治・経済」という科目は大きく4つの分野で構成される。国内政治、国際政治、国内経済、国際経済の4分野である。これを週2時間、年間約50時間余りで教える。限られた時間でこれだけの内容を教えるのであるから、教える側が相当内容を精選しないと、生徒は知識の洪水の中に溺れてしまい、学問に対する興味を失ってしまう。

教育とは、10年後20年後に何を覚えているかが勝負であり、テストが終わればすぐ忘れてしまうような瑣末な知識を与えることではない。そうした思いから、私は年間を通じて、各分野でそれぞれ一つずつ、「これだけは絶対理解してほしい」という4つのメッセージを携えて授業に臨むようにしている。

 国内政治における私のメッセージは、「そもそも憲法は何のために作られたか」という1点に絞られる。だいたい、小・中・高校までの教育においては「そもそも論」が不在といってよい。物事の本質を理解せず、ただひたすらに暗記を強制される。

だから、高校生に憲法について教えると、みんな決まって驚いた顔をする。「
えー、憲法を守らなければならないのは国家権力なの? 国民ではないの? ウッソー」。そして、憲法の本質を知り、納得し、世の中の見方が一気に変わり、感動する。
 
国家権力は恐ろしいもの
 私は憲法の授業の最初に「国家権力がいかに恐ろしい存在であるか」を1時間以上かけて生徒に説明する。材料として使うのは、ヒトラーのユダヤ人大量虐殺(600万人殺害)、スターリンの大量虐殺(600万人殺害)、カンボジアのポルポトの大量虐殺(約120万人殺害)、毛沢東の文化大革命(数百万人殺害)、ケ小平の天安門事件(自由を求める市民を戦車で挽きつぶして弾圧)、小林多喜二の特高による拷問死、横山ノック元大阪知事によるワイセツ事件(新聞記事)などの歴史的事実である。

これらを、B4に拡大した写真を使い説明する。そして、権力とは「その人の意志に反して強制できる力」であり、ひとたび牙をむき出せば何百万人の命を奪うこともできる恐ろしい存在であることを納得させる 。「過去最大の犯罪者は国家権力である」とまでいう。

憲法の誕生
 憲法の本質を理解させる際、「絶対王政の時代にあって、国王の横暴を抑えるためにはどうしたらいいか」を生徒にとことん考えさせるようにしている。たっぷり時間を与えて考えさせる。いきなり答えを言ってはありがたみがない。考えて考えて考えさせて、のどがカラカラになった状態で「水」を与える。そうすると効果的である。

 「正解はルールを作り、国王に守らせることです。そのルールが憲法であり、最初のものがマグナ=カルタ(1215年)です。国王は、国民が作った憲法を守っている限り悪いことができません。こうして絶対王政の国王の権力を制限するために憲法が誕生したのです。これを『人の支配』に対して『法の支配』と言います。」


憲法を守らなければならないのは誰か
 ここまで下準備をして、そこで本題に切り込む。「では、憲法を守らなければならないのは誰でしょう? 国民でしょうか、国家でしょうか?」
 絶対王政から憲法が誕生した背景から明らかなように、憲法を守らなければならないのは国民ではなく、国家権力である。しかし、まだこの段階で正解できる生徒は半分くらいしかいない。クラスの半分くらいは、やっぱり「憲法を守らなければならないのは国民だ」と答える。

小さい頃から、「みなさん、差別はだめですよ。ほら、憲法14条に差別はダメって書いてあるでしょう。みなさん憲法をしっかり守りましょうね」と教えられてきたから、その考えをぶち壊すのは容易ではない。

 そこで、だめ押しをする。「では、日本国憲法99条を見てください。そこには何と書いてありますか? 『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員は、 この憲法を尊重し養護する義務を負う』とあるでしょう。どこにも、国民に憲法を守れとは書いてありませんね。

憲法の成立過程からしてこれは当然のことです。国民には憲法を守る義務はありません。憲法を守らなければならないのは、国家権力を握る人々です。憲法は人民を入れておく檻ではなく、国家権力を入れておく檻なのです。このように国家権力を憲法で制限することを「
立憲主義」といいます。」


憲法の条文の読み方
 憲法が本当にわかったかどうかを確認するために、次のような確認テストを実施する。

問1 憲法19条には「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とある。この文章の主語を答えよ。

問2 憲法20条には「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」とある。これに関連して以下の(1)(2)に答えよ。
(1)キリスト教徒の八百屋さんが新しく人を雇おうと思って広告を出したら、キリスト教徒以外の人が応募してきた。八百屋さんはできればキリスト教徒を採用したいと思っていたので、宗教を理由に採用を断った。この八百屋さんは、憲法に違反しているか?
(2)大阪市が職員採用試験で元オウム真理教信者に対して、宗教を理由に採用を拒否した。大阪市は憲法に違反するか?

 以上の問題に正解できれば、憲法の仮免許くらいはとれたといってもよい。あとは、ふつうの日本語力があれば憲法は読めるとしたものである。授業では、「国家権力は信用できない。だから、憲法であれもするな、これもするな。これをするときにはこういう手続きを踏め」などと事細かに書いてあることを強調する。多くの生徒は憲法と法律の違いもわかっていない。しかし、それにもかかわらずテストではちゃんと「違憲立法審査権」を正解できるのである。高校生に本当に分からせなければならないこととは何か。骨太の憲法教育が必要である。

 (本稿は 「法学館憲法研究所」に 2013年1月7日に発表したものである。)
 

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