災い転じて

   (2004/2/11)

 

 先日、八方尾根スキー場に行って来た。八方は上級者に人気のあるゲレンデである。周囲のスキーヤーのレベルの高さに刺激され、久しぶりに広いゲレンデを思いっきりスピードを出して滑った。ところが、日頃の運動不足がたたったせいか、不覚にも急斜面で転倒してしまった。あっという間の出来事だった。数メートル弾き飛ばされ、30〜40メートルも流されたであろうか。あとで気がついたら、スキーパンツはエッジで切り裂かれ、足からは2カ所血が滲み、臀部は内出血で20センチ×50センチほども真っ黒になっていた。今までで一番ひどい転倒だった。

蔵王にて

 しかし、その大転倒が幸いした。 そのあと痛みをこらえて滑っているうちに、どうしたら楽にターンができるかを考えるようになり、自分の滑りの欠点が見えてきたからだ。「転んでもただでは起きない」。災い転じて、なんとかやらである。

 私は23年前(30歳の時)、ふるさとの石川県でスキー検定1級の資格を取っていた。その後、技術的にはかなりの進歩をしたつもりではあったが、それでも自分の滑りには満足していなかった。左足のターンがわずかに乗りにくかったからである。なぜ、左足が乗りにくいのか。長い間その事で苦しんでいた。

 人間の身体の骨格は左右対称のようで、実は対称ではない。私の場合、利き足が左で、そのため左足の拇指球から踵(かかと)にかけての「ウェートライン」に、体重が乗りにくい骨格構造になっている。ところが、痛みをこらえて滑っているうちに、だんだんその事が「重大な意味」を持っていることに気がつき始めた。

 自分の意識の中では左右同じように滑っているつもりでも、結果として左膝の内側への締め付けが甘い。そのため、左足スキーのインサイドカーブへの乗り込みが不十分になる。そして、板がフラット気味のまま右ターンに入り、板が上手く回転をしないのである。意識の上では、左右全く同じように滑っているつもりでも、身体の動きをスキー板に伝える肝心の骨格構造が左右で微妙に違っていたのだ。

 その事に気がつき、新たな克服方法として、次のようなことを試してみた。
1.左足首を内側に強く入れる。足首を意識することにより、膝・上体が自然に作られ、重心を移動。体重が左足拇指球から踵の内側に乗るようにする。
2.右ターンに入る時、左手を意識的に前に出す。そのとき両手の広さを一定に保つ。そうすると上体の先行動作が自然に作られる。
3.脚部による「ねじり回し」をゆっくりと行う。
4.1回1回のターンを「ゆったり」と「大きく」、きちんとコントロールする。

 するとどうだろう。ずいぶん気持ちよく滑れるようになったではないか。スキー板がひとりでに回転を始めるのである。この発見は私にとって、何百万円もの価値のあるものであった。スキー学校の先生でも見抜けなかった原因がようやくわかり、ちょっと感動してしまった。「身体の骨格構造の非対称から来る滑りの欠点とその克服」。今まで、どのスキー教則本にもそんなことは書いてなかった。分かってみれば単純なことである。しかし、そんな当たり前のことを23年間かけてようやく分かったのだ。

 結局、どんな世界でも、いろいろ苦しんだあげく、最後は自分で考え、自分の力で答えを見つけるしかない。本から勉強できることなんて、たかが知れている。人から教えてもらうことにも限界がある。一般論で論じることはある程度までは有効かも知れないが、最後は「個別」の問題に帰着する。今回の転倒を通じて、そんなことを感じた。

                                                                                            

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