フォルセナ王家の紋が、蒼天の空に、はためいて行く。
ビロウドに銀糸を織り込み、描かれた『剣と盾』。
其の周囲を、宝石の谷・ドリアンで採れる銀。
そして、大地の豊穣を示す、アンバーが覆う。
村の中央に配置された、駐屯地のテントの内部では、各部隊の小隊長が、会議の席に付いて居た。
___騎士達の、長い沈黙が、俺を出迎える___。


「白銀騎士団、第三小隊長、デュラン。
・・・只今戻りました」


隊長クラスが集められたテントの中は、研ぎ澄まされた空気の中で、静まり返って居た。
任務の失敗を責める、叱責の視線が、無言の中で、俺に集まって来る。
・・・当然だ。
敵に、あっさりと王を奪われた、俺のような、敗軍の隊長には、相応しい処いと言えよう。
俺は、エリを正して膝を突き、騎士の礼をした後、針の筵の末席へと座った。
其れを待って、白銀騎士団長は、中央の地図へと、視線を戻して行く。


「デュラン。
これまで見た事を、各部隊長に述べてくれるか」


・・・俺は、職務として、聖都で観た事を、皆の前で話す。
やがて、事件の首謀者が、ヒース神官で在った事を告げた時、部隊長間に衝撃が走った。
殺気立つ騎士達を、手だけで制しながら、白銀騎士団長が、話の続きを促して行く。
テントの中に広がる、どよめきの中に、少なからぬ悪意が、混じって行く。


(・・・一体何故、何の為に?)
(・・・聖都の高官の反乱だと・・・確かな証拠は在るのか?)
(・・・我らの、フォルセナ王はどうなる!)


「・・・それで、デュラン殿。
貴官は、聖都より、我々の王を救う事も無く、本隊へと戻って来たのか。
仮に、其の話が本当であったとして、何故、此の5年の間に、反乱の予兆に気づけなかった?
貴官の隊には、諜報に長けた者も在ろう・・・」

「・・・!
・・・面目、ありません・・・」


副団長の意見と、同様の空気が、場内を___占めていく。
俺は、息を呑み、俯く事しか出来ない。
・・・何故、反乱の予兆に、気づかなかったのか・・・。
・・・其れは、思いつきもしなかったからだ。
『俺達が手に入れた平和は、もう、揺らがない』。
俺は、そう、信じていただけだった。


(・・・フン、<女神の騎士>が、とんだ失態だな!)
(・・・これで、第三小隊は、全滅同然か・・・)
(デュラン・・・所詮、剣を振るうしか能が無い、傭兵あがりだ・・・親の七光りもこれまでだな)

「・・・」


士官学校から輩出された、他の隊長達の___悪意。
其れが、発されはしない空気と化し、徐々に膨れ上がって行くのが、解る。
小さな悪意の群れは、公式には記録される事の無い、無数の、小さな囁きに過ぎない。
けれども、一度勢いを持った、形無き悪意は、更なる針の筵となって、確実に、俺を襲った。


(何故、お前などが、騎士団のホープなのだ?)


・・・俺は、悪意の渦の中で、片膝をついたまま、上座の団長へと、顔を上げる。
俺の事を気に食わない奴は、世間には、五万と居る。
それでも俺は、黄金の騎士・ロキの息子___そして、白銀騎士団の騎士だった。
このまま、おめおめと、引き下がる事は出来ない・・・!


「・・・団長!
どうか、此の私に、もう一度、聖都奪還の機会を、お与え下さい。
陛下は、私の手で、どうしてもお救いしたい・・・。
必ず、此の手で救い出して、フォルセナの栄光を、取り戻したいのです」

「・・・。
一体、何を勘違いしておられるのかな、<女神の騎士>デュラン殿。
貴官は、ご自分の立場をお忘れか。
第三小隊の責任者である貴官に、此の場で、其の発言は・・・許される事ではない。
職務を弁えなさい」

「!
副団長・・・」

「・・・さて。
団長、どうされますか。
私は、第三小隊の後任には、彼らの内の誰かが、相応しいと思われますが・・・」

「・・・ッ!」


副団長が、指を刺したのは、後列に控えた・・・士官達だった。
仮面のように動かない、騎士の装いの陰で、野心の群れが、鈍く光っている。


「・・・。
残念だが、デュラン。
失態には、誰かが、けじめをつけねばならぬ。
其れが<騎士の掟>だ。
掟に背く事は、騎士団の一員で在る限り、誰にも許される事では無い。
・・・解るな?」

「・・・。
・・・はい」

「___では、騎士、デュラン。
今は、宿で身体を休め、次の指示を待ちなさい。
今後の、貴官の正式な処遇は、追って伝えよう・・・」


___シン___。


研ぎ澄まされた静寂が、俺を、場外へと追い詰めて行った。
俺は、床についた拳を、無言の内に、きつく握る。
今の俺に出来る事は、唯、頭を垂れる事だけだ。
___肩に伸し掛かる圧力の重みを、奥歯で、何度も噛みしめながら。







(これは、当然の事なんだ)


ザッと、山から吹き付ける風が、駐屯地の跡を揺らし、俺の頬と、湖面を撫でて行った。
俺は、もう、騎士団の居なくなった湖畔を、ぼんやりと見つめている。
湖の対岸には、俺には赴く事を許されない、聖都の輪郭が観えた。

『失態を回復したい』と願い出ても、聴き入れられる訳が無い。
むしろ、嘆願をする姿は___さぞ滑稽だったろう。
やすやすと、護るべき王を奪われたのは、自分だ。
偽りの平和の上で、あぐらをかいて、呆気無く、敵に部下を奪われたのは・・・。
他の誰でも無い。
・・・俺なのだから。


「・・・クソッ!!」


俺は、ダンッ!!、と目前の木を殴る。
ハラハラと木の葉が落ちて、情けなさで震える、白銀の篭手の上に、ゆっくりと・・・落ちて行った。

生まれて初めて、騎士の鎧を身に着けた時は、本当に嬉しかった。
『これで、また一歩、親父に近づける』___そう想った。
けれども、今は___。

団長だったロキ。
聖剣の旅。
シモーヌとの婚約。

其の総てが、今では、幸運の連続だった気がする。
俺は、恵まれた運の中で、周囲に<女神の騎士>と言われ、いい気になっていただけ・・・。
___そう想えてしまう。


「・・・」


ヒュッ・・・、と、夕暮れの風が、もう一度、俺の肌を撫でて行った。
目前に在るのは、広大な湖を取り囲む、山脈だけだ。
悔しくて、胸の奥が熱くなるのを、止められ無い。
苦しさの余り、ぼんやりする頭の奥で、<女神の騎士>という言葉が、連呼してゆく。

其れは、気が付けば、俺に与えられていた、賞賛。
5年前に、聖剣の勇者と出逢い、仮面の道士を倒して帰還した俺に___聖都より、与えられた称号。
けれども、今となっては、称号などが、一体、何になる?
偽りの称号で、任地には赴けない。
アンジェラも___俺の手では、救えない。


『・・・アンジェラ・・・。
・・・お前は、家族が欲しいのか・・・?
・・・だったら、俺が・・・』


俺は、マナの聖域で、出来もしない約束を___。
最も大切な女と、契ったのか。


過去に、世界を救った勇者達へ、贈られた勲章。
けれども、今となっては、重荷以外の、何物でも無い賞賛。
偽りの栄誉は、もう、俺から部下を奪った、足枷に過ぎなくなって居る。
だったら、そんな物は・・・。
___もう、要らない。

俺は、左胸にあった勲章を、地に投げ捨てた。
パサリと乾いた音を立てて、名誉と、騎士の勲章が、草藪の中に埋もれて行く。
俺は、乾いた眼差しで、地に落ちた勲章へと、最後の一瞥をくれた___。
・・・其の時だ。


「折角の『勇者バッチ』に・・・なんて事をっ!」


繁の奥から、ひょっこり、ふわふわのブロンドが現れたのは。