滑舌

 

夫婦がケンカした。とーちゃんがかーちゃんに「バカモノ」というつもりが、「バケモノ」と 言ってしまったために、余計にケンカがひどくなった、という笑い話がある。話があまりにうまくできているから、きっと作り話に違いない。

 「バケモノ」ではないが、実は、私もこれと同じような失敗をしたことがある。教員になりたての頃、クラスに「草竹君」という男子生徒がいた。あるとき、「クサタケ君」と呼んだつもりが、「サ」が「ソ」に近い発音になってしまったらしい。生徒は一斉に笑って、「クソタケ」「クソタケ」とはやし立て始めた。

 さあ、困った。「すまん、すまん」と平謝りに謝って、その場をしのいだ。幸い、非常に気のいい生徒であり、大事にいたらずにすんだが、万が一、彼に「クソタケ」というあだ名でも付けられたら、万が一、それを苦に電車にでも飛びこまれたら・・・・などと想像すると、いまだに冷や汗が出る。

 教員はしゃべるのが商売である。しかし、それにもかかわらず、きちんとした発音教育 を受けることは皆無である。教員の中には小さい声で、しかも口をきちんと開けてしゃべらないため、何を言っているか聞き取れないという「先生」もいる。もし、これが教員ではなく落語家だったらどうだろう。 そんな噺家なんて、淘汰されて追放されるのがオチである。

 私は高校時代に放送部に入っていて、

「アエイウエオアオ」
「カケキクケコカコ」
「サセシスセソサソ」

 と手鏡を見ながら一生懸命、発音の基礎練習をした。だから、多少は発音について気を遣っているつもりである。それでも上記のような失敗をする。

 最近、歯並びが悪くなったせいか、 滑舌が少し悪くなったと感じる。だから、意識的に口を大きく開けてしゃべるようにしている。そうすると、たまに唾が飛んだりする(一番前に座っている生徒さん、ごめんなさい)。
 教員はべつにアナウンサーのようにしゃべる必要はない。独特の「個性」があってもよい。しかし、滑舌が悪くて聞き取りにくいのは、個性とは別物である。

 

NHKアナウンサーの講習を受ける

 数年前に夏休みを利用して、元NHKアナウンサーの講習を受けたことがある。もちろん有料である(2日間で17,000円)。研修は実践トレーニングが中心であったが、ずいぶん参考になった。そのうちのいくつかを記す。

◆文の意味を的確に伝えるために、どこで切るかどのていどの「間」を持たせるか「読む」を「話す」に近づけるにはどうしたらいいか、そのためには、全体の組み立てをどのように考えたらいいか。そうした朗読のための基本的な考え方を教えてもらった。たとえば、ラジオの朗読の場合、アナウンサーは事前に何百回も読んで本番に臨んでいるという。Aアナから「いきなりは読めませんよ」と聞いたとき、妙に納得した。
◆マイクを使う場合マイクに話すのではなく、マイクよりも遠い4〜5メートル先に向かって話すこと。
◆「あいうえお」の母音の口の形を無理に大きく作ると、次への言葉がスムーズに出てこなくなるので、口の開け方は「自然」でいい
◆英語、時計、政治、経済などeiの発音は「エー」でよい。また、学校、広報、放送などouの発音は「オー」でよい。実はこれらは小学校1年生で習う内容である。しかし、いつの間にか忘れてしまっていて、私は長い間きちんとした場所ではきちんと「せいじ、けいざい」と発音していた(汗)。
◆助詞は強く発音しない。関西圏の先生には「・・・・をー」「・・・・・ですう」という人が多い。
文末の「う」と「い」の音は無声化する。たとえば「そうです」「しかし」などがいい例である。「そうですう」とか「しかしい」とは発音しない。最近は文の途中で無声化したり、「あ」の音も無声化する場合がある。たとえば「わたくしは」「そうでした」などがその例である。
◆アクセントには強弱アクセントと高低アクセントがあるが、日本語は高低アクセントである。たとえば、
「青い屋根の家が見えます」という文章を読むとき、「青い」が一番高くて、右肩下がりにしだいに音が低くなり、最後の「す」は無声化として一番低くなるように読むと自然に聞こえる。
◆滑舌をよくするには、「ぱら ぴり ぷる ぺれ ぽろ」 を繰り返し発音するとよい。

 私自身、今までこうしたレクチャーを全く受けたことがなかったので、本当に目から鱗のような内容がいっぱいあった。もっと早くこうした研修を受けるべきだったという思いを強く持った。


 

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