男には、男の世界ってやつがある。
女がそうであるように、だ。
例えば目の前にあるこれを、拾えるか否か、それは結構男女差があると思う。


__俺は今、ある決断を迫られていた。


足元には、雑誌が一冊。
ほとんど新品じゃねえの、という状態なのに落ちている。
多分、持ち主は落としたかった訳じゃないのだろう。
けど多分、今頃気づいたからって白昼堂々、拾いにはまず来ないだろう。


なぜなら、それは

春画

だから。


「__くっ!」


<えっちな本>


とかかれたタイトルが、まんま過ぎてドン引きだ。
しかし一方で、俺がここは一つ男になるべきだという誘惑も、非情に強い。
というか、この本の前でじーっと立ち尽くしてるのも、単なる変態だ。


「よしッッ」


なのでとりあえず。
公序良俗の観点から。
拾ってみた。







 ____10代の、男子と女子の狭間_____













「なあアンジェラ、今日一日これから、何があっても男女別にしないか?
特に夜はさ」
「!?」


ホークアイが突如、私に妙な提案を始めた。
6人でいても困るわけじゃないのに、急に一体何なんだろう。


「なんででちか。めんどくさいだけでち」
「ホーク、俺も意味はあんまり感じねえけど」


シャルロットとデュランが、そんなホークにまっとうな意見を述べた。
私もそうだなー、と思ったとき、意外にもリースがちょっと笑顔になっていた。



「あ、でも私、女の子だけで行きたいとことか、あるんですよね」
「リース、それ、どんな、とこ?」
「そうですね、可愛い雑貨屋さんとか、お菓子屋さんとかですっ」



ふふ、とはにかむような微笑のリースが<美少女オーラ>を全開にしていたので
ケヴィンが、おおーと感心したように頷いている。
同性の私もちょっと、見惚れてしまった。
その女子力を一切隠しだてしない辺りに、だ。



「さすがリースね。まあ同じ女子として、私もちょおおっと解るかな。
男くさーい誰かさんとかいたら、スイーツゆっくり食べたりできないもんっ」

「アンジェラ、何故俺を見る」

「デュラン、対乙女心仕様皆無だから」


そしてリースがホークの提案に乗ったので、なんとなく<男女別>ムードが強まる。
デュランだけが、意味がわからんとボヤいていたが、概ね全員OKのようだった。
シャルロットはすでに<スイーツ>に心奪われている。


「じゃっ!そゆことでっ」


中でもホークアイが、やたら興奮気味であった。


___そして。


男子組は、武器防具の整理と調達。女子組は、アイテム類の調達。
仕事を分担し、明日の朝、全員宿のロビーに集合。
それだけ決めて、さっそく街へ繰り出す。

そしてどうやら、目の前のお店はローラントの名店らしい。
リースが目を輝かせて、そのチョコレート屋の前ではしゃいだ。


「わあっ。<ラブショコラ・ローラント>のカフェですっ」
「リース好きなの?」
「はいっ。定番のトリュフが最高なんですよ、アンジェラ!」


詳しい。おおーと内心感心した。
やっぱり女子なんだなあ~と、また同じ女子としても感心してしまう。
その甘いものは別格、なところが。


「シャルロットは、あのおようふくやさんが、きになりまち」


そしてシャルロットが指さした先には、パステルカラー満載の部屋着専門店があった。
ふわふわ、もこもこもの素材で、リボンやフリルも惜しげ無し。
店の内装も、女子の聖域度全開である。


「うわっ、ゲロ甘」

「アンジェラしゃんだって、ほんとはすきなくせに、でち。
てれずとも、いまここにヤローどもはいないでちよう」

そして、まさかのガキんちょ・シャルロットに諭されてしまった。
そりゃ好きだ、好きだけど、慣れてない感じだ。

普段はガンガン体力勝負ばっかりじゃないか。
こんなターンは予想外ってものだ。

___でも、たまになら。
ちょっとなら、いいかな?


「女の子だけで、パジャマ・パーティでもする?
紅茶とトリュフ解禁ね。今ニキビとか気にするのも禁止!」


気が付けば、自分が一番のってしまっていた。
恐るべし、女子力だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「さ~~~お茶とお菓子も揃ったところでえ~~~~~~」



女子の夜中のパジャマ・パーティの話題といえば。
お約束の恋バナである。


「リースは今、誰かさんとどんな感じなのかしら~~~~~?」
「あああアンジェラ・・・」


誰かさんとは、もちろんホークアイだ。
もうこのシュチュエーションで、からかうんだったら、これしかあるまい。

普段から何かとリースに絡むホークアイは、分かりやすすぎる。
対するリースが拒絶しきれてない辺りが、非常にまんざらでもない。

多分6人中、あの女子力0の奴以外、ケヴィンすら分かってる展開だと思われた。


「リースしゃんは、おくてでちからね。
シャルロットは、とのがたとチューしたことありまちよ!」
「ええっ」


そしてがちで、ドン引きするリースが可愛すぎてやばい。
淡いブルーとミントグリーンのベビードール姿で、あわわわわわと
狼狽している姿が、目の保養だった。
胸元とスカートの裾の、レースがきれいだ。


「だ、誰とですか・・・」
「ふっふっふ、それはいえまちぇん。
いえるのは、くにでいちばんすてきな、とのがたでち、ということだけでち」
「ヒース神官でしょ」
「がーーん!」


なぜばれてる~!とポかすかするシャルロットも、またとても可愛い。
オフホワイトとベージュの、着ぐるみのようなデザインのパジャマ。
もこもこした素材に、ワンポイントで金色の刺繍が入っている。


「まあお子ちゃまシャルには、どうせ
ぽっぺたかオデコにってことね。それ以外だと犯罪だしイ」

「むきーっ。アンジェラしゃんなんか
ふだんから、ろしゅつしまくってるはんざいしゃのくせにっ」

「!?」

「ふだんからおっぱいぼよよんで、まちをねりあるく
ギリギリセーフなあんたしゃんに、おとこのはんざいろまんの、なにがわかると!」

そしてシャルは
隠してあるからこその浪漫、花も恥じらうからこそ殿方は
などと、訳のわからないボヤキをはじめた。

なので私は、その生意気なガキんちょは放っておいて
ではお隣の、花も恥じらいそうな人をからかいましょうか、と手を打った。


「・・・で、リースはホークとキスはしたの?」

「ッツ!?」

「このろーばいぶりは、あやしいでち」

「ままままま、まだです・・・」


その恥じらいながらも、まだ、とは完璧なる墓穴発言である。
目がキラーン、なシャルロットがトリュフをバリバリほおばりながら
じゃ、今後その予定があるんでちね、と意味深につぶやいた。


「そそそそういうアンジェラさんは、どうなんですか・・・
一人で冷静に紅茶飲まないでください・・・」

「だって、突っ込まれるネタないもーん」


・・・実際、皆無である。
悲しいなーとか思わなくはない。
いや、普通に悲しいかも。

フ、と心の涙を流したその時、シャルロットがカップをカチャっと勢いよく置いた。


「しかし、ネタはなくとも、チューはおとめのあこがれでちしね!
シャルロットは、ロマンチックにきめてほしいでち」

「はあ?」

「たとえばでち。かんどーのさいかいをしたよるに、おはながいっぱいのおにわを
えすこーとされつつ、むーどぜんかいなところで、はれんち、とかでち」

「!
破廉恥」


私はとっさにドン引きしたが、リースはけっこう本気で頷いていた。
今、そのムード全開な展開を予想してるんだろうか。頬が上気している。


「ねえアンジェラさんも、ちょっとは考えてみたらいかがですか?
なんか私たちばっかり、それは悔しいですし」

「なんで?」

「いいから、ちっとはかんがえてみるでちよ!」


そう促されて、仕方なく目を閉じて、想像してみた。

満月の夜、花咲き乱れる庭、そこに立つ二人の男女を。

それがホークアイとリースだったら。
きっと、甘い口説きが乱発されており、ひたすらリースは照れまくっているが。
この二人に破廉恥って、あるのだろうか?

次にヒース神官とシャルロットだったら。
シャルのいう容姿だと、想像するに、ヒース神官はすごいイケメンだけど。
きっと常識人なのに、ちびシャルに破廉恥って一体?



そして___私が破廉恥?


「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」


一瞬、めくるめく何かが頭をよぎった気がした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「ブえっくしゅーいッツ!」
「デュラン、くしゃみ、すごい」
「うへえ。誰か噂してんのか」

ケヴィンと共に、宿の風呂場を後にしてすぐ。
妙に寒気がして、くしゃみが出た。
一瞬湯冷めでもしたんだろうか?と思ったが、体はぽかぽかして気持ちいい所だ。

宿から借りた寝巻きは、<浴衣>というらしい。
俺の国には無いデザインだが、一枚の布でぐるっと身体を包める優れものだった。
強いてあげるならバスローブに近いが、それよりはさっぱりした着心地だ。
ケヴィンも通気性のいいそれを、気に入って着ている。


「ホーク、おふろ、でた」


あてがわれた男子部屋に帰ると、ホークアイも浴衣姿である。
宿に帰るなりさっそく風呂に入って
俺は今後の男祭に備える、とか、意味のわからんことを言っていたが。
つうか男祭って何だ。

だがホークアイはそれに本気らしい。
部屋に置かれたのは、酒、酒、酒。それにツマミの種類の多さ。
柿ピーからさけるチーズ、サラミまでどんと来いであった。


「なんだ酒盛りかよ」


ちょっと引いてしまう。
実は俺は酒に弱いのだが、男同士ではそうも言ってはいられないので、だ。
ノミ二ケーションとはよく言ったもんで、それがなくては男の会話は
成り立たないものだとは、傭兵時代に叩き込まれた事だった。


「ふっふっふお前達、だが男祭とは・・・実はそこれだけじゃないんだぜ?」

「ホーク、ほか、なに?」

「これを見るがいいー!」

「!」


________<えっちな本>


そして、そうデカデカ書かれたそれが今
ばーーーーっと天を突くように披露された。
なぜかどや顔のホークアイに、感動するケヴィンの図が、出来上がっている。


「ホークお前・・・っ・・・どこからそんなモンを!?」

「道で」

「道。なんで突如道に・・・」


豪快に笑うホークアイに、にゃはーと笑うケヴィン。
ケヴィンは多分、わかってないんじゃないだろうか。
何か楽しいから笑ってるだけだ。たぶん、いや絶対。

その直球すぎるタイトルの表紙も、これまた直球で目のやり場がない。
そのネーミングセンスの無さがむしろ、際立たせてしまう美女のあられもない全裸だ。
マジでどこも隠してない。
表紙なのに。


「・・・!
んなもん拾ってくんじゃねー」

「なんだよ、自分だけ紳士気取るなっつうの。どうせ男だらけなんだ。
隠しだては、なしってことで」

「なし、なし!」


ケヴィンが、がおーと声をあげ、ホークアイがいそいそと酒を開け始める。
まだ座る気にもなれない自分は、とりあえず、布団をしいた。


「お前ら・・・」

「俺はあ、やっぱり正直なのがいいと思うな。
こう、なんていうの?女の好みまで語り合う仲、それが男のダチってもんというか」

「俺の友情にその要素はない」

「チッチッチ、デュラン、それは水臭いなあ。
ナバールでは普通だぜ?女の好みだけじゃなく
身体の相性などなど、あれこれどっちゃらを、真夜中まで熱く語り合うぞ」


・・・マジで?


一瞬、唾を飲んでいた自分がそこにはいた。

フォルセナはあんまり、オープンにしないお国柄なのだろうか。
そこは考えてみたことが無かった。


「じゃあビーストキングダムってどうなのよ」

「うー、ちょっと、オスとメスになる?」

「うひょ~さすがあ」


なにげに爆弾発言のケヴィンを尻目に、俺は柿ピーの袋を破った。
中から香ばしい香りがして、まあ一杯ぐらいだったら。
そんな気持ちになってしまう。
そしてグラスに酒をつぎ、口をつけた。その時だった。


「やっぱエロいキスがしたいよなあ」

「___________ブ!」


ホークアイが、ど正直な発言をした。
そのせいで俺は、酒を吹き出していた。


「いや、エロ・・・って放送禁止用語じゃねえか?ホーク、それは」

「ええ?これが普通だろデュラン。こう蕩ける様なテクニックでだな
めくるめく官能的な、一夜を望むのが一般男子だろうが」

「だろーがー!」


___この場合、ケヴィンもわかってるんだろうか?

やけに無邪気だが、野生の精神が当然すぎて、むしろ爽やかなのか。
だったら俺のほうが、今爽やかさに欠けてたりするんだろうか。
妙に頭が痛くなってきた。


「できれば、ずっと決まった相手とがいいけどね」


そしてさらっと。
またしてもホークアイが、電撃発言をかましながら。


「決まった相手?」

「そりゃそうだろデュラン。
取っ替えひっかえよりは、ディープな味わいがあるだろし」

「あ、あじ?」

「だってすごく深い世界だからね」


とか、ごく普通にさらっと言いやがった。
だから

・・・一体何が深いんだろうと。

俺は一瞬、海溝よりも深く、ど心底真剣に悩んだ。

そんな俺をよそに、ホークアイは<えっちな本>を
ごろごろ寝転びながら、笑顔で楽しみだした。
そして気が付けばそれを俺は、瞬足で奪ってあさっての方向に投げていたのだった。


「デュラン!?なぜに!?」

「いやホーク、なんか、いくらなんでも公然とはちょっと?!」

「お前ほんとに男か!?」

「羞恥心ぐらいは持たねえか!?」


そりゃあ、俺に本能が無いわけがない。
もちろんあるもんは、ある。

しかしお国柄のせいかは知らないが、あんまりオープンなのも苦手だった。
国で友人と語ったことも無いでは無いが、まあその時はヴィジュアル的に
訴えるようなものも無かったわけで。
今は、恥ずかしい気持ちが強い。


「わかった」


だがそんな俺を、見かねたように突然
ホークアイが、これみよがしにため息をついた。
あぐらで座り直し、俺と真正面から向き合う形になった。
そして


「じゃあ俺は、今から決まった相手を想像するから、お前もしろよ」
「!」
「想像だけ。んで、話せる範囲な。それだったらいいだろ?」


ミントのような爽やかな笑顔で、清涼さゼロの提案をしやがった。

___くそ、どーあってもそっちの方向か・・・

と唸るが、もう致し方がない。
一端こだわりだしたホークアイが、飽きるまでこうなのは知ったことだった。

ホークアイは、まだ終始爽やかな微笑を浮かべながら
あーだこーだブツブツ言ったあげく

「俺、割と貧乳寄りなほうが好きだと思う」とか
「実は俺、案外性別なんかもフリーだったりしてな?
よく知った相手だったら、尚良しかもよ?」

などと、真顔で言い出した。


「で、お前は、デュラン?」
「あー俺はーーーー」
「照れんな。好みの暴露ぐらいは、むしろ健全だ。吐け」


___いやホークアイ、お前に吐けっていわれてもだな。

しかも蕩ける様なテクニックで、めくるめく官能的な一夜で、ディープな味わいの
すごく深い世界を、特定の相手で、かつ性別フリーって____________?



「・・・」
「・・・」
「・・・・!!」


__________だが突然、脳裏をよぎった相手の顔。


それが、なんでお前らだったのかということで、失神しそうになった。



_____________________________________




「おはよ~~~」


一夜明けて。
ほぼ同時に宿の部屋から、6人が廊下に現れた。
女子部屋から出てきたアンジェラだけが、妙に目が座っている。


「___ううう、寝不足でお肌が・・・ニキビが・・・」


別に吹き出物はでていないが、げっそりしている。
対する俺も、その顔を見て<ぎゃふん>と思った。
別にげっそりしてるから、ではなく。


「___なによデュラン!今顔をじろじろ見ないでっ」

「・・・っ!」


そう言われて、慌ててそっぽを向く。
実は俺も、眠れていなかったから、かなりヒドイ顔だと思う。



「あ~~~~眠れなっかったの、デュランのせいだからね、もう・・・」

「俺だって同じだよ、この野郎・・・
お前もアイツらも、無駄に色気を噴射しやがって・・・」



____そしてハア?とお互いを見合わせた、その時だった。


「はい、そこのバカップルはどいて!」


とホークアイがでかい荷物を抱えて、男部屋から出てきた。
リースも女子部屋から、アイテムだの何だのを担ぎ出している。



「あさから、ちわげんかでちか。みっともないでちねえ」
「デュランが仲いい、良いこと」
「___次はちゃんとネタ作ってくださいね。アンジェラ!」



隣を4人が口々に勝手なことをいいながら、通り過ぎていく。
後にはアンジェラと二人、ぽつねんと廊下に残された。


「ネタ?」
「バカップル?」


__何故か、見つめ合ってしまう5秒間。

だが次の瞬間、アンジェラが杖を振り上げたので
俺も白刃取りの体制になった。



「誰と、誰が!」

「知るかんなもん!」



狭い廊下で、朝からバトルが勃発する。
それは10代の男子と女子の、爽やかな朝。





____________________________________