3年後 聖都ウェンデル
<光の神殿 女神に至る回廊>
「んとね。
それで、じゅーじんが、シャルロットのだいじな、ヒースいじめてたんでちよ。
そのつぎは、シャルロットが、こわいおやじに、つかまったんでち。
へんてこおやじが、まほうで、うにょ~ん、びろーん、ばひゅ~んっ!」
真紅の絨毯と、白亜の壁が続く廊下に、高い少女の声が響いた。
高くてキャイキャイした少女の声は、ちょっと聴く分には可愛い。
だが、流石に其れが、小1時間も続くと・・・。
一方的に聴かされて居るだけの俺は、段々と嫌になって来る。
「ほいで、おねんねちてたら、まどのそとに、ピカピカがみえたんでちよねえ。
・・・ちょいと、ちゃんときいてまちか、デュランしゃんっ?」
「でえっ!」
やがて、心地良く、俺の顎が落ち掛けた時だ。
後頭部にバチコンと、紙の衝撃が飛んだ。
顔を上げると、腰に手を当てて、仁王立ちをした、シャルロットが居た。
___其の手には、ハリセン。
「お、お前・・・!
司祭が普通、ンナもんで、人を殴るか?
司祭だぞ、人々の精神的支柱だぞ、其れが、人を、ハリセンで・・・っ?!」
「んま~!
ここまでひとにやさしいぶきが、ほかにありまちか~。
さっしょうりょく、ぜ・ろ♪
りゅーけつせず、エレガントで、ぷりてぃで、ここまでシャルロットにふさわしいぶきがあ~。
ほかにありまちかあ~」
「・・・クッ!
此の暴力童女め・・・」
聖剣を巡る冒険から、数年たった今も、シャルロットの、暴力・毒舌・及び腹黒さは、全く変わら無い。
20歳のシャルロットは、見た目が少し大人びたからと言って、ちっとも変わりゃしないのだ。
相変わらず、俺の事を下僕といい、他の奴も下僕といい、時々『おーほほ!』と笑い、かと思えば急に泣く。
時々急に、ふと大人びた顔で『・・・ですね』なんて言うが。
変わった事は、其れくらいだった。
後は、身分が、あくまでも代理だが<光の司祭>になったそうだ。
けれども、俺は、昇進自体には、余り意味が無いと想った。
身分が変わっても、中身がガキのままだからである。
「ほらほら、ちみちみ!
ぼさーっとしてないで、つづきをききんしゃい!
そんで、おんしも、もっとれんしゅうせんかい。
こんやは、なんつっても、せかいでいちばんおおきな、マナのおまつりなんでちからねえ~?
んん~っ?」
「・・・へーへー。
言われなくても、もう何度もやってらあ。
今年で5回目だからな。
今晩も、お前が聖剣を持って、仮面の道士を倒して、世界が平和になった所を、劇で再現するんだろ?
そんで俺は、お前の横で、悪い奴らとチャンバラしろってんだろ?
そして、メデタシ、メデタシだ。
ウェンデルの教えと、マナの女神は、今も滅茶苦茶健在でいっ!とこう、バシッ!とだな。
人々に示せ・・・!と。
ハー、相変わらず聖都は、人使いの荒いこって!」
「もんくいうなでち、げぼくその1。
おっ?
あそこにみえるのは、その2でち。
お~い、その2~!」
其の時、其の2が、振り向いた。
遠くで、美し過ぎる、紫のキューティクルが揺れた。
其の様子は、毛先までクリんと揺れて、官能的である。
透明な金の瞳がキランと煌めき、悪戯っぽくシャルロットを睨んだ。
「誰が其の二だい、小さなレディ?
其の1はともかく、俺は下僕ではない。
其れでは駄目だな、シャルロット。
薔薇はやれんし、デートにも誘えん。
20歳の乙女が、未だに其れじゃあな~。
お兄さんは哀しいゼ!」
「ホークアイ、なんでお前が、湧いて居る」
「ソイツは俺の台詞だ、フォルセナの犬」
ホークアイは、手元の書類を、俺の胸に叩きつけた。
押し付けられた書類の束は、大量の発注リストである。
内容は、食材、食材、そして、食材だった。
・・・全部食料だった。
『シードラゴンの燻製 原産地・アルテナ』
『ぷいぷい草のサラダ 原産地・ローラント 加工・ナバール』
そんな風に、各国から集められた食材が、一覧でリストになって居る。
表の『フォルセナ様分』と書かれた個所に、指を刺しながら、ホークアイは、苦々し気に呟いた。
「フォルセナの、警備隊長のお前がサ!
最後にコイツを確認せんで、誰がする?
食うのは全部、お前の隊だろ。
仕事をしたまへ、仕事を。
俺も、こうして、コキ使われてることだしな」
「うへえ~!
シャルロットに捕まったかと思えば、今度はお前かよ、ホークアイ!
ったく、しゃあねえなあ・・・。
解った解った。
お前まで、俺に『デュランしゃんなんか、軽く過労で死ねばいいんでち』って言ってるのが、よく解った。
後援のナバール商団の責任者が、俺に仕事を押し付けてるのが、よく解った」
俺は、ホークアイから引っ手繰るように『フォルセナ様分・搬入リスト』を受け取った。
ホークアイが持ってきたリストは、イイ感じに無駄が無い。
特別目立ったミスも無く、俺は、チェックもほどほどに、リストを返す。
昔から、ホークアイは、とにかく要領が良くて、スピードがある。
無駄に高い幸運度も含め、本当は、俺なんぞより、ずっと出来る。
「しかし、今年も、一年に一度の祭典かあ。
考えてもみりゃあ、もう5年も前なんだよナ。
シャルロットが、旅から聖都に戻った日はサ。
6人でフラミーからウェンデルに降りたら、何故か、坊サン達が、諸手を挙げての大歓迎でな。
其の夜に、復活した女神サンを、皆で讃えようとなってサ。
あの日が祭の始まりだった気がするゼ」
「此れも、いい機会なんだろ。
こんな事でもなきゃ、6か国協議も実現しないからな。
そんで、昔の仲間にも、もう会えないだろ?
なあ、ホークアイ。
今晩、俺と一杯やろうぜ!」
「おっと、ザンネン!
今晩はデートの先約があるんだ♪
お前との甘い夜は・・・また今度、な☆」
「!」
ホークアイは『チュッ!』と、投げキスのような仕草を、俺に向かってやってのけた。
クソッ、色気に年季が入りやがって。
其れは誰のモノマネだ、誰の。
俺は、思わず、うへえと脱力をしてしまう。
此のタチの悪いジョークも、最近は、随分と磨きが掛かって来た。
もはや、時折、ジョークか否かも解らない領域に、突入して居た。
恐ろしい事に、気が付くと、たまに・・・俺が・・・乗って居る。
「ま!
しごとばかりの、デュランしゃんのじんせいでちからねえ?
こころのうつくし~い、びしょうじょである、シャルロットは~!
げぼくがみちをふみはずしたことを、とがめはしないのでちた。
まる!」
「・・・とても可哀想な者を観る目で、俺を観るなよ、偽の司祭が」
「ぶー!
シャルロットは、にせじゃないでちっ。
ぷりてぃな、だ・い・りっ☆」
シャルロットは、ペッタンと、無い胸を張って見せた。
二十歳になったとは言え、シャルロットは、まだまだ幼児体形だが、其処は一応(美)少女だ。
スラッと細い足に、俺の腰辺りまでは在る背丈。
長さは当時と変わらないが、背が高くなった分、短く見える髪。
伏せられると、長い事が解る睫毛。
其れでも、半分妖精で、成長が遅いせいで、トータルじゃあ、やっぱり10歳くらいに見える。
こんなガキが、実質<光の司祭>だってんだから、世も末だ。
おかげで、身近には居ないから、其の正体を知る機会の無い、野郎共が。
特に、遠巻きに見て居るだけの『シャルロットファン』とかがな。
「次の司祭様は、笑顔をふりまく、天使のような少女だ___!」
しっかり騙されて居た。
■
やがて、芝居の稽古から解放された俺は、予定より少し遅れて、現場の巡回に出た。
聖都ウェンデルの警備、其れが、今の俺の仕事だ。
マナの祭典の時期のウェンデルは、とにかく賑やかだ。
ファ・ディール中から、国境を越えて、女神に参拝をする客で、街中がごった返して居る。
客の目当ては、参拝もさる事ながら、とにかく祭りだ。
夜になると、明かりの下で催される、世界中の伝統芸能や・・・。
立ち並ぶ各国料理の屋台に舌包を打つ事が、観光客達の、一番の楽しみ。
中でもメインイベントは、中央広場で催される、例の劇である。
<仮面の道士との戦い>
聖都が主催する演劇を、何か旨いモンでも食いながら鑑賞をする事が、観光の目玉になって居た。
ヨリにもよって、最も警備が必要な所で、劇の役者に駆り出された俺は___。
上演中の代わりを務めてくれる、彼女と再会をして居た。
「あっ、デュランっ。
コッチ、コッチですよ・・・。
・・・きゃあっ!」
「リース!」
しかし、頼みの綱は、遥か遠くで、ヒトゴミに流されて居た。
サラサラのまっすぐのブロンドが、砂漠地方の団体客に押し流されて行く。
茶褐色の肌に、ターバンを巻いた、オッサンの群れ。
中年オヤジの大群に、リースは埋もれて居た。
オヤジの流れの中でヨロめき、倒れそうになるリース。
しかし、其の腕を、スグサマ支える、頼もしい手が在る。
___ライザだ。
「リース様。
足元にはお気を付け下さい」
「す、すみません、ライザ・・・。
踵の高い靴なんて、いつもは履かないので、あの、慣れなくて」
「リース様の、本日の御役目は、エリオット様の代理。
其の防具は、ミネルヴァ様も使われて居た、外交に徹して頂く為の物。
高い踵は歩きずらいでしょうが、堪えて下さい。
警備の件は、私にお任せを」
いかつい漢共の合間から、ライザが進み出る。
ライザは、相変わらずの、アマゾネス軍が使う甲冑姿だ。
いつもなら、同じように、甲冑姿のはずのリース。
しかし、今日のリースは、なんとスカートを履いて居た。
違う、正確に言うと、スカートっぽく見える防具を、身に着けて居た。
そんな新しい姿を恥じらいながら、リースがゴニョゴニョと呟く。
「いつもでしたら、エリオットが来れるのですが、今年は手が離せなくて。
私は、こんな格好になって仕舞いました。
其処で、警備の助太刀については、ライザにお願いしたのですが・・・。
其れではいけませんか?
デュラン」
「いや?
問題は無いぞ。
上演中だけの話だからな」
「・・・有難うございます!」
俺は、広場が見渡せる丘まで、リースとライザを案内する事にした。
此の丘からは、ウェンデルとアストリア湖を、一望する事が出来る。
丘は、見張りにゃ持ってこいで、俺が、毎年使って居る場所だった。
暫く上ると、聖都の街並みの向こうに、広大な湖が観えて来る。
オレンジ色の屋根と、白いレンガで出来た街の向こうに、空を映した湖が広がった。
今、抜けるような青空の下に、柔らかな風が吹く。
風は、うっすらと、潮の香りがした。
「わあ・・・。
海の匂いがしますよ、デュランっ。
其れに、なんて気持ちのいい風・・・」
「おー、珍しいこって。
今日は外海まで見えらあ」
「え?
外海、ですか?
デュラン」
「ああ、リースは知らないのか。
俺も、つい最近まで、知らなかったがな。
・・・ホラ、あそこだ。
アストリア湖って、海と繋がってるんだぜ。
北の方で、ほんの少しだけな」
「ん?
あっ、ホントです!」
俺は、聖都付近の地図を、リースの前で広げた。
警備の為に、ぱっと書いたモンで、あんまり出来は良く無い。
それでも、一応は、おおまかな特徴を捉えて在るつもりだ。
アストリア湖は広い。
地形としては湖だが、其の広さは、海ほど在る。
大きさだけを考えるなら『内海』と表現する方が、適切かもしれない。
其れでも、聖都から観える景色が、あくまでも『湖』なのは、対岸に巨峰が在る為だ。
どんなに広くても、景観の中に、水平線は存在しない。
アストリア湖の周辺は、四方を高い山に囲まれて居るが、北方だけは平地だった。
運が良ければ、聖都の丘からは、本物の海が少しだけ見える。
深い蒼の海と、淡い色の湖を、一本の川が繋いで居た。
余り知られて居ないだけで、アストリア湖は、海と繋がって居るのだ。
「・・・私、知りませんでした。
ローラントも警備を担当して居るのに、無学で御免なさい、デュラン」
「大丈夫だ、リース。
海の事までは、警備にとっちゃ、ムダ知識だしな。
俺も、たまたま知っただけだよ。
其れよりも、今は仕事だ!
悪りイな、せっかくの景勝地なのに、一緒に楽しむゆとりも無くてさ」
「くすくす。
其れが、デュランのいい所なんです。
さあ、お仕事を、もうひと踏ん張りしましょう!」
___今日から、マナの女神の復活を祝った、聖都の祭典が始まる___。
此の世界は、何もかもが平和で、誰もが満たされて居た。
俺は、何も起こらない世界での、警備の仕事は、少し退屈だと想う。
でも、今日は、楽しかった。
こんな風に、昔の仲間と、語らう事も出来るのだから。
■
夕日が、聖都と湖を、黄昏に染めてゆく。
街を彩るランタンが、七色に光り始め、街中を照らして行った。
ウィスプのオレンジ、ウンディーネの青、ジンの碧・・・。
七大精霊を象った明かりが、目貫き通りも、路地裏も、彩り始める。
街の喧噪が、時折、潮騒のように、遠く響いて行った。
風に乗って、光の神殿から伝わる、鐘の音が響い来る。
祭の始まる合図だ。
俺は、屋台の行列や人の群れを横目にしながら、聖都の目抜き通りを、足早で通り過ぎた。
俺も呑みたい気持ちが高ぶるが、其れは後だ。
明日の夜、改めて、ホークアイを捕まえてやればいい。
今夜は、仕事だ。
喧噪と人込みを押しのけて、俺は所定の場所へと急いだ。
中央広場の舞台の檀上へだ。
今夜、劇が行われる舞台の上、其処から、会場内の最終確認をしようと思ったのだ。
劇が上演される中央広場は、今夜、最も人が集まる場所だった。
此れまでも何度も確認を入れたが、念を入れ過ぎて、入れ過ぎる事は無い。
一段高い場所には、貴賓席も在る。
今夜は、リースも座るだろう。
ビーストキングダムの王子である、ケヴィンも来る。
リチャのおっちゃんもだ。
そして・・・。
・・・アイツも座る場所なのだから。
僅かに軋んだ想いが、人の集まり始めた小高い場所へ、俺の視線を運んだ。
一般の客人は立ち入れないように、区切られた箇所に、座るべき客はまだ少ない。
俺が、貴賓席の様子を、目視で確認を済ませた___。
其の時だ。
コツ___ッ。
高い踵の音が、俺の背後で木霊したのは。
まだ、誰も居ないはずの、舞台裏。
其処から、するべきでは無い、足音がする。
「・・・。
『KEEP OUT』の表記が、見えませんでしたか・・・?」
足音と、風に乗って流れる香りに、俺は、覚えが、在り過ぎて・・・。
振り向かないまま、必要事項だけを、低くなる声で、伝える事しか出来ない。
「檀上は、関係者以外、入れない区域です。
・・・部外者は、お引き取り下さい」
「アラ。
私は、一番特別で、大事なお客様なんでしょう・・・?
其れを部外者とは、随分な言い草ね」
「禁止事項に、特別扱いは、ありません」
「開演は、2時間後なのよ。
まだ早いのだもの、見学くらいは許しなさいよ」
「・・・」
今、一際、コツッと言う音が、大きく鳴る。
俺の傍で、紫の髪が舞って、夜の風が、花の香りだけになった。
俺は___瞳を閉じる。
其の姿は、今の俺如きが、もう見つめていい姿では無いのだから。
どんなに瞼の向こうから降る、聴くべきではない声が、俺に容赦をしなかったとしても。
深く、甘い声で、俺だけを呼んだのだとしても。
俺には、彼女を観る事は、許されない。
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