「ンな訳あるか・・・」
俺は、事態を『断じて認めん』そう思った。
何故なら俺は、アンジェラ王女にその類の感情を抱いては居ない。
彼女に対する此の気持ちはそんなモノじゃない。
唯、俺の力不足で・・・余りにも、俺がふがい無かったせいで・・・。
仲間だったアンジェラを、失った事がいたたまれ無いだけだ。
それなのにシャドウゼロ達は、俺が間違いであるかのように、対照的な俺自身を見せつける。
忠誠か愛かを突き付ける。
「止めてくれ!
アンジェラは、俺の<力>とは関係が無い。
試練なら、もっと別のやり方が在るだろうッ。
身体を鍛え、精神を澄まし、そうして敵を倒してゆく。
其れが強さの形だろ!」
『命は指先を動かす事さえ<意思>に依る。
<意思こそが力><心が全てを決める>のだ』
さっきから、一体・・・何を言っているんだ、此の声は・・・。
けれども解せない俺などは、此の場には居ないかの如く、<二人の俺達>はやり取りを深めてしまう。
俺はとても長い間、立って居る事しか出来なかった。
だが<闇の戦士>がアンジェラに対して強引な姿勢に出た瞬間に。
「!
だ、駄目だ・・・ッ」
とっさに<闇の戦士>とアンジェラの間に割って入って居た。
気が付くと、アンジェラの腕を取り、<光の騎士>の後ろへ逃がそうとして居たのだ。
けれども俺の行動は<闇の俺>にはアッサリ剣で阻まれる。
そしてまた、意味が解らない事ばかりを言われちまう。
『未熟なお前は心を嘘で固めて居る。
命は望むがままに生きてこそ満ち足りる。
闇を求めるべきなのだ』
<闇の戦士>は意味不明かつ爆弾発言を囁いて、俺からアンジェラ王女を奪い、軽々と抱き上げた。
次の瞬間に、二人は赤と黒の炎を纏い、何処かへフッと消えてしまう。
すると、すぐさま<光の騎士>が階段を駆け下りた。
まるで<マナの聖域>の何処に行けば良いのかを『最初から知って居た』かのように。
Ⅲ
<光の騎士>は霧雨が降る森を駆けてゆく。
白濁し、揺れる蜃気楼のような風景が、背中を追う行く手を阻む。
スコールのように振る雨と、揺れる樹木、続く微震。
薄く光る森の中を<光の騎士>は駆けてゆく。
対する俺は、騎士の背中を追うだけで、息か切れるほどだった。
目前を白の雨が豪雨になって迫り来る。
其の度に背中を見失いそうになる。
思わず何度も眼を閉じて、それでも何度も眼を開けた。
けれども次に目を開いた瞬間に、騎士は森には居なかった。
騎士は、フォルセナ城の廊下を駆けて居た。
(ええっ?
なんでフォルセナに?
クソッ、ぜんっぜん付いて行けねえ!)
しかし諦める訳にはいかん。
アイツらが<俺>である以上は野放しになどしたくない。
例え『シャドウゼロ』が作り出した偽物の俺達だとしても、あんな勝手は許せない。
<幻>相手でも俺はあんな事はしない。
しちゃ駄目だ。
___絶対に。
「やいっ『偽物の俺達』め!
待ちやがれ・・・っ!」
けれども風のように<光の騎士>は城の回廊を駆けてゆく。
そして、遂に後ろ姿を見失った、其の時だ。
『ブルーザー・・・』
俺は、次の瞬間には、城の庭に立って居た。
焦げた大木の前にした、白銀騎士団長の身体が、息子の躯を抱え、うずくまる。
其の姿は普段の凛々しさからは考えられないほど、悲嘆が隠されては居なかった。
団長は、焼け落ちた中庭で、膝を屈して這って居る。
すると哀しみに暮れる団長の傍へ、見失ったはずの<光の自分>が駆け寄った。
そして、団長に向かい、深く頭を垂れて行った。
『団長。
ブルーザーを、いえ、隊長をお守り出来ず・・・面目ありません』
『君が謝る事では無い、デュラン。
悪いのは<アルテナ>だ』
再び白の豪雨が視界一面に広がった。
気が付くと、今度の俺は、滝の前に立って居た。
アストリアとウェンデルを繋ぐ、鍾乳洞を貫いて居た、一本の巨大な滝。
水爆が流れ落ちる、か細い一本の道の下に、深いコバルトブルーの泉が在る。
輝く水の流れの中で<光の騎士>は、アルテナ兵を斬り殺さんする。
『この<フォルセナの敵>どもがア___ッ!』
『・・・止めて!
殺すのだけは、止めて頂戴!』
<光の騎士>が振り下ろす剣がアンジェラ王女に阻まれる。
そして、二人は互いを見つめ合い、絡み合い、泉の中へと落ちて行った。
泉の水飛沫が二人の姿を掻き消した瞬間に。
俺は<マナの木>の前に立って居る。
<光の騎士>は<マナの木>の麓で無様な姿をさらして居た。
騎士の背中には、アンジェラ王女を抱き上げた、紅蓮の魔導師の足が乗って居る。
ギリッ、ギリッ、ギリッと何度も捩じられ、それでも騎士は立ち上がれない。
何故ならば、たった今、全身を焼かれて骨の髄までへし折られたせいだった。
紅蓮の魔導師は、地に伏した騎士へ向かい、薄い嗤いを浮かべて見せる。
其の口元はさも可笑しそうな笑みだ。
だが眼は少しも嗤って居ない。
『アッハッハ・・・ !
そうだデュラン。
お前はせいぜい【フォルセナの犬】で在ればいい。
唯アルテナを憎み、戦だけが支配する、世界の因果の中で、短い一生を終えるがいい』
最後のコトバを放った瞬間に、紅蓮の魔導師は赤黒い炎に包まれた。
炎が小さくなってくごとに、紅蓮の魔導師では無い俺自身<闇の戦士>が現れる。
<闇の戦士>は地に伏す騎士に一瞥をくれた。
そして、軽々とアンジェラを抱き上げて、<マナの木>の梺まで連れてゆく。
戦士は巨大な幹に彼女の身体を横たえる。
幹に身体を預けたアンジェラは、<闇の自分>にどんな風に触れられても、全く抵抗をしなかった。
其れは見てられないぐらいの乱暴な扱いだ。
それなのにアンジェラは、唇を奪われかけてすら、俺を払いのけようとしない。
「・・・止めろッ!」
思わず俺は目を背け、倒れた<光の騎士>の剣を拾い、間髪入れずに踏み込んで、<闇の自分>を払って居た。
けれども<マナの聖域>には、空を切る音が木霊すのみ。
振り向けば、もう其処に、自分は無い。
『・・・デュラン。
お前は弱い』
彼女を再び軽々と抱き上げ<闇の戦士>は剣を払う。
其の度に、風圧が、俺を威嚇するようだ。
其れだけで、俺と奴の実力差は、ハッキリと見せつけられて居た。
圧倒的に上回る強さを見せつけながら<自分自身>が嗤う。
今の俺は背後の騎士のように地に伏しては居なかった。
だが既に地に落とした後の如く、自分を見下し<闇>は言う。
『・・・小僧。 己の力は自らの為にのみ使う物だ。 国だの、陛下だの、愚かだよ。
そんなモノの為に生きて、最後は殺されるのだ、兵などな。
そして其れは【王】とても例外では無い』
___ナア、俺自身。
お前は一体何故戦う?
一体何を感じ取とりたくて剣を取る?
其れは<自分と愛する者達>を、唯悦ばせる為だろう?
<闇>は軽く舌を絡ませながら、再びアンジェラの唇を奪ってゆく。
俺は<光>の剣で口づけを阻もうとしても払われる。
例え鍛えた身体だとしても、少年の心では、<闇>が与えて来る圧に、屈っしてしまうだけだった。
迫る風で俺の眼が潰されて二人の唇は見えなくなる。
でも、今、確実に、重なり合ったのが、解っ、た・・・。
「・・・頼むから止めてくれ。
ソイツは本物のアンジェラじゃない<幻>だ。
お前だって<幻>だ。
俺は恋の成就を望んじゃ居ないし、本当の彼女の気持ちは分からない。
俺達は、共に、<聖剣>を求めただけの関係だ!」
『ならば、お前は<聖剣>が何かを知った上で、彼女と共に求めたのか?
聖剣は<総ての精霊の力を司る古の力の象徴>。
そして、世界の在り方を決める<意思の力>。
使い手の心を映す鏡、善にも悪にも染まり得る。
<闇の力>を用いれば聖剣も<暗黒剣>へと生まれ変わる。
そして、心の奥底では<闇の力>の解放を、誰もが求めて止まないもの。
お前も闇を求めて居るはずだ。
そうだろう?
小僧』
しなだれかかるアンジェラの幻を抱きながら、<闇>は大樹の根元より、自分自身を見下ろした。
吐き気がするくらい『お前は一生非力な少年だ』と宣告されて居るようだ。
恋も出来ない子供のままでは此の場に立つ資格は無い。
敵の手の内で転がされ、聖剣を抜かされて、敗北した伝説を背負わされた少年は、一生無力なままで生きてゆけ。
『使い方も知らない者には<勇者の剣>も唯の玩具だな。
此処まででも、武者修行ならば、存分に楽しめたはずだ。
潔く引くがいい、此の先は<神を超える者達の世界>。
<意思>の無い者は入れない』
「・・・俺にだって<意思>は在るッ!
少なくとも、てめえは絶対許せねえ。
もうアンジェラ王女を離すんだッ!」
俺は一気に<マナの木>へと駆け上る。
木の根を踏み越え幹の根まで。
俺を迎え撃つ為に、まるで人形みたいに落とされてゆくアンジェラが、絶対に許せ無い。
アンジェラを、力任せに乱暴に扱うなど、許される事じゃない。
<闇の俺>は自己中心的過ぎる!
もしかしたら、アンジェラは・・・。
心の片隅で、ほんの少しなら・・・。
俺だって、気が付いては居た。
もしかするとアンジェラは、俺を『一人の男』として好きなのかもしれないと。
けれども恋は自由の理由になり得ない。
「ふざけるな・・・。
何が<意思在る大人>だ?
お前は好き勝手をやらかすのが、意思在る行為と言いたいのか!」
俺が、最大限の力を込め振り下ろしてゆく<光>の剣は、深い<闇>に阻まれる。
ギリッ・・・!と押し返す<闇の力>が凄まじい。
だが俺は、此処で負ける訳には行かない。
少なくとも<深い闇に染まった俺自身>に彼女はやれない。
想いを遂げたいと願い、幻ならば許して居る、だから心の赴くままに乱暴を働けばいいと想う。
そんな自分は許せない。
「てめえはアンジェラが、どんな存在かを解って居てソイツをやってんのか。
アンジェラは『アルテナの王女』だ。
でも俺は、フォルセナの、其れも一介の傭兵だ。
彼女は自由が許される相手じゃない。
更にお前は相手の気持ちを無視してる。
誇り高く在りたいなら、想いを遂げるべきじゃない」
『ならばデュラン。
お前の<本当の意思>は何処に在る?
お前の<本物の欲望>は何処に?
いつか<一族で在る事>に翻弄され、愛を無視する者達に、幸福な結末はやって来ない。
お前が闇を斬るならば、約束された結末だ』
「・・・なんの話だ」
『世界は<光>ではなく<闇>を求めて止まない物語さ』
ギリギリと、互いの剣が拮抗する。
明らかに俺が押されて居て久しい。
此処まで来ると、物理では無く、精神力の世界だった。
両足で踏ん張る気力だけが、何とか俺を大樹に踏み留まらせて居る。
圧が過ぎて、俺の足が、マナ、の木に、食い、込む。
そして<闇に染まった俺自身>は、彼女にキスを落として行った。
アンジェラは、俺の腕に抱かれたまま、恍惚とした表情で、口づけを受け入れてゆく。
唇と唇の重なりが、今度こそ、ハッキリと見えてしまう。
けれども次の瞬間に、彼女の瞳は俺を見た。
俺を見つめた瞬間に<闇>に屈した自分を恥じて弾けてゆく。
翡翠の瞳が静かな誠意を帯びて居る。
舌と唾液で濡れた唇が、心を伝えようする。
『ご め ん な さ い』
彼女はいつも澄んでいて『何が一番正しいか』を知って居た。
王女の眼差しは、アルテナだけではなくてフォルセナも、そして世界全体を見つめて居た。
それは『皆が幸せになるにはどうすればいいかのか』を考え抜く瞳。
其の眼を観れば、俺には彼女の気持ちが解る。
其れは『恋の眼差し』などよりも<遥かに大きな意思>なのだと。
「いつか、アンジェラは、理の女王になる時が来る・・・。
俺は、彼女の意思を守る。
闇の言いなりにはならん」
『だが、お前は<奪いたい>。
さらって自分のモノにして、身も心も結ばれたい』
そして<闇>が王女の頬に指を食い込ませ、グッと持ち上げた瞬間に、またエメラルドの瞳が潤んでしまう。
頬を染め、なすがまま、俺の総てを受け入れて、立場を忘れて生きてしまう。
「だ、駄目だ・・・」
だから、力不足でも、何が何でも<闇>は阻む、それを誓った。
アンジェラが聖剣にかけた願いは俺が守りたかったから。
『もう誰も戦わないでいい世界に』『皆が幸せにならなくちゃ』___。
<彼女の願いは俺が護るべきなんだ>!
其の時<光>が輝いた。
騎士の剣が、白く深く輝いてゆく。
そして聖なる光は俺そのものを貫いてゆく。
其れは<闇>に染まった自身を自ら葬り去る閃光。
正しく在れ正しく在れ、罪を許すな、闇よ消えろと輝く光。
<闇に染まった自分自身>は敗北し、断末魔の悲鳴をあげ、砂風に飛ぶようにザッ!と散る。
吹きすさぶ砂粒手に、恋の残り香が宿って消えた。
そして彼女の瞳から、涙が零れ落ちてゆく。
でも、これでいい。
俺は光を護る生き方を選ぶから、他には何も選べない。
「アンジェラ。
お前は、いつか世界を幸せにする、聖なる剣の使い手だ。
俺は、お前を、護りたい。
俺はお前の騎士になる。
これが俺の<意思>だ。
___許せ」
深い闇に抱かれて居たアンジェラが、腕の中に落ちて来る。
エメラルドグリーンの眼差しが、縋るみたいに俺を見上る。
潤んだ瞳、上気した頬、互いを求めた唇。
俺と恋に落ちたアンジェラが、泡になって消えてしまう。
在り得たはずの未来の欠片が消えてしまう。
吹きすさぶ、選べなかった未来の在り方見せつけられ、俺は叶わなかった願いを認知した。
彼女が使命を持った王女じゃない、俺も彼女の騎士じゃない、唯の人で在れたのなら。
幸福で在れただろう。
___『デュラン、だーい好き』___
彼女の姿が泡になり、繋がれた指先が光になる。
そして、消えた幻の中からは<新しい自分>が誕生する。
少年兵の防具では無い、白銀の篭手に包まれた、大人の男の両腕が、光の内から現れる。
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