グニャリと視界が歪んだ。
再び、耳鳴りがして、飛ぶように景色が変わる。
何重にも重なった、鏡の向こう側が見えた。
黒に沈む激流の中でも、目を凝らせば見える。
無数の鏡が隣り合う世界では、鏡の数だけ、違う世界が広がって行く事が。
其処には、イーグルが、まだ生きている世界が在る。
遠くには、ファルコンが、俺を抱く世界も在る。
そもそも戦争が起こらずに、ジョスターが殺されない世界さえ、無数に在る。
其処は、誰も死ぬ事が無い、<世界の向こう側>だった。
「・・・!」
俺は、眼を凝らしてしまう。
鏡が溢れて、お互いを映し出すせいで、無限に広がり続ける、黒に沈んだ世界の中を。
世界は増殖を繰り返して居る。
其の時、一つの鏡の中に、俺とは全く面識の無い、美しい青年が、大きく映し出された。
青年の髪は薄紫だ。
瞳の色は、淡いブルーをして居る。
抜けるように白い肌は、雪国の出を思わせる、でも、違う。
纏った白い衣に、ウェンデルの紋。
___其れが見えたから。
(・・・誰だ、お前は?)
青年は、一つの鏡の世界から、明らかに俺を見て居た。
ニコッと笑って、手さえ振る。
もの凄い美男子・・・。
んんっ、美女・・・?
んにゃ、やっぱり美男子だ!
俺は、激流の中で翻弄されて居る事も忘れるほど、一瞬、キレーな顔に魅入ってしまった。
此れは、男と女を超えた美形だ!
一言で言うと、煩悩が無い顔。
エロくない顔。
(エッ?!
手を出せ?!)
そんな、煩悩断絶系の美男子が、ニコニコ笑ったまま、『いいから早く出せ』と手を翳す。
コッチは逢った事も無いのに、アチラさんはまるで『君をよく知っている』と言わんばかりだ。
笑顔のまま、細い指先を伸ばして来る。
其の時、グニャリと視界が揺れて、俺は、遥か世界の彼方まで吹き飛びそうになる。
「ウワッ・・・!」
だから、反射的に、俺は其の手を取って居た。
そして___。
「・・・イってえ~~~っ!!」
ガ!と激しい痛みと共に、次は、誰かの身体に、勢い良くぶつかっていた。
ソイツも、イキナリ現れた俺に、物の見事にクラッシュされて、叫びながら地面に落ちた。
落ちたソイツは、固そうな茶色の髪を、痛そうに、グシャグシャやっている・・・。
其の手には・・・。
ヘビの丸焼き?
「・・・。
・・・あれえ。
・・・デュラン?」
「・・・く~っ。
痛い・・・。
やい、何しやがる!
ホークアイ、お前は何処から湧いて来たっ!」
■
其れは、デュランだった。
かなり乱暴にぶつかったせいで、俺の方も身体が痛い。
しかし、痛いって事は、此処は<鏡の中じゃない>。
何と言うか、鏡の中の黒い世界は、身体は在るのだが、同時に無いような、変な世界なのだ。
あらゆる事が飛ぶ様に過ぎ去る、嵐のような場所で、温度も無い。
けれども此処は、明るくて暖かい、とても穏やかな場所だった。
密かに俺は、地面を足でグリグリする。
うむ、やはり地面が在る。
だから、こりゃあ現実だ。
「何処から湧いたって、俺は、虫かなんかなのか、デュラン」
「・・・あのなあ。
イキナリこっちに向かって跳ぶのは、俺の知る限り、邪悪な黒きG達くらいだ。
しかも、デカイ奴ほど、良く跳ぶんだ。
今のお前は異常に黒い。
なんだ其の暗い衣装は。
ナリが、まるでGじゃないか・・・!」
(・・・)
デュランは(態度はともかく)俺をチャンと認識して居た。
言葉も(中身はともかく)齟齬なく通じて居た。
という事は、やっぱり、また<過去に吹っ飛ばされた>とかじゃ無いワケだ。
きちんと元の世界に戻ったらしい。
デュランの足元には、焚火が在る。
周囲では、まだ食べかけの夕食が、皿に乗ったままだった。
「・・・ところで、ホークアイ。
お前は、今まで何処に居た?
リースが、どんだけ、お前の事を心配したと思って居る」
そして、デュランの口から、リースの名が出た瞬間。
俺は、固まった。
けれども俺は、軽く被りを振り、内から沸く想いは追い払う。
今はアレコレと物思いにふける時じゃない。
改めて、もう一度周囲を見渡すと、肝心のリースが居ないからだ。
俺は、変なヘビを突き出したままの、デュランに尋ねた。
「俺を責める前に教えろよ、ムサ男。
俺の可愛いお嬢さんは、何処へ行ったんだよ」
「・・・。
てめえを探しに行ったんだよ。
・・・多分な」
「デュラン。
お前は、真夜中の遺跡に、リースを一人で行かせたのか?」
「・・・仕方が無いだろう!
俺にだって、最低限のデリカシーくらいは在るんだ。
・・・。
今回は、俺も悪いが。
ホークアイ、お前も悪いよ。
少しはリースの気持ちも考えたらどうだ?
消えたお前を案じて、泣きながら、独りで探しに行っちまったんだぜ。
俺に追えるかよ。
・・・バカヤロウ」
デュランは、手元のヘビを温め始める。
俺にはゲテモノを食べる趣味は無いが、しかし、腹は減って居た。
爬虫類さえ旨そうだ。
デュランは、ブツクサ文句を言いながらも、俺に向かって、謎のメシを渡す。
「とりあえず、コイツを食べるか?
喉は?
乾いては居ないか?
___ホークアイ」
やがて、自分の蛇を、バリバリ半分に裂くデュラン。
そして、茶を淹れ始める。
ヘビにゃ乱暴な癖に、茶を淹れる所作が、妙に綺麗だった。
遂此の間まで、ガブガブと、川の水を飲んでいたような奴なのに。
其の時、訝しむ俺に気づいたデュランが、珍しく、考え込みながら付け加えた。
「ローラントの王室じゃ、茶はこうやって淹れるんだと。
リースが俺に教えてくれたんだよ。
教えられた通りに淹れて、飲んだら旨かった。
だから、俺もやり方を覚えたんだ。
そん時も、リースは、お前の事ばっかり話してたよ。
ホークアイが帰ってきたら、一緒に飲みたいってさ。
・・・。
なあ。
故郷のせいで、お前に負い目が在るのは解るよ。
だけど、もう、勝手に消えるのはよしたらどうだ。
お前の事を、凄く好いてくれる子が、傍に居る訳だから」
「・・・」
デュランは、焚火を眺めながら、のんびりと語る___。
「ホークアイ。
お前はそうやって、素直に食ってたら、可愛い奴だよな。
だから、もっと素直になれよ。
繕わずにさ、リースに謝るんだ。
いつも、勝手にフラフラ消えて、ゴメンってな!」
「・・・ぐえっ!!」
其の時、俺の喉にヘビが詰まった。
茶で流し込んだが、まだ辛い・・・。
「・・・なあ、ホークアイ。
リースは、お前の事を、人並み以上に案じて居るよ。
お前の支えになりたいんだ。
なのに俺達は、リースの事を、ちゃんと一人前扱いして無かったな。
むろん、悪気はねえぞ。
リースは、パーティで、たった一人の女の子だ。
しかも、一つ年下だし、どうしても・・・。
俺の場合は、守るべき妹のように想う。
だけど、リースは戦える。
一人でも、お前を探しに行ける。
だから、リースが戻ってきたら、俺は謝るぞ。
『今まで甘やかしてスマン』ってな!
だから、お前も、少しは考えてやれ。
何でも一人で背負う必要はねえ。
・・・傍に俺も居る。
お前の為に、メシぐらいは、作れる・・・」
そうして、ゆっくりと、ヘビに目を落としたデュランは・・・急にカッ!と赤面をした。
『今のは・・・やべえ!』とか、ブツブツ言ったあげく、頭を抱えた。
コイツ的には失言だったらしい。
俺としてもカナリ恥ずかしい。
___でも。
俺が、恥ずかしくて、赤面しまくっても。
コイツも、焦りながら、頭を抱えてもな___。
こうして、まだ命があって・・・。
・・・また一緒に旨いメシが食えた。
今は、それだけで・・・。
有難い・・・。
「・・・。
さんきゅ、デュラン」
そうして俺は、メシで満たされた腹と、焚火の暖かさを感じながら___。
再び、ゆっくりと、深い眠りに落ちて行った。

|