砂漠の夜は寒い。
零度を切った空気が、身体を切った。
此処は、砂の都・サルタンの郊外だ。
付近の住民が、有志で作った、小さな共同墓地だった。
其の中に在る、墓とも呼べないような小さな石に、俺は花を添える。
遺体は、もちろん無い。
それでも、俺は、砂漠を発つ前に、此処に小さな石を置いたのだ。
石は、誓いの証だった。
俺は、亡き友の墓標に、静かに手を合わせる。
イーグル。
俺は、必ず、お前の仇を討ち、ナバールに戻る。
「・・・」
俺は、唯一無二の兄弟の墓を後にした。
夜の墓地の、冷え切った空気の中を、たった独りで歩いて居ると、身体の芯まで凍りそうだ。
中には、墓を立てる事も出来なかったのか。
投げ捨てられた髑髏や、散らかった肋骨らしき骨が在る。
金目のものを期待したようだ。
暴かれた墓も在った。
俺が旅立つ前のサルタンは、こうじゃあ無かった。
一か月前は、此処まで荒れては居なかった。
オアシスの無い都では、死者を弔う余裕も無いのか。
今では此の有様だ。
そんな様子を目の当たりにすると、心まで冷えてしまう気がする。
(こんなトコじゃなくて、ちゃんと、ナバールの墓地で・・・。
しっかりとイーグル弔ってやりたい)
途中で、サルタンの住人、数人とすれ違った。
中年男の4人組だ。
全員、手に花を持ち、酒をぶさらげながら、これから墓参りのようだった。
「俺の両親は、先月に、ナバールに襲われてな、それっきり行方不明さ。
これじゃあ、死んじまって居ても、墓さえ立てられねえ。
ナバールめ・・・コンチクショウ!」
「何でも、ナバール盗賊団のアジト、砂の要塞には、魔物が住み着いたって噂だぜ」
「俺達の船は、荷を全部奪われて、沈められちまったんだ」
「英雄だった義賊も、今や落ちぶれて、王国を気取る、ならず者の集団か。
首領のフレイムカーンは、王政が嫌いだと聞いて居たが・・・。
一体、どんな心境の変化だろうな」
そんな風に、ワイワイと言い合いながらながら、男達は、墓地を目指して歩いて行った。
俺は、サルタンで買った、防風用のローブで、素顔を隠す。
どうしても、考えちまうからだ。
もし、俺が、ナバールの出だと、周囲にバレたら?
此のサルタンでも、リース達に迷惑を掛けるだろう。
今の俺は、故郷の砂漠でさえ、お尋ね者だ。
俺は、いつものように、心の中で、亡き友に問い掛けて居た。
(・・・なあ、イーグル。
俺達のナバールが、俺達が大嫌いだった、王政を強いてるよ。
昔は、ペダンと言う国と、つるんで居た事もあるらしい。
其れってホントかい?
お前は、全部知って居たのか?
答えてくれ・・・。
イーグル・・・)
______俺は、お前の声が、もう一度聞きたい。
Ⅷ
「・・・ホークアイ!」
「!」
其の時だ。
突然、背後から、俺の名前が呼ばれた。
デュランの声がしたのだ。
振り向くと、デュランは、無邪気な笑顔で、ブンブンと腕を振って居た。
如何にも『今まで、探したゼ!』と言う様子だ。
息を切らして、主を見つけた犬みたいに、俺の傍まで駆け寄って来た。
(ゲッ。
何で、デュランが此処に?
オイオイ、今はカンベンして欲しいゼ)
無邪気なデュランに対して、俺は、内心じゃあ、そう思う。
けれども、其処は、グッと見せない。
其の代わり、いつものように、何でもないフリをして、インスタントの笑顔を作って見せた。
「あれっ?
お前こそ、こんな所で、独り肝試しでもする気かい?
デュ~ランっ!
此の先はなあ、墓地しかねえんだぞオ?」
なーんて、ふざけて見せながらだ。
だが、そんな俺に、デュランは、しかめっ面をして見せた。
そして、俺の事を、諌めるみたいに続ける。
「独り肝試しって、そりゃお前だろ?
ホークアイ。
何で急に居なくなるんだよ。
お前が居ないと、リースが凄く心配するし、これからメシだってのによ」
デュランは俺に、コカバードの串焼きを、投げて寄越した。
コイツは俺の晩飯って事だろうか。
デュランは、ブツブツ文句をボヤきながらも、串焼きを、俺に食えと言った。
だから、俺は、つい。
そんなデュランに対して。
___ちょっとイラッと来ちまった。
何だか理不尽な気持ちだと、自分でも思う。
だから、イラつきながら、そんな自分にも凹んじまう。
それで居て、そんな自分を、デュランには悟られたくは無いのだ。
其処で、俺は、もう一度、無理矢理笑顔を作ろうとして___。
「・・・。
デュラン、お前なんで。
んなトコまで、付いてきたんだよ!」
失敗した。
目の前で、ふんにゃかホンワカ、バリバリボリボリ串焼きを食う、呑気なデュランの顔。
ソイツが余りに動物的で、俺も言葉を間違えたのだ。
モチロン、断りもせず、勝手にパーティを離れたのは俺だ。
俺を探していたデュランは、何も悪くは無い。
其れはよく解って居る。
むしろ、在り難い事だってのも、よーく解ってる。
・・・ケドなあ。
モロモロの事柄を、理性では分かってても・・・。
・・・やるせない夜っつうのが、漢には在るんだ!
俺の力が足りなくて、失ってしまった親友、イーグル。
弔いも出来て居ない、小さな石が、まだ墓地に在る事を・・・。
デュランは知らない。
___其の事は、まだ、誰にも、少しだって、触れられたくは無かった。
かと言って、露骨に当たる訳にゃあイカン。
なので俺は、イライラしたまま、しかし、出来る限り穏便に、デュランに語り掛けた。
「・・・あのなあ、デュラン?
こんな俺にも、一人になりたい夜が在るのサ・・・。
少しは察してくれたまえ。
コレだから、ゴリゴリの組織人は、俺は嫌いなんだ。
いっつも、ルール通りの集団行動。
ソイツが王政流って奴かい?」
・・・だが、其の呟きは、ボロボロと・・・。
俺の口から勝手に出て来た。
もう、自分でも、どうしていいか解らなくなって来る。
こんな風に言われちまったデュランは・・・。
もっと解らないだろうに。
デュランは、困惑して、怪訝な表情のまま、無言で突っ立って居た。
それでも、俺は耐え切れずに、ゴチャゴチャ言い続けた。
「俺は、クールなロマンチストだからな!
たまには一人で黄昏たいくらい、すっげえナイーブ体質なんだよっ。
デュラン、お前みたいな朴念仁が、ソイツを理解はせんでいい。
・・・ンが!
頼むから、俺の邪魔だけはしないでくれたまえ~ッ!」
・・・ああ、今の俺は。
・・・無茶苦茶を言っている。
自覚は在る。
でも、どうしようも無い。
だって、いつもみたいに、話せる訳がないんだ。
なあデュラン~、聞いてくれよ~!
実は、此の向こうにはサ、俺を庇って死んだ、親友の墓があってな!
でもよう、荒れ果てて、まともに弔えても居ないんだぜえ。
はっはっは。
しかもよ、砂漠でもさ、ナバールの評判がガタ落ちでな!?
いや~、かつ、其の故郷にも、今の俺は、追われてるんだよなあ、コレが。
アッハッハ、アッハッハッハ・・・。
もう笑っちゃうよなあ・・・?
___なあんて。
(言えるワケがねえだろ、この野郎)
俺は、笑顔のまま、目だけはガンをつけた。
相手はデュランだ。
筋肉ダルマだ。
お前なんぞに使うような気を、俺は持ち合わせて居ないのだ。
漢には、冷くていいんどぅえいっ。
「・・・。
だけどな、ホークアイ。
連れに、イキナリ居なくなられたら、誰でも心配をするだろう?
まあ、俺はともかく・・・。
リースは、本当にお前をだな、傍目にもヤバイくらいに案じてるんだからさ」
「・・・!
ああ・・・。
・・・クソッ」
気が付けば、俺は___。
そんな真っ当な意見をいうデュランに、拳を叩きつけて居た。
デュランは、パシッと、ごく普通に、俺の拳を、手の平で受け止めやがる。
だから尚の事腹が立つ。
其の、ごく自然に、喚く俺を受け止めている姿に。
平然と拳を止める、デカイ手に。
俺は無性に腹がたった。
だから、喚き続けてしまうんだ。
拳を受け止めた、大きなデュランに。
「・・・だから、その、いっつも集団行動っての?
そりゃあ、お前達には、ソイツが普通なんだろうよ。
でも、ナバールのシーフってのはさ。
何でも、まずは単独行動なんだ。
んで、必要な時にだけチームを組むんだよ。
ソイツを、可愛いリースになら、ともかくだ。
なんで、俺が、むくつけき野郎に『心配だ』とか言われにゃならんのだあ・・・っ!!」
もう、完璧なる八つ当たりだ。
ソイツを頭では解って居るのに・・・。
俺の拳だけは、平然と受け止めている、でかいデュランが居るせいで。
俺は、いてもたっても、いられなくなった。
俺の中の何かが・・・、誰かに、受け止められたら・・・。
___爆発しそうになる。
「・・・離せよ、デュラン!
頼むから、今は、俺を一人にしといてくれッ」
俺は、受け止められたままの拳を、無理に振り払おうとして、モガいて居た。
だが、何故かは知らないが、デュランは俺の事を、一向に離そうとはしない。
イラつきながらも、俺の手を握ったままだ。
俺は、グググッと力づくで、身体を離そうとして、やっぱりモガいた。
しかし、残念ながら、単なる腕力だけなら、デュランの方が上だ。
哀しいかな。
俺は、ジタバタするしかない。
「・・・俺は、単独行動のほーが得意なんだあっ!
其れに、今の俺が、リースやお前と居たらだなあ!?
下手打つと、どうなると思う。
俺は・・・。
あの、ナバールの関係者で、しかも、賞金首なんだぜ。
場合のよっちゃあ、ローラントの時みたいにだな・・・。
また、嫌な思いを・・・仲間に、させちまう事に、なるかもしれないのに・・・」
「・・・。
ホークアイ」
「だから、悪い事になる前に、これからは、独りで抜けたい。
俺はそう思ってるんだよ。
それなのに、配慮もいけないのか?
パーティには、時期を見て、必ず戻る。
それでも、俺が、一人になっちゃダメなのか?
デュラン・・・」
最後は、消え入るように、呻く事しか出来なくなっても・・・。
俺は、デュランを睨み続けた。
やがて、根負けをしたように、デュランは、俺の手をパッと離す。
そのせいで俺は、前方につんのめり、ドンッと、デュランの胸に、俺の身体が当たっちまった。
デュランは、ソイツも避けるでも無く、ごく普通に、身体で受け止めた。
だから、俺は、もっとムカつく。
(・・・くそっ。
なんか、しれっと受け止めやがって。
普段はすぐムキになる、デュランのくせに・・・)
だと言うのに。
そんなデュランに、俺は、だらーんと身体を預けたまま。
もう、グッタリするしか、出来なくなって居た。
其れは、重い疲労感が、俺の身体を駆け巡ったせいだ。
イーグルを失った事も。
今のナバールに追い詰められて行く事も・・・。
俺には、時に、耐えがたい。
それでも、コイツは、俺自身の責め苦なんだ。
大事な旅の仲間にまで、背負わせる訳にはいかないよ。
それなのに、デュランは、ポンッと、俺の肩を叩いた。
それから、笑って、なんと肩まで抱いたんだ。
「ホークアイ・・・。
お前の気持ちは、よく解った。
だが・・・無理はするなよ?」
そして、すぐに、身体を離す。
デュランは笑ったまま、大きく伸びをして、欠伸までした。
俺の内側に抱えた緊張感など、まるで知らないまま、犬みたいにリラックスして居る。
やがて『あーあ』と言いながら、のんびりと、サルタンに向かって踵を返した。
何だか可笑しそうにすら、語りながらだ。
「ん~!
ナバールのシーフは、単独行動か。
よく考えたら、そうだよな。
悪かったよ。
色々と、察せなくて」
なんて、言いながらだ。
妙に意味深な目で、一瞬だけ、俺をチラッ見て、また呑気な犬になる。
やがて、持っていた包みから、次は『コカバードのネギ塩焼き』を取り出した。
デュランは、塩焼きを、パクリと食べた後、ムッシャムッシャやりながら___。
のんびりと・・・歩き出した。
そのまま首だけを傾けて、悪戯っぽい視線を、投げて寄越す。
そして、次は、ホント、あのナンも考えて無さげな声でだな。
「けどなー!
王政流も悪くないんだぜ?
一人で背負い込むより、チームだと、楽な事も多いんだよ。
・・・。
・・・それより、串焼き。
食わないのか。
せっかく俺が買ってやったのに」
「・・・。
あ」
手持ちのネギ塩焼きを、ユラユラさせて。
ジト目をしてみせつつ、懐から、見せつけるように、酒ビンを取り出すデュラン。
其れは、サルタンの地酒だった。
しかも、時期もの。
超有名な銘柄。
お値打ち価格。
ソイツを持ち上げて、不敵に笑ったまま、デュランはユルく喋り続ける。
「こっちも、ソコソコ旨いぜ。
なのに、ホークアイ。
お前は、これから、独り寂しく、串焼きだけを食うんだな。
そんなら俺は、今からリースと山分けにしようかな。
チーズ巻き、ゆず胡椒あえ、味噌煮込みを」
「・・・。
クッ。
き、貴様、その食い合わせは、地元の通並みだろう・・・。
・・・あっ!」
デュランは、一人でさっさと、サルタンまで行っちまう。
其のスピードがヤケに速い。
ソイツは、ナバール流も、ちょっと驚く素早さだった。
あれはタフな剣士の動きなのか、何故、すでに豆粒なのだ。
其の時、俺の腹が、同じタイミングで、クウと鳴った。
其の音で、俺は、初めて自分に気が付いた。
実は・・・。
腹が空いていて、とても辛かったという事に。
「くそう。
てめえ、覚えとけよ、デュラン・・・。
素早さと単独行動じゃあ、俺のが上なんだ・・・。
・・・ネギ焼き!」
其の時、遠くから、リースが駆け寄って来るのも見えた。
走って来るリースの腕には、果物が一杯だ。
最近採れた、旬の奴ばかりが、てんこ盛りだった。
中には、見た目は固いけど、沢山の果汁の詰まった、俺の好物もある。
旬の果物達を掲げながら、リースは、デュランと笑った。
「保存食、手に入れましたっ」
「やりイっ。
やっぱり持つべきは、仲間だな!
なあ、リース」
デュランは、リースと、楽し気にタッチなんぞを決めやがる。
やがて、二人は、果物と串焼きを交換し始めた。
そして、味比べなんかも始めてしまった。
・・・俺をそっちのけにして。
「やはりコカバードはネギがいちばんうまひな、リース」
「こう、歯ごたえが『かゆ、うま』というカンジですね。
こう、ゴリッとして、でも、中身は、じゅわっつとして・・・」
「旬の果物は、熱き血潮がたぎる甘さだな。
じゅるりじゅるりと迸る果汁がたまらん」
「あっ、デュラン!
口元にネギが付いてますよ~っ?
今、取ってあげますね!」
うふふ・・・。
あはは・・・。
何だか哀しくなった俺は、手持ちの串焼きを、フと眺める。
其処からは、ホカホカと、焼き立てのイイ香りと・・・。
しっとりと滴る肉汁が、いい感じに、食欲をソソッて来る。
「・・・。
・・・ん」
俺は、そっと、歯を立てた。
そして、ほんのチョットだけ、思い直す事にする。
砂の都・サルタンの上に掛かる、月を見上げながら。
ほんの時々なら。
仲間に頼るのも、悪く無い。

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