(では、参りますか?
・・・千年前の世界へ)
小さなシャルロットが、俺の手を取る。
其の指先から、あたたかな力が流れ込んでくる。
光の精霊、ウィル・オ・ウィスプの力だ。
ウィスプの光に照らされた、シャルロットの瞳が、まるで、蛍のように輝いて居る。
其の時、俺達の周囲に、ゆっくりと、立体の映像が立ち上がった。
同時に、鉄の機械が音を立て、光を放ち始める。
誰も居ないはずのホウルに、騒めきが潮騒のように溢れ出し、輝きが形を帯びながら、どんどん大きくなって行った。
<光の力>に包まれたシャルロットと、俺の眼が、もう一度合う。
ふわっと、黄金色の光に包まれた少女が、俺を見つめながら、微笑んだ。
其の瞬間に、俺には、これが、最後の合図だと解る。
俺は頷き、大きく息を吸った。
俺は、フォルセナの騎士だ。
例え、第三小隊を失くしても、故郷を護る義務がある。
沢山の仲間と、愛する人を、救い出す覚悟が在る。
俺の決意は、言葉にしなくても、一瞬にして、シャルロットには伝わる。
いつからだだろう、シャルロットとは、心で繋がっているような、不思議な感覚が宿って居た。
シャルロットから溢れる<光の力>が、俺達を包み込んでゆく。
暖かで優しい、まるで、母親の腕に抱かれているような安心感が、周囲に広がる。
それは、ヒールライトや、ティンクルレインみたいな力だ。
でも『魔法』じゃない。
もっと根源的で、まるで、マナの力が、そのまま溢れ出したようだった。
眼には観えなくても感じられる、マナの力が、其処には在る。
膨大なエネルギーの流れが、シャルロットの手で導かれ、一点に到達し、時と光に満ちて行った。
■
輝く黄金の線が、一本観える。
其れは、近づけば近づくほど、巨大な七色の渦だと判った。
マナの聖域の入り口だ。
けれども、其の姿は、俺の知っている、聖域の姿とは違った。
光の渦に入った、俺の眼が捉えたのは、<巨大な都>だったからだ。
見た事も無いような、黄金色の建造物の群れが、湖の周辺で、放射線状に拡がって居る。
其処には、恐ろしい高さの建造物が、地平線の彼方にまで続いて居た。
其れは、都と言うよりも、一つの国のようだ。
湖の、中央に在る島の上には、歪んだ白亜の塔が建って居る。
其れは、傾きながらも、天を突くような、円柱型の塔だった。
都の上空には、巨大な船が、幾つも浮いて居る。
其れは、アルテナの空中要塞とは、全く違う。
完璧なまでの、美しい▽。
其の巨体には羽が無い。
だから、何故浮いているのかも解らない。
戦艦を浮かばせる、プロペラも無いのに、一体どうして飛べるのだろう。
けれども、其れ以上に考えられ無いのは、あの<島>だ。
塔よりも、船よりも、遥か上空に浮かぶ、<天空の島>。
島も完璧な円を成して居る。
盤上には広大な森が広がり、高い山が聳え、頂上には、白亜の神殿と、巨大な木が立っていた。

山一つと、巨大な木が、浮かぶ島。
島の端からは、一本の大きな滝が、都の中央の、海のように広い湖へと流れて行く。
天空の島から流れる滝を受け止めるように、傾いた円錐の塔は、空に向かって伸びていた。
・・・しかも・・・。
(___<7つのマナストーン>で、島が浮いている!?)
今、ブツリとビジョンが歪む。
シャルロットの手に、うっすらと、汗が滲んだ。
何時の間にか、繋がれた手から送られる、シャルロットの力。
けれども、時折、視界自体がザリザリ歪んで、黒く濁ってしまう。
まるで、俺達が、聖都の記憶を観る事を、拒むように。
其の時、ザリッ!と、痛みにも似た感覚が、俺の視界を突き抜けた。
次の瞬間、中央の塔が、轟音を立てながら、湖へと崩れてゆく。
上空の、巨大な船から放たれた波動で、傾いた塔が、湖面の奥へに没したからだ。
(なんだ、あのドデカイ船は。
あんな強力な砲撃を・・・俺は、見た事が無い!)
(あれは、マナの要塞。
千年前の空中要塞です)
(あんな船が<千年前の要塞>だって?
ギガンテスより・・・遥かに大きい!)
今、要塞から放たれた、砲撃の衝撃が、湖面を打った。
地鳴りと共に、水面から、みるみる波が溢れ始める。
一つの街を押しつぶすほどの津波が、放射線状の都を、文明の栄華を、水の奥へと呑み込んで行った。
突き抜ける記憶の痛みに耐えながら、シャルロットは、ウィスプの力を使い続ける。
同時に、映像の中では、崩れ落ちた塔の跡から、幾重もの暗黒の波動が、虚空を突き上げて行った。
血のように紅く染まる雲の下で、湖が、腐敗の匂いを放ち始める。
其の時、湖面に、巨大な石が、ゴポリと浮き上がる。
8つ目のマナストーン。
___<闇のマナストーン>だ。
古代の記録の中で、砕け散った、マナストーン。
石の奥から、ゼーブルファーが蘇る。
次の瞬間、時が満ちたように、血だまりのような湖から、一斉に、魔物達が溢れ出した。
悪魔達の軍勢だ。
同時に、ソラからは、竜族が飛来する。
陸には悪魔、空には竜が満ち、都市国家を蹂躙して行った。
けれども、暗黒に包まれた世界の中で、一つだけ光るものが遺り続ける。
空中で、マナストーンに支えられた、あの島だ。
巨大な樹を湛えた島だけは、暗闇の中でも、明るい光を失わなかった。
天空で光る島から、白き獣の群れが、都市の人々を護るように、次々と飛び立って行く。
・・・あれは・・・。
フラミーの群れだ!
翼在る者の父達が、空中で竜の一族と激突し、互いを食い合っている。
今、白竜に喉を裂かれた、黒竜の巨体が、悲痛な悲鳴をあげながら、大地へと追突して行った。
同時に、神殿を支える円盤からは、輝きに満ちた閃光が、雨のように降り注ぎ、陸の魔物達を粉砕してゆく。
(・・・此れが<聖都の秘密>。
『第二次世界大戦の記録』なのか、シャルロット!)
(そうです。
千年前に、マナのエネルギーを奪い合った人々が、魔界を呼び覚ましてしまった、史実なのです・・・)
次の瞬間。
伝わる、シャルロットの力の向こうに、空中に浮かぶ島の、山頂が観えた。
送られるビジョンの中では、徐々に山の頂きが近づいて来る。
荘厳な神殿の、碧の深い庭を囲む、白亜の回廊が、目前に迫る。
俺達からは、神殿の回廊を走る人々が、細部までよく見える。
彼らは、一見すると<ヒト>のようで、何かが違う。
皆、抜けるように白い肌をしており、耳の先が、ほんの少し尖って居た。
<ヒトに似た種族>の者達。
けれども、ヒトでは無い生命が、恐怖に歪んた顔で、互いに囁き合い、回廊を駆けてゆく。
『・・・このままでは<マナの神殿>が持たない!』
『今すぐにも、次の女神が必要だ。
姫様は、ご覚悟を決められたのか』
___其の時だ。
戦支度を急ぐ、人々の群れの中に、余りにも良く知った顔が、垣間見えたのは。
男の顔は、まるで、鏡の中を観て居るようだった。
・・・一体、何故・・・。
何故、俺が<千年前のファ・ディール>に居る?!

いにしえの記録の中で、俺の姿をした男が、溢れる人込みを掻き分け、必死になって、誰かを求め続けて居る。
神官のような女性に向かい、訴え掛けるように、面会を迫っていた。
けれども、映像の神官は、頑なに首を振るばかりだ。
『幾ら貴方様でも、姫様は・・・もう、お逢いになれぬのです』
『駄目だ。
彼女には、この俺が、絶対に必要なんだ!』
『・・・いけないっ!』
神官が、白銀の騎士の前に、立ちはだかった瞬間。
再び、映像に、黒の波動が走る。
ザリザリザリザリ、耳障りな音を立て、ノイズが、シャルロットのビジョンを妨害した。
古代の記録が朧げになり、霞んで、遠ざかって行く。
・・・後には、暗闇の中に浮かび上がるホウルと、シャルロットの、揚がる息が、響くばかりになる・・・。
今、観客の居ない、地下の劇場の中に、大空洞の冷たい風が、ヒョウッと吹き抜けて行った。
力を使い果たしたシャルロットが、額から落ちる滴を拭う事も無く、俺の事を見上げて居る。
俺達は、触覚こそ伴わなかったが、立体のビジョンの中へと、引きずり込まれるような体験を、共にした。
反射的に、喉が鳴る。
今観たモノは、何だったのかと。
「・・・<闇の力>が」
「・・・え?」
「今、魔界の波動が、私達の邪魔をしました。
これ以上、いにしえの記録に近づく事は、不可能です・・・」
<闇の力>。
其の時、乱れた髪の下で、シャルロットが、滴る汗をぬぐいながら、静かにそう呟いた。
其れは、俺が、深くは知らない言葉のはずだ。
それなのに、暗黒の波動の跡が、肌の上には残っている。
言葉以上にリアルな体験として、俺の身体に、闇のエネルギーが刻まれていた。
其れは、ザリザリと、身体中を蟲が這うような、感覚の波だ。
強制的に、人の心を支配しようとする、悪意のような波動だった。
・・・一体、どうしてだろう。
<闇>に触れた跡を感じると、恐怖で、胸の奥が熱くなる・・・。
心の中を突き抜けた、深い<闇の力>のせいで、吹き出す様に、汗が滲む。
俺は、自らの震える腕を、もう片方の手で掴みながら、聖都の少女を見据えた。
<光の力>を湛えたシャルロットも、感じた恐怖を隠せては居ない。
出来る事なら、もう<闇の力>には触れたく無いと、伏せられた睫毛が、怯えで震えて居る。
だが、俺は。
___『もっと深く知らなねばならない』。
そう想う。
千年前に、まるで、合わせ鏡のような男が居た。
現代の俺が、いにしえの事を、知るはずは無い。
それなのに、男の姿が、俺の内なる焦燥を、熱く、激しく、駆り立てて行くのだから。

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