小さな頃、貴方と出会った話をしよう。
あの、甘く、懐かしい過去を。





其の男の子は、剣ばかりを振っていた。
フォルセナ城の中央に在る広場、其のド真ん中に、いつも陣取って居る男の子が居たのだ。

毎日、毎日、飽きもせず、素振りばかりをやっている。
観ているコッチが、痛々しいホドの、剣術バカ。
あんなものが、毎日視界に入るなんて・・・。
嗚呼、なんてイヤな気分の、フォルセナ生活。

しかも、私は<旅行>に来たのである。
それなのに、なんで、目前に、山積みの教科書が在るのかしら?

『マナ概論』
『ファ・ディール史 A』
『魔法学各論 水の精霊・ウンディーネとの交信』
『攻撃魔法・防御魔法の演習』エトセトラ。



「い~やあ~っ!
バカンスに来てまで、魔法の勉強なんて、もう、ホンッと信じらんないっ。
ヴィクター、私の代わりにやって頂戴。
座学なんだし、バレなきゃいいでしょ」

「駄目ですよ、アンジェラ様。
それでは、姫様の為になりません」

「どうしてよ。
アンタ、年頃歳女の子に、『可哀想に、デートでもしたい盛りでしょうに』って、情けはないの?」

「まだ12歳の女の子には、ございません。
それに、ホラ、外をご覧下さい、姫様。
ほらほらっ、あの男の子ですよ・・・」

(・・・だから、それがイヤなんだってば)


私は、おそるおそる、窓の外を観る。
其処には、ムッツリ、剣ばっかりふってる、例の男子が居た。

ソイツは、茶色の固そうな髪を、ボサボサにしたまま、一心不乱に『基礎練』ばかりをやっている。
年は、私より、2つほど下のようだ。
ちゃんと手入れしたら、実は、イイ見た目の方だと想う。
それなのに、無頓着極まりない見た目のせいで、齢10歳にして、すでにムサく見えていた。


「・・・あの、特にイケメンでも無い、むしろ、子供なのにむさい、妙な男が何よ」

「少年、凄いですね。
あんなに長い間、剣の修行が出来るなんて・・・。
大人でも、そういうのは、すごく難しいんですよ!」

「私もアイツのように、基礎を繰り返せという事かしら。
バカンスに来てまで」

「・・・姫様。
僕は、窓の外の少年に『心が在るなあ』と想ったんです。
ネ、ホセじいも、いつも言ってるじゃないですか。
魔法は『心』が一番大事だって!
ですから姫様も、外の少年を見習って、少しは魔法のお勉強を___」


違う。
私は、フォルセナまで遊びに来たのだ。
断じて、修行なんかじゃない。
もっと正確に言うと、お母様の、お仕事のついでなのよ。
でも、お母様は、私に<旅行>だって言ってくれたもの。
お仕事が終わったら『一緒にゴハンを食べたり、お散歩をしましょうね、アンジェラ』って・・・。
・・・そう、言ってくれたもの!


「ふんっだ!
お説教なら沢山よ。
ケチんぼヴィクターなんか、もう知らないっ。
・・・べーろべーろべーだっ!」

「・・・あっ、姫様ッ!」


______私は<魔法>から全力で逃げるのよ!


だから、見習い魔術師用の杖をムンずと掴み、こんな場所からは、立ち去ってやると決めた。
私には、使えもしない『魔法の杖』なんて・・・。
もう、何処かに捨ててやるんだから。







そうして、生活指導係から、無事に逃げおおせた私は、フォルセナのお城を探検する事にした。
フォルセナ城の中は、アルテナより単純で、武骨そのものだ。
そこらじゅうに、鎧だの剣だのが、一杯飾ってある。
質素な内装がほとんどで、綺麗にしてある所も金ぴかで、いかにも『偉い人のコーナー』だったりする。
総てが直線的で、迷い様がないほど、何処に何が在るのか、解りやすいお城だった。

中央の広場では、相変わらず、むさくるしい少年が、剣の修行をしている。
ビュッ・・・、ビュッ・・・、と、剣が風を斬る音が、廊下まで聞こえて居た。
今の私は、ぼんやりと、少年の剣筋を見つめている。

___どうして、アイツは、あんなにも頑張れるのかしら?

・・・だから、それは、ほんの出来心だったのだ。
チョット、年下の少年を、からかってみたくなったダケのハズだった。


「・・・ねえ、其処のアナタ。
剣の修行は、そんなに楽しいモノかしら」


私は、そんな軽い悪戯心から、少年の背後に回り、素振り用の剣を、バッと奪ってやったのだ。
其の途端、少年の顔が、怒りで真っ赤になって行った。


「・・・アッ・・・てめえ、何しやがるッ!」




少年は、私の突然の奇襲に、慌てふためき、ガーッと唸る。
けれども私は、逃げ足だけは早い子だった。
こう見えて、アルテナ城では、最速を誇っていたのだ。
年下の男の子が、この私の足に、簡単に追いつける訳___無いんだからネ?
そう、タカをくくっていた。


「ウフフ・・・こっちこっち☆
其処の、むさくるしい、怖そうな男の子さん。
剣を返して欲しかったら、私に追いついてごらんなさいナ♪」

「だ、誰だてめえは。
イキナリ現れて、俺の剣を奪いやがって・・・。
返せっ!
それは、俺の物だッ!」

「それじゃあ、代わりに、私の杖をア・ゲ・ル♪
私には、もう要らない物だから、アナタの好きに使っていいのよ。
貴重な素材だから、結構いい値で売れると想うワ。
杖を売ったお金で、美味しいものでも食べて、新しいお洋服でも買ってネ」

「っ?」


意思の強そうな、片方の眉をつりあげ、少年が立ち止まる。
深い蒼の眼が、キッと睨みつけて来た瞬間、私は、自分の杖を、空に向かって放り投げてやった。
青空に跳んだ杖は、空中で弧を描き、少年目がけて、真っ逆さまに落ちて行く。


「うわっ・・・」

「じゃ~あね~ん!」

「・・・あっ!」


少年の服は、ツギハギがあるし、持ち物もボロだ。
というコトは、見習い用とはいえ、王女の杖を売れば、結構イイモノが買えるだろう。
それならば、これで良かった、少しはイイコト出来ちゃった♪と、私は大きく頷いた。
そして、心から満足すると、クルりと踵を返し、広場を一目散で後にする。
年下の少年に、アッサリ追いつかれるのは嫌だから、鎧の列に向かって、一発蹴りを入れてやりながらだ。
そうすると、背後でドミノのように倒れていく鎧に、すれ違う大人達が悲鳴をあげた。


「クソッ、待ちやがれッ。
やいっ、ソイツはなあ、昨日、俺がはじめて貰った剣なんだよっ。
お前、何処のどいつだよ!
この辺りじゃ観ねえ顔のクセに・・・は、はやいっ・・・な・・・」

「もしもアナタが追いついたら、チョットだけ、私の名前を教えてあげる。
アナタ、そんなに気になるのかしら?
私のコ・ト!」

「・・・!」


私は、ふわっと城壁の上に飛び乗ると、怒れる少年を見下ろし、ニコッと笑って見せた。
次は、ドレスの裾をつまんで、王宮のお辞儀もして見せる。
周囲の大人達曰く『姫様は、女王様に似て、大変お美しい』んだって!
『ちゃんとすれば、所作もキレイ』なんだそうよ?
まあ、つまりは、それしか能がない、オバカ姫だって、遠回しに言われてるだけなんだケド。

それでも、一瞬、少年の赤ら顔が『単に、怒ってるから紅い』訳じゃないコトが、此処からは良く分かった。
あの顔は、どう見ても・・・見とれているように、見える。


「・・・うふふ。
アナタって、随分正直で、可愛い男の子なのね。
ふうん。
そんなに気にしてくれるのなら、是非とも追いついて、私ごと、捕まえてごらんなさいナ♪」


そうして、私は、ぴょんと壁を跳び超えた。
悪戯と、逃げ足だけが才能の私には___壁なんて、無いも同然★







そうして、少年からも、まんまと逃げおおせた私は、お城の庭へ、脱出する事に成功をした。
フォルセナのお城は、お庭もやっぱり、とっても素朴。
とにかく『植物・植えました!』みたいなカンジがする。
けれども、牧歌的で、温かみがあって、私は、すぐ好きになった。

外の森と、あんまり変わらない庭の様子は、居心地が良くて、とてもステキ。
フォルセナの人は、ありのままの自然が好きなんだなって、外国人の私にも、伝わって来るもの。

揺れるお花も、流れる小川も、みんな可愛い。
きっと、動物の事も、大好きな人達なのね。
こんな風景・・・私も大好き♪


(そうそう!
生き物や植物は、ありのままの自然な姿が、一番だと想うナ。
私も、魔法なんか使えなくたって、別に困んないもんネ!
それが、私のし・ぜ・ん、なんだもの)


そうして私は、くるくると踊るように、フォルセナのお庭を走り続けた。
気が付くと、『本当に、ちっとも困ってなんか、いないんだから・・・』と、呟きながら___。

・・・。
アルテナの大人達は、どうして、口を開けば『魔法』『魔法』と言うのだろう。

そう言えば、私も、ほんの少し前までは、同じだった気がする。
頑張って『お母様のような、大魔法使いにならなくちゃ!』って、無理をして、片意地を張って居たように思う。
けれども、私が魔法の修行を初めて、5年の月日が経ってしまった。
それなのに、私の杖先からは、何一つ出ないままだ。
・・・いくらなんでも、流石に解る。
私には、魔法の才能が、全く無いって_______。


「・・・」


今、ヒュウッと乾いた風が、フォルセナの森を吹き抜けて行った。
行き場を失くした私は、少年から奪った剣を、軽く、振って見る。
其れは、とても使い心地のいい、練習用の剣だった。
本当に、手に吸い付くみたいに、イイ感じ。
ならばもう、いっそこのまま、魔法使いになるのは止めて、将来は、とにかく剣でぶった斬る人でも、なってやろうかしら?
ってくらいに。
・・・でも。


___そんな事が、許されないのは、解っていた___。


(・・・あの子は・・・どうして、あんなに頑張れるのかしら)


だからかも、しれない。
私は、広場の少年のコトを、出会ってから、ずっと想い続けてしまう。
少年は、見ているこちらが嫌になるくらい、苦しい努力を続けていた。
いっつも髪はボザボサで、手は豆だらけだし、楽してモテたいなんて、ちっとも想ってない井手達のまま。


(・・・ねえ。
どうして、アンタは、其処まで頑張れるの?
何故、自分の才能を、信じられるの・・・・・・?)


そうして私は、心の中だけで、少年に、問いかけ続けている。
其の時、もう一度、ザアッと冷たい風が、森の中を吹き抜けて行った。

・・・ふと気が付くと、周囲の景色が変わって居た事に、今になって、ようやく気づく。
いつの間にか、素朴だった景色が一変して、まるで、アルテナの庭のようになって居たのだ。

森の奥では、敷き詰められた純白の石が広がり、洗練された刈込の樹木が、偉人達の像と共に、静かに並んで居た。
ミスト山脈を借景に、中央に配置された泉には、マナの女神様も祀られて居る。
女神像の足元から、流れ出る水音が、静寂の庭の中へ、ゆっくりと、波紋を広げ続けている___。


「・・・・・・それで、リチャードは、いつ頃来られるのかしら?」


其の時だ。
余りにも良く知った声が、背後から、聞こえて来てしまったのは。
声の距離から察するに、後方、200メートルくらい・・・。
・・・どうしよう。
お母様の声がする!


「もう間もなく、お越しになられますよ。
ヴァルダ様との会談を、リチャード様は、それはそれは、心待ちにしておられました。
特に、貴国の、天候を操れる技術には、深い関心をお持ちで・・・」


しまった!
お母様が、此のお庭で、誰かとお話をなさるんだわ!
ああっ、どうしよう、ここのままだと、勝手にお部屋を抜け出して来たのが、お母様にバレちゃうじゃない~っ。
でも、隠れられそうなトコが、すぐには見つかんないよ!
どうしよう、これじゃあ、また叱られちゃう。
冷たい眼で___『アンジェラ、貴女には、アルテナ国の王女としての、自覚は無いのですか?』って___。

・・・けれど。
今となっては、もう、どうしようも無い。
だから、其れは、全てを諦めた私が、地面に座り込んだのと、同時の出来事だったのだ。
・・・・・・私の手が、豆だらけの、大きな手に捕まれたのは。







_______私より、ずっと、大きな手。



その手が、私の手を引き、何処までも走って行く。
そのまま二人で、庭を抜け、森を抜け、小川の桟橋を渡り、城の中へと戻って行った。
時々『ぎゃあっ』と、凶暴なラビの声が、何処からか聞こえて来る。
空を羽ばたく鳥の音も、荒野の中で聴くように、荒々しい。
おかしいな、此処は、お城の中のハズなのに。


「あのな、よく聴けよ、ヨソ者女。
<奥の庭>は、王族以外、立ち入り禁止の場所なんだ。
下手したら、其の場でぶった斬られてたんだからな!
・・・お前みたいな、不審者」


___手の持ち主は、広場の少年だった。


傷だらけの大きな手が、私を、その<危険な奥の庭>から、引き離してくれる。
やがて、唯の雑木林まで来た時『ここまで来れば、大丈夫だな』と呟き、ようやく手を離してくれた。
ボサボサの茶髪の下で、蒼い目がギラギラ光って、むしろ、コイツに、今すぐ斬られてしまいそうな気配がした。
けれども、そうはならない事は、すぐに解る。
少年が、私を見て___まだ、赤面をして居たから。


「・・・あなた、私のコトを、助けてくれたのね。
有難う」

「ソイツは違う。
俺は、自分の剣を、返して貰いに来ただけだ。
此処までやらかせば、もういいだろ。
俺の剣を返せよ、ヨソもん女!」

「!」


そうして、少年は、バッと奪う様に、自分の剣を取り戻した。
代わりのように、私の杖を突き出して来る。
『コイツは、お前の獲物だろう』。
鋭くて、深い蒼の眼が、そう言いたげだった。

けれども私は、自分の杖を、なかなか受け取る気にはなれ無かった。
だって、私には、もう要らないモノだ。
ちっとも魔法が使えない魔法使いに___『魔法の杖』は、要らない。

そこで、私が首を振ると、少年は、もっと険しい目つきをする。
思わず人助けをするほど、優しい男のクセに、怒ると怖い。
まるで、大人みたいな瞳の持ち主。
そして、いつも、本気の眼差しだった。

少年は、自らの剣で、風を斬る。

目前で、ビュッと、空を割く音が、響いてゆく。
一方で、突き返された、私の『魔法の杖』は、行き場も無いまま、此の手に戻ってしまった。
___其の時だ。


「・・・お前の、名前は?」

「・・・え?」

「・・・だから、お前の名前だよ。
俺が、お前を捕まえたら、教えてくれるんだったよな?
確か」


今、フォルセナの少年が、勝ち誇ったように、ニヤッと笑った。
すると、突然、此の手に戻った、私には使う事の出来ない、王女の杖が・・・。
肌に食い込むように、痛く想えた。

___今の私には。
アンタみたいな少年に、名乗れる名前なんて、無い。

勉強は嫌い、才能は無い。
いつもいつも、お母様に叱られてばかり。
12歳になっても、ちっとも魔法が使えなくて、このままでは、誰の役に立つ事も出来ない存在だもの。

だから、私は、少年に背を向けた。
もう、名ばかりの身分なんて明かさずに、此の場を立ち去りたかったから。
すると、黙々と距離が出来る背後から『オイッ、待てよ!』と、声が聞こえる。
でも、聞こえない、フリをした。
努力を続ける少年と居ても、今の私では、辛くて悲しくなって行くだけ。

ああ、それでも。
いつの日にか___。

私が、もっと大きくなって。
お母様のように、強くて素敵な女性になれたなら。
ほんの少しでいいの。
『魔法が使えるようになった』と言える日が、やって来るのなら。
その時、なら___!

今。
ポカンと突っ立って要る少年に、私は、一度だけ振り返る。
そして、風のように走った。
何が起こったのか解らずに、唖然としたままの少年の、すぐ目前まで。
視界一杯に、本当は、綺麗な顔立ちの、少年の顔が、広がるまで______。





今の私は、今の自分に出来る、精一杯を、アナタに、あげる。





______小さな頃、貴方と出会った話をしよう。
______あの、甘く、懐かしい過去を。





少女の頃より、ほんの少し、強くなかったかもしれない私は、今も、少年の貴方を覚えている。
貴方は忘れてしまっても、ずっと、覚えている。
頬に唇を寄せただけで、真っ赤になった、幼い貴方を。

そして、総てを思い出した貴方と、此の場所で逢える日を、待っている。
白い雲が波になり、渚へと打ち寄せる、聖なる森の、奥深くで。