囲碁を楽しむ

 

 もう30年も前の話であるが、プロ棋士の水野弘士九段の囲碁教室に通っていたことがある。そこには、現在プロ棋士として活躍している吉田美香八段、小西和子八段、水野広美 五段といった人たちが、当時はまだ小学生や中学生として修行していた。

 プロとしてやって行くには何が必要か。そこで学んだことはただ一つ、「人間、努力も大切だが、最後は才能」がものをいう」ということであった。

 たとえば、当時小学生か中学生だった吉田美香ちゃん(失礼)に打ってもらったとき、「ワー、この子は強くなる。発想のしかたが全然違う」と、素人ながらにびんびん感じたものである。

 プロを目指す多くの人が門をたたき、そしてプロになれずに去っていく。プロになるのは東大にはいるより難しいとも言われ、本気でプロを目指す人は高校にも行かない。そうした厳しい世界にあって、美香さんはその後、あっという間にプロになり、数々のタイトルを取るようになった。

 かつて、大学を卒業するときに恩師の平舘道子先生から「人間にはできることとできないことがあります。さて、皆さんにできることは何でしょう」というメッセージをいただいた。 馬齢を重ねた今、あらためて自分の人生を振り返ってみると、あのときの平舘先生の言葉に触発された「自分探し」をしてきたようにも思う。

 自分が何に向いているか。自分の能力の限界がどこにあるのか。それはとことんやってみて初めて分かることである。やる前から自分で「できない」と線引きすべきではない。

 やってみたら意外と break through できるかも知れない。しかし、努力によって何にでもなれるわけではないことも知っておいたほうがよい。

 幸い、水野先生の指導のおかげで、囲碁教室に通い始めて1年ほどで、初段から4段まで駆け上がった。しかし、その後30年ほど4段のままだった。仕事漬けの毎日で、囲碁を楽しむゆとりすらなかった。

 

 昨年、退職したのを機に爛柯(らんか)という囲碁サロンの会員になった。爛柯では 関西棋院9段の森野節男先生横田茂昭先生、また洪ソッギ(ホン・ソッギ)アマ名人の囲碁講座 などが開かれている。

横田先生の軽妙な解説がおもしろい。

「この形、もう40回くらい出てきましたね。どうやって殺しますか?」
「忘れた? じゃ、41回目をやりましょうね」

 思わず、クスッと笑ってしまう。私も含めて、アマチュアは暢気なもので、真剣味が足りないからすぐ忘れてしまう。何百回も繰り返さないとなかなか身につかない。

「両方助けようとするから弱い石ができて苦しくなる。そういう時は、一方を捨てて、大切な一方だけをしっかり打つことです。」

これもわれわれアマチュアには耳の痛い指摘である。碁は互いに交代で1手ずつ打つ。だから、一方だけが良くなることはあり得ない。それでも、一気に優勢になろうとして、ついつい両方打とうとする。その結果、弱い石ができて、最悪の場合は殺されたりつぶされたりする。

 囲碁で一番大切なのは石の強弱を判断することである。そのことをこの1年間で教わった。全体を見ていま何をしなければならないかを考える。「攻め」か「守り」か「打ち込み」か。それが分かれば70点だという。着眼大局 ・着手小局

森野節男先生や洪ソッギ(ホン・ソッギ)アマ名人に指導していただいたおかげで、30年ぶりに5段に昇段することができた。今年は6段、 そして、ゆくゆくは7段を目指したい。

 

 

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