___三時間後【聖都ウェンデル】


「あれまあ、ずいぶんとぼろっちい、おふたりさんでちねえ。
あの『ひかりのしさいさま』に、これからあうというのにねえ・・・。
しかし、おじいちゃんも、じつににんきものでちねえ・・・。
いったい、あのろうじんに、どんなみりょくが?!」


何故か、俺の目前には、ふてぶてしい態度のクソガ・・・ッ!
いや、少女が居る。

パッと見には『15歳くらいの女の子』だ。
よく巻かれた金髪に、クリクリ動く青い瞳。
桜色の唇に、ほんのり上気したほっぺ。
そう言やあ、昔、ウェンディが持って居た「何とかちゃん人形」みたいだなって・・・。
最初に垣間見た時には、不覚にも「クソ可愛い」とか思っちまったと言うのにな?


「いや~、なんで、アンタしゃんのようなムサおとこが、このうつくしいウェンデルに?
おんしは、なんだかコドモだし、となりはおっぱいボヨヨンだし。
ぼんのうまみれのやからでち。
アンタがた、ウェンデルがせいちだと、わかってソレやってまち?
おんしらは~っ、かくしんはんなんでちかあ~っ?
んん~っ!?」

(・・・こ、コイツ!)


俺は、隣のアンジェラに、アイコンタクトを放って居た。
「殴るなら、後にしようぜ、互いの為!」。
テレパシーを受け取った、アンジェラ姫は「ウン♪」と言い___。
「耐えるケド、後で締めるわ、ガキんちょは!」。
こうして、無言のツーカー同盟が、ガキの前では成立した。

今、俺達の目前には、白い石で出来た壁と、真紅のカーペットが続いて居る。
此処は、世界が創世された原初の頃【マナの女神】が降臨したとされて居る、伝説の神殿だ。
此処【光の神殿】では、修行を重ねた僧侶達が、清くて正しい生活を、粛々と送って居るそうだ。
中でも『光の司祭』は特別だった。
天性の才を持ち、試練を潜り抜けた者だけが、其の称号を引き継ぐ事が出来ると言う。

集団で、法話を聴く場でならば、一般人でも逢えるだろう。
けれども『個人が直接話をする』そんな事はフツウは無い。
夜中でも【光の神殿】に入れたのは、アストリアの件が在るからだ。


「おじいちゃあ~ん!
コドモと、エロいの、ににんまえ、つれてきてやりまちたー!」

「おお、有難う!、シャルロット・・・。
ウッ、ゴホッ、ゲホッ!」


俺達は「シャルロット」と呼ばれたクソ童女、いや違う。
『光の司祭の孫娘』に連れられて、寝室までやって来た。
俺は理性がプッツンし、王女は顔面蒼白だが、それでも平和は保たれた。
獣人達の話だけは、きちんと付けねばならないし、俺にも話が在るからだ。

光の司祭は、無理をして『滝の洞窟』に結界を張る事で、獣人達の侵入を、拒む事が出来て居た。
だが、進軍を阻むほどの魔術とは、とても高度な術の上、術者に負担が掛かり過ぎ、最悪、命を奪うと言う。
老いた身体に強いてまで、術を使った爺サンは、ベットに倒れ込んで居た。


(やいっ、光の司祭の爺さんよう。
俺に【クラスチェンジ】を教えやがれっ。
俺は今すぐ強くなり、奴に勝たねばならんのだっ。
寝こけて黙り込むんじゃねえっ。
さっさと秘密を吐きやがれ!)

「ゴぶボオッ!!」


・・・ああ、少し前の俺ならば。
「いいから吐け」と急いただろう。
けれども、此処まで、吐血をされちまうと、いくら俺でも其れは無理だ。
最低限、人として、俺は黙って耐えて居た。

其の時だ、横たわったままの爺サンが、隣のアンジェラ王女を見た。
老人が、一瞬見せた、鋭い眼。
見つめられたアンジェラは、一瞬ピクリと固まった。


「・・・アンジェラ殿。
結界を破ったのは、貴女の仕業とお見受けするが、いかがじゃろう・・・?」


アンジェラ姫は、ふるふる首を横に振る。
けれども、光の爺サンは、問掛けるのを止めなかった。


「洞窟の結界は【古くから伝わる危険な術】なのじゃ。
修行を積んだ神官でも、中々使えるものでは無い。
けれども、貴女の中に在る、巨大な魔力を用いたから【古代呪法】が解けたのだと、ワシは見立てておるのじゃが?」


___アンジェラ王女は、自分の手を、ギュッと握り締めて居た。

薄く額に掻いた汗。
憂いを帯びた碧の眼。
ヒト離れした白い肌。
エルフのように尖った耳___。

何も語りはしないのに、抑え込んだ力が在る。
其れは、隣に立って居ると、俺にも伝わるモノが在る。


「お主は、命を奪われかけた時、城から、魔力を用いて、逃げ出す事が出来たのじゃ。
儂のような老いぼれは、実の母に命を奪われかけた苦しみを、癒す術を持っておらん。
じゃが、衝撃に耐えきれず、秘められた、巨大な力が溢れれば、お主は誰より強いのじゃ。
どのように【古代呪法】を解いたのか、儂に教えてくれまいか?
お主の力の源を、知る事が出来たのなら、儂でも、力になれるかもしれぬのじゃが」


そうして、しばらく時が流れ、アンジェラ王女が意を決し、話をし掛けた時だった。


「ちょっと待って、私に先に話をさせて・・・!」


アンジェラ王女の額から、小さな可愛い妖精が、光を放って現れた!
妖精を見た、光の司祭の長い眉毛、其の下に在る鋭い眼差しが、驚きで見開かれる。
妖精は、小さな両手を、精一杯に広げながら、光の司祭に訴えた。


「ごめんなさい・・・洞窟の結界を解いたのは私です。
私は【マナの聖域】から参りました、女神の使者【フェアリー】と申します。
【古の契約】に習い、今一度【人間界】の力をお与え下さい、司祭様・・・!」





___女神は聖地に眠り
___古(いにしえ)の神獣は石の中に宿る
___マナの力は、かの石により導かれ、大いなる繁栄をもたらす
___深い哀しみと、決意を以て、8つのマナストーンが集う時、聖地への扉は開かれる・・・


光の司祭の、祝詞のような深い声が【マナ】の神殿に響き渡る。
真夜中の、誰も訪れる事の無い【光の神殿】。
硝子で出来た、七色のクリスタルドウムから、月明かりが差しこんで、辺りを照らし出して居た。
ステンドグラスを通り抜け、虹色に輝く月光が、大聖堂を照らして居る。
冷たく光る月だけが、深い闇夜を明るくし【マナの女神】を染めあげた。


「古くから伝わる言い伝え・・・伝説の【マナの剣】。
総ての精霊を司る、古の力の象徴は【マナの女神】が世界の創造に用いた【黄金の杖】の仮の姿である。
【マナの剣】を手にせし者、世界を支配し得る力が与えられん。
【マナの木】が枯れてしまう前に、正しい心を持つ者が【マナの剣】を抜く事が出来たのなら・・・。
【マナの女神】は蘇り、剣を抜いた者の望みを叶えると、古くからは言われておる」


参拝者向けの、木の椅子の、最前列に座るのは、アンジェラ姫と俺だけだ。
優しく降り注ぎ続けて居たとしても、何処か冷たい月光が、彼女の髪を照らして居た。
大聖堂に祀られた、女神像とアンジェラは、互いが鏡のように、よく似て居た。


「今では、どうしてそうなのか、知る者は誰も居ない。
だが、古くから生きる者、私のような人間や、森に住む大賢者、妖精達は知っておる。
世界に危機が起こる度に【フェアリー】が現れて、其の宿主を選んでは、助力を乞うて来るのだから」


扉が開く音がして【マナの女神】のすぐ傍に、シャルロットが近づいた。
神官達に、何度も磨き上げられて来た、女神像に腰掛けながら【聖都】の少女が俺を観る。
湖の色に似た瞳、畔に立つ桜と同じ紅、薄桃色の唇が、ふわりと、笑みを浮かべて居た。


「ねえ、おじいちゃん?
もしも、ダメダメにんげんが、マナのつるぎをぬいちゃったら、このせかいはどーなるの?」

「言い伝えに依るのなら、もしも邪悪が【マナの剣】を振うなら、世界は滅ぶとされておる。
【マナの木】は枯れてしまい、世界は闇に呑まれてしまうじゃろう」

「じゃあ、ウチの魔導師が【マナの剣】を手に入れたら【ファ・ディール】はどうなるの?」

「【マナの剣】は【創世の杖】。
・・・主の心のままに在る。
【魔法王国アルテナ】が、世界を力で支配したいのなら、其の通りになるであろう。
けれども、力の在り方が、女神様の御心に、沿うた物では無いのなら、やがては【マナ】が枯れ果てよう。
其の事だけは、古文書に、何度も記されておるのだから」


何処か、遠くを見て居たアンジェラが、そっと瞳を閉じてゆく。
サラリと流れる長い髪、折れてしまいそうな、細い身体。
けれども、瞼を開いた、其の時には。
___彼女の瞳は強かった。


『アルテナ女王の狙いも【マナの剣】なんでしょう?
女王に貴女の力を認めさせる、いいチャンスだと思うけど』

『お母様も、ブライアンも、【マナの剣】を手に入れたい・・・。
私が先に行って、剣を奪う事が出来たのなら、きっと話を聴いてくれる。
そうすれば、アルテナも、戦争なんかはしなくなる・・・』

『シャルロットも行きますよ。
___私はヒースに逢うのです』


ぶっきらぼうに腰掛けた、俺の右手のポケットに、冷たく固い感触が、シャリンと音を立てて居た。
焼け跡で、僧侶に手渡された印籠が、『二頭のユニコーンの紋章』が、語り掛けて来るようだ。


___お前も【マナの剣】を求めるか?___


俺は、話の一部始終を聞いた後、独りで場を後にした。
俺が強くなるには【クラスチェンジ】をする他無い。
だが、強くなる事と、王女は、一切、関係無い。

アンジェラ王女に着いてゆけば、やがては、紅蓮の魔導師と、再戦を果たすだろう。
けれども王女は『アルテナ人』。
・・・敵と手を組む気にはなれん。

白亜の姿で、月夜に佇む神殿の、バルコニーに抜け出して、独りで月を眺めて居た。
【ファ・ディール】の、深い闇を照らして居る、大きな月。
ほんの少し前までは、フォルセナでしか見なかった、白銀の満月を。


(俺は、一体、何の為に『強くなりたい』と願うのか・・・)


其れは祖国を守る為なのか?
それとも、紅蓮の魔導師を倒す為なのか?
其の為だけに『強くなりたい』のか。
唯『敵を倒すため』だけに、俺は強さを求めるのか___?


ついさっきまでは【クラスチェンジ】がしたかった。
俺が強くなれたのなら、いつか、紅蓮の魔導師を倒せたら、それでいいと思って居た。
けれども、世界がどうこうと、大きな使命を課されたら、もう国境は関係ない。
そもそも世界が滅びたら、フォルセナ・アルテナ、どちらも消えてしまう______。

其の時、コツッ、と音がした。
・・・硬い靴の鳴る音だ。
ザッと木立が夜風に舞い、キイッと窓が開いてゆき、振り向いたが、誰も居ない。
だが、確実に在る気配、透明な声音だけが、夜空の月から振って来る。


「もしも、貴方が【マナの剣】を求めるなら」


見上げると【光の神殿】の窓辺から、ふわふわしたブロンドが、夜風に吹かれて舞って居た。
満月からは、透明な声だけが、夜露のように降り注ぐ。


「___誰より、強く、優しい世界が叶います」


何の音もして居ない、俺しか居ない場所なのに、導く声が其処に在る。
再び、ザアッと木立が舞い、窓がバンと閉じた後、コツッと靴の音がした。
気配が遠ざかってゆく。
静かで大きな深い闘気。
今、巨大な意思が、遠くなる。

俺は再び月を見た。
空を覆うぐらいの満月に、墨絵のような雲が流れ、其の瞬間は闇になる。
世界は深い黒に染まる。
すると、眩しいほどの星の海、瞬きの洪水が、空一杯に広がった。


___お前も【マナの剣】を求めるか?___


俺は、深い闇夜の神殿で、答えを求め続けて居た。
窓辺に髪は靡いてない。
けれども、闘気は告げて居た「優しい世界は叶う」のだと。


「ブロンドの髪の君。
アンジェラ王女に付いてゆけば、お前の言葉が解るのか?
【ファ・ディール】の為に、俺は、強く、なれるのか・・・?」


・・・何処かで聴いた声だった。
けれども、誰の声なのか、想い出せはしなかった。
今の俺に解るのは、自らの、胸の奥の衝動と、熱い力のたぎりだけだ。
再び【光の神殿】に、月の光が降った時、俺の心は決まって居た。