広い砂漠に、突如リースの悲鳴が響いた。
私達のテント以外何もない砂原、音の無い世界に、女子の高い声が響き渡っていく。


「あああアンジェラ、起きて、ねえ起きて」

「んー・・・一体どうしたの、リース?ふわ~、もう朝?」

「すっ、すみません。真夜中です。ですがすぐ傍に、あのっ」

「えっ、何、モンスターとかっ!?」


そして私は、慌ててガバッと身を起こす。

ここは灼熱の砂漠だ。
野営地を張る前に、周囲はよく確認したけれど、イキナリ魔物の襲われても、全く変じゃない場所だった。
だから今はデュランが見張りに立っているはずだ。だが。その見張りのハズのデュランは、今___


「・・・ッ!!」


______ほぼ全裸で、テントの中にいた。


「!?一体何やってんの、アンタは・・・」
「あのあの、そ、それはどういう?」
「まさか変態」
「変態さんなのですか?」

「ちがーーー-----------う!」


そして私の視界は、突如真っ白のタオル一色の変わる。
それを引っぺがすと、隣ではリースが同じように、タオルを顔からかぶっている。
そこから視線を移し、謎の全裸男を見ると、デュランは顔をまっ紅にしながらシャツを被った所だった。


「これは唯、身体を拭こうと思っただけだっ。
お前らと違って俺は、今日水あびできてねえんだ!
身体ぐらい、ふかせろい」

「あっ、そうだったんですね、す、すみません」

「でも外でやりなさいよ、そんな事は!」

「てめえはこの氷点下で、身体ふけってか!アンジェラっ」


私はいくら何でも、この女子二人の狭いテントでそれは、いかがかと思う。
だけど一方で、デュランの言い分も、もっともだと思った。

昼は40度を超える灼熱の砂漠で、汗をかいた身体。
それを夜は0度以下になる外で拭けというのも、確かに酷な話だ。

だがリースは、もうこれ以上ないくらい顔を火照らせ、息も絶え絶え。
そして私の服を掴みながら、ぼそぼそ呟く。
それは私の方を見ながらだが、どうもデュランに向かって言っているらしかった。


「あの、でも、ごめんなさい、私、男の人の裸はやっぱり・・・!」

「だよねえ、リースはコレ、苦手だよねえ」

「ほんとにすみません、実は今、初めて見ました・・・」

「私も初めてよ」

「げっ、マジかよ・・・!」


そして、あまりの事態にデュランが固まる。
はからずもこの鈍男は、王女相手に裸体を晒し、もはや変態の領域に足を踏み入れていた。


「なんとか、外でやれませんか?私、できる事は協力しますから」


そしていよいよ小さくなって、聞き取るのも難しいリースの声。
それが必死に恥ずかしがって、懇願している。
もう聞こえてるのは、私だけだ。
だから私はその手をとって、おびえた青い目を覗き込み、安心させるように囁いた。


「ごめんね、リース。
このバカは、今私が連れ出すから、安心して?」










OASIS










___そして私はデュランの手をとり、砂丘を下りた。
丘のすぐ傍には、小さ過ぎて水溜りみたいだけど、一応ちゃんとオアシスがあったから。
だからそこまで、私はコイツを引きずる。


「イテッ!いてて、耳を引っ張るなよ、アンジェラっ!」
「あのねえ、耳も引っ張るわよ?このデリカシーゼロ男っ」


・・・まあ、コイツにデリカシーなんか、期待するほうが間違ってるケド。


そう内心ごちながら、私はデュランを、ばしゃんとオアシスにぶちこんだ。
デュランは犬みたいにフルフル頭を振っている。
ほんとに、いきなり水に突っ込まれて、動揺する動物みたいな動きだ。
それが冷テエ!と悲鳴を上げた。


「鬼かっ?お前はオニなのかアンジェラ!?凍る、凍っちまう!」
「はいはいはい、いいから少し耐えてなさい」


そして私は、ごにょっと呪文を少しだけ唱えた。
ファイアボールより、ずっと火力の低い魔法だ。
それがオアシスの水面をすべる。
途端に冷たい水は、まるで温泉のような湯気を帯びはじめたのだった。


「おおっ。こりゃあったけー!」

「・・・今度からお風呂は、私に言ってよね。これくらいは、もう出来るし」
「サンキュー!アンジェラ。魔法って、便利だなー!」


ついこの間まで、やれ魔法なんかサイテーだの、俺は魔法にゃ頼らんだの。
我儘ばっかり言ってたクセに。
一度魔法の良さを知ったら、見直し方が激しいデュランは、この魔法温泉にご満悦だった。
それを私は、やや呆れながら見つめる。

それから上がった時の事も考えて、焚火もこしらえて。
タオルもおいて、湯上りの飲み水まで置いてあげる。

そしてテントに引き返し___たかったケド、生憎私がいなければ、これらはキープできない。

だから私は致し方なく、コイツが身体を洗い終わるまで、ここで待つハメになった。


「よし、これからも一つ頼むぜ、アンジェラ。実は困ってたんだ。色々な」

「へえ、アンタでも困るの?」

「そりゃな。だってパーティに男俺一人じゃさ、不便なんだよ。リースはあの通りだろ。
だけどお前が図太いなら、助かるぜ!」

「・・・ッ!」





______お前が、図太いなら。





そしてデュランは、とんでもない勘違いをしたまま___
___再び、シャツを脱ぎだした。

お湯で濡れた白いシャツは、唯でさえ肌を少し透けて見せる。それが今全て、肌をさらす。
はぎ取られたソレを直視はできず、だから私は、その景色には背を向けた。
こんなのホントは、私だって見る事はできないのだ。

______こんな、男の、裸なんか。



「・・・ッ!」

「はー、これで気イ使わずに、毎日風呂に入れらー。
夜中に身体拭いたのも、お前らが寝たとこ見計らったりでな、大変だったんだぜ?
けどまあお前がヘイキなんだから、これからは楽だ。良かった良かった!」


そしてデュランは、私の秘めた動揺などには一切気づかず、やりっ!とか言ってる。
バシャんとお湯が跳ねる音がして、その暖かい滴が一粒、私の首筋に触れた。
その熱いお湯が、ツと私の首筋をなぞり、落ちる___。
だから私は、それをグイと乱暴にぬぐった。
何かを断ち切るように。
だがデュランが解放感に任せて、バシャバシャお湯を跳ねかす音は止まない。


「ちょっと勘違いしないでよ?私だって、リースと同じなんだからね・・・ねえ聴いてるの」

「きーてるきーてる。でもお前はリースより、間違いなくタフだもんな。へっちゃらでい」

「なんでそーなるワケ!?」

「見てれば解る。お前のが男慣れしてら。ジャドの牢屋でも、獣人手玉にとるぐらいだしな。
お前こーいうの恥ずかしいとか、ちっとも思わないんだろ?」




そして私は。
________一瞬、頭が真っ白になった。

『お前、こーいうの、恥ずかしいとか』

そのデュランの言葉が、繰り返し心の中を、木霊したから。
だけど、そんな立ちすくむばかりの私に、デュランは呑気な声で続ける。
それは温泉で、すっかり緩み切った声だ。それが私に、更に畳みかける。


「アンジェラ、お前がそーいう奴だから、俺は楽だぜ?サンキューな!」
「・・・!」


そして今度は___『お前は、そーいう奴だから』______?


それは一体。
どういう、意味だろう。


そのデュランの、あまりの言葉に私は、声にならない言葉を抱えて、背を向けるのもやめてしまう。
だから振り向いた途端、デュランが見える。なにもかも全てだ。
それが恥ずかしくないハズなんか、ないのに。
デュランのその平気な顔が、私には嫌になる___。


「・・・バカ・・・!」
「・・・えっ」


そして立ちすくむ私を見た、デュランが固まる。今何の屈託もないその笑顔が、張りついて。
次の瞬間私は、本気で呪文を唱えていた。とたんに、ゴ!と湯気の総量が膨れ上がる。
そして今温泉は、源泉になった。


「熱ッチイ______________________ッ」


途端にモウモウと湧き上がる湯気と、熱を帯びた水蒸気が弾ける。
あたり一面、その湯煙で突如真っ白になった視界。
そこにデュランの悲鳴が再び響いた。


「アンタなんかもう知らないッ。そのまま茹で上がりなさいッ」
「うおお!やめれっ。やめてくれえッ」
「いーだ、べーだ、誰がやめるもんですかアっ!」


そして再び、私は背を向けた。
砂に落ちていた杖を拾い、テントまでもう駆け戻るつもりになる。
私がここから離れれば、あの源泉並みの熱はすぐ引く。
その後デュランが冷えて風邪ひいても、自業自得だわと本気で思った。
だけど突然、私の足が動かなくなる。
白い湯気の間から伸びたデュランの手に、いきなり足首を掴まれたから___。


「待ちやがれッ」
「!」





そして私達はそのまま____________________砂の海に落ちた。


今、濡れた肌と肌が絡まる
                          首筋に張り付いた髪が触れ
熱い滴が肌の上を滑り落ちて


これが

______________こんなのが。



「アンタには、ちっとも恥ずかしくないのね?・・・デュラン」






そして所詮私は。
アンタにとっては、<そーいう奴>なんだよね・・・。

___そう思うと、ほんの少しだけ涙が溢れた。
だけどそれは、目をきつく閉じて見せない。

今は身体のほぼ全てを、相手の体重で支配されて、私は動けない。
湿ってザラついた砂の海に、私の頬が埋まる。
自分の戸惑いと相手のそれだけが、肌を通して伝わる____それでも。
アンタにとって私は。


「こんな事になっても、楽でタフで、恥知らずな女なのよね・・・?」


今風を感じるほど近くで、デュランが息を吐き、飲むのが聞える。
それでまた、なんてヒドイ奴と、詰りたい気持ちが溢れる。
だけど言えなくて、それはまた流れない涙に変わる。
___だから。


「・・・これは、罰よ」
「っ!」


私はわざと左胸の上に、デュランの片耳を押し付けてやる。
嫌でも高鳴っているのが、解るまでこうして。
本当は恥じらいで、もうおかしくなりそうなのだと解るまで。
私はデュランをこのまま、もう離さないと決めた。


「・・・すまん。アンジェラ」
「ダメ、許さない」
「降参。もう離せ」
「ヤダ、離さない」



______________嫌でも解るまでこうして。
私は貴方を、ずっとこうしていると、今決めたのだから。












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ここまで読んで下さって、有難うございました★