煌めく水飛沫。
キラキラ輝く滝の帳。
流れる水の合間に、揺れる夜天色の、長い髪が見えました。
振り向いた瞳の色は、美しい金色。
けれども、其の肌の色が、深いチョコレート色で。


(・・・砂漠の!)


・・・私の背中に戦慄が走る。
忘れもしません。
ローラントのお城が、炎の海に包まれた夜の事を。
ターバンで顔を隠した男達が、肌の色までは、隠し切れ無かった事を。
砂漠の民が持つ、深い茶褐色の肌。
其の色を、私は、一度も忘れた事は無いのです。

やがて、深いチョコレート色の肌を持つ、美しい少年が、私の存在に気が付きました。
肌の色は、まぎれも無く、憎き砂漠の物。
其れなのに、揺れる髪と瞳の色が、余りに美しくて・・・。


「よう!
アンタも、聖都ウェンデルに行くのかい?
残念だったな。
滝の洞窟には入れないよ」


______私は、動けなくなりました。









「改めてヨロシクな。
俺の名前は、ホークアイっていうんだ。
君の名前は・・・。
えと、リースさん、だったよネ」

「・・・はあ・・・。
えと、あの、よ、よろしくお願いしますッ!」

「!!」


ぶんっと、勢い余ったお辞儀をする。
すると、長い私の髪が、べちゃ!と『ホークアイ』と名乗った彼に、当たってしまいました。
萌黄色のリボンが、ホークアイさんの腕に、キツく当たってしまったのです。
小さな悲鳴をあげながら、後ずさりをする彼が、苦笑いを浮かべました。
そして、綺麗な髪を、困ったように掻き上げながら、私の事を、甘く見つめて居たのです。


「そんなに畏まらなくてもイイじゃないか。
ウェンデルまでの付き合いなんだしサ。
気楽に行こうよ、リースさん」

「・・・はあ・・・」

「それとも、俺みたいな、ドロボーは信用出来ない?
でもね、俺は、ウソだけはつかないんだ、ホントにね。
君みたいな可愛い子を、たった一人で、滝の洞窟になんか行かせられない、気持ちはホント」

「・・・」


ホークアイさんは、豪快に笑いながら、軽くウィンクをしました。
そして、懐を漁り出すと、まんまるドロップを数個、私に向かって、ポイッと投げたのです。
思わずキャッチをする。
すると。


「・・・やあ、いい腕だね!」


また、ウィンクをされてしまいました。
どうして此の人は、イチイチ歯が浮くようなセリフを言ったり。
ばちばちウィンクをしたりするのでしょう?
思わず、まんまるドロップを受け取ったまま、私は、彼から数歩以上の距離を置いてしまいます。
どう見ても、お調子者です。
そして、ロマンチストでした。

けれども、 軽はずみな言動や、綺麗過ぎる顔立ち以上に、今は___。
『祖国・ローラントを滅ぼした、ナバールの者』で在る事実。
其の事が、一番の、緊張を緩める訳には行かない原因だったのでした。

思わず握りしめた、祖国の槍。
けれども、敵意は悟られぬよう、努めて冷静を装い、私は笑顔を作ります。
そして、まんまるドロップを口にすれば、とても甘酸っぱい、柔らかな味がしたのでした。


「えと、ホークアイさんは・・・。
ジェシカさんの呪いを解く為に、ウェンデルへ行かれるんですよね?」

「うん、そうだな」

「其の後は、どうされる予定ですか?」


だから。
成り行きでも、一緒に行く事になったのなら・・・。
せめて、其の間に、少しでも相手を知ろうと思いました。
失礼を感じさせない程度には、壁を作らない努力をしようと思ったのです。
ホークアイさんが言うように『イザベラが全て悪い』のなら___。
彼に対して、緊張をしたり。
増して、敵意を見せてしまうなんて。
多少なりとも縁が在る以上、失礼な事だから。

私は、努めて、笑うようにして居ました。
まだ、槍を掴む手が、痛いほどでしたが・・・。
___其の時です。


「ン?
ソイツはデートのお誘いって奴カナ?」

「!!」


なのに、イキナリ、振り向いたホークアイさんが、『デート』だなんて言うから。



「ふ、ふざけないで下さい・・・っ!!」


思わず、私の気遣いは吹っ飛び、気が付くと、槍を構えてしまって居たのでした。
そして、構えを取った後になってから『しまった!』と思う。
自分でも解るぐらい、顔が火照って熱くなり、急に額から汗が出てしまいました。
そんな私を見て、ホークアイさんが、また笑います。
あんまり吹き出すのを堪えて居るから、余計に頬が熱くなる。
ああ、穴が在ったら入りたい。
でも、後には、もう引けない・・・!


「し、初対面の女の人に、い、いきなり『デート』って・・・。
貴方は一体何ですか!
其れに、わ、私は、ローラントの人間なんです。
確かに、ホークアイさん。
貴方のおっしゃる事は、信用しました。
でも、貴方は、ナバールの人です。
・・・勘違いしないで下さい。
私は、貴方と、そんな・・・デートなど出来ません」


______ローラント。


其の時、私の口から、祖国の名が出た途端、ホークアイさんの表情から、笑顔が消えました。
急に、さっきまでの悪戯っぽく光っていた瞳が、灰色にくすんでしまいます。
そして『アー』と、何か言い駆けて___。
でも、言えないで・・・。
そのまま俯いてしまいました。

ホークアイさんは、暫くの間、バツが悪そうに『ウーン』と唸って居ました。
かと思えば、頬に手を当てて、足をトントンしてみたり。
何処か、落ち着かなくなってしまう。
其れで、私の方も、槍先の行き場がなくなり、ウロウロしてしまいます。
ひたすら二人で、首をひねったり、頭の羽飾りをいじってみたりする時間が、長く続きました。
背後で、ザ・・・と流れる、滝の洞窟の音だけが、ずっと木霊して居ます・・・。
このままでは拉致が開かないので、意を決したのは、私の方でした。


「そ、その・・・。
ご、ごめんさない。
私ったら一体何を・・・。
本当に御免なさい、ホークアイ、さん・・・」

「・・・。
・・・で、いいよ」

「・・・えっ?」


______私が、彼に、突き付けた槍先。


鋭い刃をするりと手に取りながら、ホークアイさんは、もう一度笑いました。
滝の水飛沫と、岩間から漏れる光。
流れる水がキラキラ光って、ホークアイさんの長い髪を、少し濡らして居ました。
やがて、透明な光を帯びた、金の瞳が、ふわりと微笑を浮かべる。
其の笑顔が、余りにも、綺麗で・・・。
私は、また、動けなくなってしまいました。


「よっと」


ホークアイさんは、手に取った槍を、片手でぶんっと振ります。
かと想えば、切先を楽し気に見つめてみたり、パーツを指でなぞっては、構造を探るような仕草をして居ました。
そして、もう一度私を見て、とても屈託の無い笑顔で___。
とても申し訳が無さそうに、囁いたのです。


「・・・いいんだ、リース。
確かに、君は、ローラントの人間だもんな。
ナバール出の俺を警戒するのは・・・。
ま、当然だ!」


そして、滝の音に負けぬくらいの、大きな声を出したのでした。
透明な金の瞳が、とても煌めいて観えます。
特有の、伸びの在る声が、私に語り掛けて来ます。


「でも、俺は・・・。
本当に、嘘だけはつけないタチでね。
例え、君とは敵同士だとしても、ウェンデルまでは送り届けたい。
君が可愛いから、其の後に、デートがして見たいってのも・・・。
全部本当!
そりゃ、常識的には、突然のデートはやり過ぎたヨ。
でもね、そのう・・・。
今は、とにかく、其の『さん』付けだけは止め無いかい?
俺は、堅苦しいのも、凄く苦手なタチなんだよ」


そして、ホークアイさんは、ぶんぶんと槍を上下に振りました。
ええと、其れは、突いて使う物です。
剣のように振り回しても、鈍器みたいな効果しかありません。
それなのに、凄く得意げに、ホークアイさんは、槍を振り続けて居ました。
まるで、悪戯をするのが、楽しくて仕方が無い___無邪気な子供のように。

初めて触るらしい槍を、面白おかしく、一頻り振り回してから。
ホークアイさんは『ハイっ!』と槍を、私に返してくれました。
また、灰色がかった、金の瞳が、透明に輝きます。
其の時、艶やかな唇が、ふと開かれました。


「・・・。
少なくともサ。
俺は、君に、ちょっとした誠意は、受け取って貰えると思ったんだよ。
ウェンデルまでは、短い間だ。
旅は道連れ、世は情けって、よく言うだろう?
余り固くならずにサ、其の間は、気楽に付き合って貰えたら嬉しいナ・・・?
其れでね、少しでもナバールの・・・。
アイツらの間違いを、拭ってやれたらと、思うから・・・」


其の時、槍を渡すホークアイさんの指と、私の指が、ほんの僅かに、触れました。
金の瞳と、私の瞳が、一瞬だけ重なります。
其の、ちょっと見にはいい加減そうな、ちゃらんぽらんそうな瞳の奥に・・・。
突然、誠意を感じて___。


「・・・。
ほーくあい」


思わず、彼に促されるままになり、呼び捨てになって居た私が、其処に居ました。


そんな私を見て、満足気なホークアイが、ニッコリと笑います。
そして、とても楽し気に、クルッと踵を返すと、ずんずん洞窟の奥へと歩き出しました。
私は、其の背中を、暫くは呆気に取られたまま、見送る事しか出来ません。
やがて、ホークアイの背中が、豆粒のようになった時。


「・・・ホラ、行こうぜ!
・・・『リース』!」


私の名前も叫ばれたから。


気が付くと、私は、揺れる綺麗な紫色の髪を追い、走り出して居たのでした。
これからも、ずっと、あの背中を追い続ける事になんて、思いもよらないままで。