景色が、足早に流れて行く。
透明な壁の向こう側に、俺が、観た事も無い景色が広がって居た。

幾重にも重なり合い、流れていく滝。
黒く、深く広がる、地下の大森林。
時折、見え隠れする、白亜の列柱。

けれども、動く床の速度が速く、俺が確認するより先に、景色の方が流れてしまう。
球体のような空間に出る度に、床自体が光り、進行方向を変え、俺達を運んだ。


「実は、地上にも<動く遺跡>は在るのですよ。
マナの女神像も、動く古代遺跡ですし」


俺は、軽く頭を抱えた。
同時に、くんっと、動く床も停まる。
俺達が辿り着いたのは、楕円の形をした、だたっ広い空間だった。

筒状の壁は、さっき見た物と同じ、白くて光沢のある素材で、地上の作りとは、全く違う。
本来であれば、暗くて、何も見えないはずの地下を、壁そのもの光が、仄かに照らし続けて居た。
誰の手を借りずとも、独りでに、ずっとだ。
もしも、シャルロットの言葉を信じるなら、千年もの間、勝手に輝やき続けている事になる。


「一体、どういう事なんだ、これは・・・」

「ところで、デュランしゃんは、此の光、何処から来ると思います?」

「?
光が、何処から来るか、だって?」


ん、ンな事、生まれてこの方、俺は、一度も考えた事ねえよ・・・。
俺は、内心では、ガーッと頭を掻いた後、首をかしげて、ちょっと唸った。
そうして、数分後。
ようやく答えを見つけられた。
我ながら、よく出来た答だっ。


「解ったぞ、シャルロット。
其れは『マナの女神様がお造りになった』だな!」

「ぶーっ、△!
惜しいですね、デュランしゃん」

「・・・一体何故だ」


これは、どう考えても、どっからどう見ても、模範解答じゃないのか?
俺は、外見では、クールな表情を保ったまま、しかし、ムスッと無言を決め込む。
かつ、心の中でガルルと唸ると、見透かしたように、童女が笑った。


「実は、光は、星のエネルギーなのですよ、デュランしゃん。
眼には観えない『太陽の力』なのです」

「太陽って、あの、空に浮いてる、でっかい球の事だよな。
絵本でだったら、読んだ事はあるが・・・。
何でも、空の向こうには、星が一杯あって、宇宙がどうとかな。
でも其れは、作り話なんじゃないのか」

「ちっとも、作り話じゃありませんよ。
空には、夜になると、光が一杯現れるでしょ?
あの一つ一つが星なのです。
其の力を応用すると、光のエネルギーを、こうして長い間、自由に使う事が出来る。
ドワーフ村の入口を隠したり、コロボックル村を隠したりなんかも、そうですね。
其れが___光の精霊、ウィル・オ・ウィスプの力」

「お前は、光が、女神が造ったものでは無いと?」

「・・・いいえ」

「じゃあ、一体何で、太陽のエネルギーが、ウィスプの力なんだ・・・?」

「それは・・・。
女神様が、光の精霊を使う事が出来る___<マナの一族>だからです」


マナの女神が、<マナの一族>?


俺は、聴いた事の無い一族の名に、片眉を上げた。
一方で、シャルロットは、物憂げな眼差しのまま、美しい楕円形の天井を見上げる。
純白のドウムの下には、黒くてゴツゴツした、観たことも無い、鉄の塊が光っている。
其れは、幾つもの穴が開いた、巨大な塊だ。
沢山の穴からも、僅かに光が漏れ続けて居る。
巨大な鉄の塊を取り囲むように、誰も座らない座席が、螺旋状に配置されていた。
少なくとも、500人は入りそうだ。


「此の場所は、古の言葉で『しあたーホウル』。
古代の人々の記録が、千年もの間、保管されて来た場所です。
光の精霊・ウィスプの力を使えば、今でも、過去を知る事が出来る場所です」

「・・・其れが、お前の言う<聖都の秘密>なのか、シャルロット」

「・・・そうです。
いにしえの記録を観れば、何故、聖都に厳格な掟が定められたのか、私達にも解る。
そうすれば、デュランしゃんは、聖都を乗っ取った、ヒースの目的を、知る事が出来ます。
・・・でも、デュランしゃん。
どうか、私と<秘密>を知るのなら、約束をして下さい。
必ず、貴方の『敵を救う』と」


今、シアターの静寂が、シャルロットの声で、微かに震えた。
俺の左胸の紋章も、ユラリと揺れる。
さっきの、シャルロットの言葉が、もう一度、俺の胸を過って行った。


___『出来る事なら、話しみたい、デュランしゃんに、敵を救う覚悟があるのなら』___。


「いにしえの記録は、此の世界では、禁じられた、女神の領域。
知れば、もう、元には戻れません。
デュランしゃんは、それでもいいの?
フォルセナを脅かす、ヒースの為に・・・。
そして<中身は見ず知らずの>私なんかの為に、これ以上、掟を破れるのですか?
其の為に、世界中を敵に回して、たった独りになったとしても」


再び、俺とシャルロット目が、ゆっくりと、重なり合って行く。
お互いの存在を懸けたような、濃密なぶつかり合いが、長く続いた。
俺の事を頼りながらも、シャルロットには、最後の一歩が踏み出せない。
ヒースさんと敵対する俺に、<聖なる秘密>を、託す事が出来ないで居る。


「ヒースと戦う事は、巨大な<闇の力>と、戦うと言う事。
そして、私は、師であるヒースほど<古代呪法>を使えない、不完全な術者なのです。
迫る<闇>から、デュランしゃんを、完全には護れない。
失敗したら、二人とも、命を落とすかもしれない。
デュランしゃんは・・・。
・・・それでもいいの?」


俺は・・・。


______『それでもいい』そう思った。


今、ゆっくりと、親父のブロンズソードを、俺は、剣の鞘から抜いて行く。
其れは、唯の鉄で出来た、何の変哲も無い剣だ。
けれども、剣には、俺の総てが詰まっていた。
剣術大会で優勝した日も、騎士として王国に勤めた年月も、総てが此処に宿って居る。

俺の決意を観て、シャルロットの瞳も、大きく揺れる。
もう一度、俺と、眼と眼が重なり合って行った。
シャルロットが、一瞬だけ、泣き崩れそうになったように見える。
けれども、少女の瞳も、すぐに大人びた、決意の眼差しに、変わって行った。

其れは、ほんの一瞬の出来事だ。
なのに、全てが、定まって行く。

ゆっくりと頷いたシャルロットが、俺の掲げた騎士の剣に、小さな手を伸ばして行った。
其の指先が、刃から柄を滑り、柄の中央に刻まれた、王家の紋に触れてゆく。
少女の姿は、儀式を行う、司祭のようだ。
聖なる力に満ちている。

此処には、俺達の他に、誰も居ない。
在るのは、自分と、忘れ去られた遺跡だけだ。
それでも、誰も居ない空間が、今は、荘厳な聖堂と同じに想える。
心の中に、聖なる時空が拡がって行く______。



此処に、俺が在る限り。
俺は、何度でも、戦えると思った。



其の時、泥だらけのシャルロットが、心からの微笑みを浮かべた。
まるで、新しい騎士の誕生を、祝福するように。