□Epilogue Not Awaken




『おはようございます。
アンジェラ王女』

『おはよう!
デュラン』

『・・・昨日は、よく眠れましたか?』

『うん。
とっても、素敵な夢を見れたから・・・』


___数日後フォルセナ城。
武骨な作りの、四角いばかりで、飾り気のない廊下の中に、俺は立っている。
出口からは、まばゆい光が差し込んでいた。
俺は、光に向かって、唯独りで歩いている。
聞こえて来るのは、緊張をして、高ぶる俺の鼓動と、光の向こうから聞こえる、歓声だけだ。
そして、瞳を閉じれば、いつでも其処には、あの夜と、朝があった。


『王女。
どんな夢だったか、私が伺ってもいいですか?』

『えへへ~、ヒ・ミ・ツ★
・・・と言いたい所だけど。
デュランだから、特別に教えてあげるね。
それは、大切な人に、一杯大切にして貰った夢なの。
その人はね、私の未来を、そうする事で、応援してくれたの。
これからも先も、ずっと。
夢の中でだけ、ずっとよ・・・』


朝になれば、一糸乱れない、長い髪だった。
皺ひとつ寄らないドレス、きちんと施された化粧、エメラルドの瞳。
それらは何処か、まだ甘いままで、それでも凛として、俺に語り掛ける王女の、朝の記憶が在る。
記憶の中だけで、アンジェラが微笑む。


『・・・ねえ、デュラン。
・・・。
ああ~、もう、こんな言葉じゃダメだよね。
今から、私、王女様業を再開だもんネ。
うーん、ダケド、どんなカンジがいいのかなあ?
とにかくタメ口は駄目だしい・・・。
・・・コホン。
では、いざ。
<・・・女神の騎士よ。
よく私を、このアルテナまで、送り届けて下さいました。
心から感謝を致します>
っと、こんなカンジかな?
ダメ、もう解んない!』

『コラ、アンジェラ!
いいか。
今からは、最低でも、語尾にデスマスぐらいは使うんだ。
もっと威厳を出せ。
そして、俺を従えろ!』

『はあ・・・?
いげん?
デュランを従えるって、何ソレ・・・。
一体、どうやるのよ・・・』

『お前は王族だ。
だから、これからは、俺みたいな、むくつけき下っ端を相手にしてもだな。
こう・・・』


俺は、見よう見まねの騎士の礼を、アンジェラにして見せた。
跪き、手を取って、手の甲に___口づけを。
その瞬間、アンジェラの身体がビクリとする。
動揺を、隠せない。
だけど、俺達は、こう在るべきだから。


『・・・。
<女王陛下。
私は、貴女に、永遠の忠誠を誓う>。
いつか、俺が、お前にそう言っても・・・。
・・・もう、泣くな』


______俺は、襟を正す。
紺碧のローブを、白銀の甲冑を、そして、親父の形見の剣を。
アンジェラに向かって、精一杯の笑顔で、掲げて見せた。
『俺は、お前になら、生涯の忠誠を誓える』と。


『・・・アンジェラ王女。
貴女は旅の間、アルテナだけでなく、フォルセナの事も、よく考えて下さいましたね。
貴女と出逢った頃の私は、貴女の事を、敵だと思ったのに。
アルテナの事も、我が国に戦を仕掛けた、ロクでもない国だと・・・罵った事さえあったのに。
なのに貴女は、ずっと私の事を、大事にして下さいました。
聖なる剣の輝きで___私を、導いて下さいました。
私には、まるで女神のようでした』

『___デュラン』

『だから、もうそんな目で、私を見てはなりません。
これからの私は、貴女と私の国が、この手で栄える事に、全力を尽くす。
何処までも、貴女の騎士だ。
そして、これは、私の償いでもある。
・・・一時の情に溺れた事への。
けれど、私は、もう二度と負けません。
決して、許されはしない___。
自分自身の闇には』


俺は、王女の手を離す。
踵を返して、アンジェラの前から、潔く去ってみせた。
遠のく背中の向こうで、アンジェラが、崩れる気配がしても。
俺の目に涙が滲んでも。
もう、俺は振り返らなかった。

___光の中で、忠誠を選び取る。
___愛は、闇の彼方へと___葬る。

だから本当は、心の中で、深い闇の奥で、何度でも、アンジェラの名を呼んだとしても。


『貴女の願いは、私が守る。
私はフォルセナから、貴女はアルテナから、戦の無い、美しいファ・ディールを、共に・・・。
___私達に、女神の加護があらんことを』


光と緑に輝く、子供の笑い声の絶えない世界を、俺達で、一緒に創ろうと思った。
例え、それが、俺達の生きる時代だけの、僅かな時の中だけだとしても___。
心の中の希望、マナの剣を輝かせながら___。
俺達は、生きていく。


______今、ゆっくりと、朝の記憶を閉じる。


瞼を開くと、目前に、光が溢れる。
俺が初めて剣術大会に優勝した闘技場、其処には、割れんばかりの拍手が在った。
女神を救った俺の帰りを、待ちわびていた、笑顔の人々が、俺を出迎えてくれた。

ステラおばさん。
ウェンディ。
占い婆に、常連だった酒場の踊り子。
そして、人だかりの向こうには___シャルロットが居る。
何故か、シャルロットだけは、笑顔では無くて、真顔だ。
いつもと全く違う服を着て、俺を待ちわびている。
シャルロットが相手だと、俺は、思わず素になっちまう。


「・・・おい、コラ!
なんで童女が此処に居るんだよ?
そりゃ、光の司祭の服だろ?
じーさんはどーした、ウェンデルのじーさんは」

「きょーは、おじーちゃんの、だいりでち。
おじーちゃんは、やまいでぶったおれたままなんでち。
ゆえに、おまごさまである、このシャルロットがでちね。
じつはダメおとこの、おんしなんぞを、しゅくふくするハメに・・・」


シャルロットは、散々ぶつくさ言った後、フとまた、大人びた微笑を見せた。
ぎゃあぎゃあバカをやりながら。
俺の手を、そっと握った。
シャルロットは、俺とアンジェラの事は、何も知らないハズなのに。
『お前のキモチなんぞ、軽くお見通しだ』と、まるで、小さな手に言われた気がした。


「・・・はっ。
まったく、さいごのさいごに、よそよそしいったらなかったでちよ。
おふたりさんは。
シャルロットは、みっともない、ちわげんかのほーが・・・。
おふたりには、ようにあってるとおもいまちたっ!
アンジェラしゃんも、デュランしゃんも、わかれぎわに、けーごばかり。
シャルロットは・・・もう<こんな終わり方ばかり>は、嫌ですよ・・・?
・・・。
おや。
いま、シャルロットは、ですっていえまちたねえ・・・。
わーい!
やったでち!
ことばづかいが、かんなりレデイになりまちた~☆」


シャルロットは、嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねながら、俺と闘技場の階段を上る。
中央には、高く掲げられた、紺碧のフォルセナ旗が在る。
波打つ旗を、暖かな春風が通り過ぎていく。
抜けるような青空が、俺達の国旗と城を包みこんだ。
空の下では、英雄王が、俺を待っている。
俺は、剣を抜き、高く掲げる。
______蒼の天空に、女神の剣が光る。
その瞬間に、英雄王の声が、闘技場へと響き渡った。


「闇の力を破った、黄金の騎士は、此処に蘇った・・・!
マナの女神と、女神の騎士と___フォルセナに幸あれ!」

「フォルセナに幸あれ!」

「フォルセナに幸あれ!」

___ザ!!


その時、一糸乱れぬ動きで、同じ言葉を繰り返しながら、少年兵全員が、己の剣を縦に翳した。
だから、俺もそうする。
号令と同時に、剣を翳すこと。
白銀騎士団における、忠誠の誓い。
___今の俺は、他の誰よりも、そうする事ができたから。

青空の下で、抜き身の剣が、美しく光る。
紺碧のローブと、白銀の剣を、風が巻き上げていく。
まるで、マナの女神が、俺を祝福しているみたいだ。
闘技場に、歓声が沸き上がる。








___だけど。
いつも、俺の心には、アンジェラと共に過ごした、旅の記憶が在るんだ。
幾度も超えた、朝と夜の記憶が、永遠に眠る。


『さようなら・・・アンジェラ』

『さようなら・・・・デュラン』









______此処は、太古から、マナの女神が治める世界。
______因果が巡り、終わらないセカイ。


二人、遠く離れていても。
いつまでも、同じ夢で逢おう。
巡り逢いを繰り返そう。
永遠に、<ファ・ディール>で、覚めない夢を、何度でも。



SEIKEN3 女神編 完
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