其処は、既に、廃墟だった。
夕暮れが、町全体を、血をぶちまけたみたいに染めて居る。
容赦なく、火責めにされて、焼かれた村___。
『湖畔の村アストリア』。
煙る炎の中から呻き声が聴こえて来る。
俺は、拡がり続ける焼け跡に、立ち尽くしたままだった。
足元には、死にゆく、小さな黒い身体が在る。
ススと化した子供の身体が無言の躯になってゆく。
「大丈夫か!
しっかり、今、助ける・・・。
何処かに人、生きた大人は居ないのか?!」
「あ、貴方は・・・。
其の剣の紋章は【草原の国フォルセナ】の御方、そうですね?」
子供は、自分に後が無い事を、悟って居るかのようだった。
そうして、息を繰り返し、俺の右手に小さな物を手渡した。
黒ずみ、今まで解らなかったのだが、子供は僧侶のようだった。
___【聖都ウェンデル】
『アストリアの村』と『滝の洞窟』の向こう側に在る、永世中立国の僧の衣。
手渡された印籠には、『二頭の輝くユニコーン』、聖都の紋が彫られて居た。
「旅の御方。
貴方の名前は何ですか?」
「俺の名前はデュランと言う」
「そうですか・・・。
デュラン、さんっ!
では、貴方を、武人と見込んでお願いします。
どうか、此の出来事を。
【獣人の国ビーストキングダム】が、結界を超えててしまい、ウェンデル領への進軍を果たしたと・・・。
光の、司祭様に伝えて・・・。
・・・」
突然、其の手が重くなる。
重力に負けて落ちて行く。
幼い僧侶の瞳孔が、ゆっくり開いて、止まって行った。
◇
今、世界で、何が起こって居るのだろう。
【草原の国フォルセナ】を旅立って、無事に『城壁都市ジャド』に辿り着いては見たものの・・・。
ジャドは【ビーストキングダム】の獣人達に占領されてしまって居た。
【聖都】を侵攻する為に、ジャドは拠点にされたのだ。
其の為に、陸路と海路、総てが閉鎖をされて居た。
俺が乗った定期船、最期の便が出た後に、街の人間全員が【ビーストキングダム】の支配下になったのだ。
おかげで、ジャドじゃあ、足止めを喰らっちまった。
けれども、俺は、諦めなかった。
そうして夜を待ちながら、警備の手薄な個所を見つけた後、都市から脱出は果たして居た。
だが、ようやく、ウェンデル領まで来たものの、アストリアはこんなザマだ。
(見せしめとは、惨い事を___)
ジャドは抵抗をしなかった。
けれども【聖都ウェンデル】は、唯一つの入口に、結界を張る事で、ビースト軍を拒んだらしい。
そう行った情報は、ジャドの酒場で仕入れて置いたから、およその察しはついて居た。
偶然にも、砂漠地方から来たと言う、長い髪の少年が、酒を片手に教えてくれたのだ。
少年は、俺の向かう『滝の洞窟』と言う場所が「巡礼の路だ」と言って居た。
【聖都ウェンデル】の四方を囲む、山や湖全体が、昔は参道だったらしい。
『噂によれば、獣人は、聖都を侵略する事で、種族の誇りを取り戻したいそうだ』
『俺達人間からすれば、随分迷惑なハナシだが。
司祭サンが居なかったら、俺は【呪い】が解けないし、お前も【クラスチェンジ】出来ないだろ?』
『ウェンデルは【ファ・ディール】の、ド真ん中に在る街だ。
「あそこに行けば何とかなる」皆にそう想わせる場所なんだ。
人間達の精神的支柱、宗教都市、無いと困るってんだから、ヒトには大事な場所だよな』___
『宗教都市』を襲った『獣人の国』。
俺の故郷『草原の国』に挑んだ『魔法の国』。
そして『砂漠の要塞都市』が『風の国』を奪ってゆく。
其れが今の【ファ・ディール】だ。
俺は、唯の傭兵で、出来る事は何も無い。
けれども、村の状況を、光の司祭に知らせる事。
此の印籠を届けるくらいなら、俺にも可能な範疇だ。
だから、俺は、あの僧侶の代わりのつもりになり『滝の洞窟』へと向かって居た。
城壁都市を出てから、まだ一睡もして無かったが、休む事無く駆け抜けた。
岩間から、漏れる陽だけを頼りにして、奥へ奥へと降りてゆく。
途中で何度も手が滑り、川の水が背丈を超え、疲労と睡魔に襲われたとしても。
今は「進む時だ」と判断した。
___『貴方を、武人と見込んで、お願いします』
そんな風に、俺だけに、託されたモノが在る。
だから、道が危険な事程度で、俺は、諦めたくは無かったのだ。
また、俺自身にも【聖都】は必要だ。
此の先に、どんな試練が待って居たとしても、俺は強くなりたいのだ。
城下町の占いババは、そんなに強くなりたいなら【クラスチェンジ】をしろと言って居た。
だが【クラスチェンジ】について調べても【封印された儀式】と言う以外、何一つ解らない。
ならば、ババに勧められた通りにして、光の司祭に逢う他に【クラスチェンジ】を知る他無い。
___「強くなる」
其の想いを胸に秘め、俺は奥へと進んで居た。
やがて、大きな滝が一つ、ゴウッと唸りを上げながら、流れる路に辿り着いた。
滝の前には、か細い道が、だった一本在るだけだ。
滑り落ちたら、コバルトブルーの滝壺に、真っ逆さま決定だ。
けれども、そんな場所なのに・・・。
何故だろう?
人が居る。
しかも『女』だったのだ。
彼女は、降り積もったばかりの雪に似た、白い肌を晒して居た。
余りに綺麗な顔立ちに、俺は、一瞬、ドキリとする。
「ちょいと綺麗」なんてモンでは無い。
フォルセナじゃあ、見た事も無いほどの、ド派手な美少女だったのだ。
何故だ、どうして、凄い美女が、俺を目がけて突撃を・・・ッ!?
「___助けてッ!」
チ・・・ッ!!
其の瞬間、美女の傍を、光が走り抜けてゆく。
光を避けた、白い美女は、バランスを崩しちまう。
其の先は滝だった。
「・・・危ねえっ!」
俺は、見知らぬ美女に向かい、とっさに腕を伸ばして居た。
女の腕を取る事は、間一髪間に合ったが、彼女の身体は半分ほど、滝の流れに落ちて居た。
ブルーの水の奔流へ、長い髪がはらっと舞い、何処かで嗅いだ香りがした。
其れは『深い花の香』だ。
甘い花弁の香りのする、滝に落ちた、美女の肢体。
掴んだ其の手に力を籠め、グッと傍に引き寄せて、俺は彼女を抱きしめた。
彼女の身体が勢いで、俺の身体に崩れ落ちる。
上がる息を堪えつつ、涙に濡れた透んだ眼が、縋る様に俺を見た。
そして、震える、唇が・・・・・・。
「チョット、其処の変な男ッ!
今すぐ私を助けなさいッ!
悪いケド、説明をしてるヒマ、ちっっとも無いの!
今すぐアンタも逃げないと、ホントのホントに不味くてさあ・・・。
私の人生、どうしてこうも、波乱万丈ばっかりなの!?」
とか抜かした。
(こ、コイツ!
・・・か弱い美女ぶってやがる!!)
俺が哀しくなった瞬間だ。
バチッと弾ける音がして、再び光が走り抜ける。
其れは『電気の奔流』だ。
雷鳴と、痺れが腕に流れ落ち、俺の腕を打ってゆく。
焼け爛れてゆく感触が、肉の合間を食い破る。
とっさに、俺は、ブロンズソードを抜いてゆき、女を背後へ逃がして居た。
「グッ、一体、何をするッ・・・!」
俺は、滝の流れに、声を張る。
水飛沫の向こうには、トンがり帽子とロウブを着た、女ばかりの軍隊が、杖を構えて並んで居た。
其の緋色【アルテナ】の物とすぐ解る。
アルテナ軍の女どもが、道に流れ込んで来る。
12の杖が、一斉に、其の切先を向けて居た。
合図と同時に、いつでも、俺を焼き尽くせる。
殺意を剥いた女達、其の先頭に立つ者が、背後の美女に宣告した。
「お聴き下さい、プリンセス!
プリンセスには、理の女王陛下より、反逆罪にて『抹殺令』が出ております。
けれども、偉大な女王様は、今すぐ降伏されるのなら、罪には問わぬと仰せです。
ですから、今すぐ、降伏を!」
「イヤよ、アンタなんかの言う事を、誰が信じるもんですかッ!
そんな命令、きっと何かの間違いよ。
お母様が、そこまで酷い命令を、実の娘に出す訳ない」
「___聞き分けの無い事を。
いい加減に、現実を、受け止めて頂きたい。
プリンセス、貴女は、誉れ高くも【マナストーン】の贄となれるのです。
紅蓮の魔導師様に選ばれて【魔法の国】の贄となり、皆の前で散れるのは、最も栄誉な事なのです!」
「生贄なんて、悪趣味よっ。
そこまで栄誉が欲しいなら、アンタが贄になんなさいっ」
・・・さっきから。
コイツら、一体、何なんだ?
しかも、俺の後ろで泣きじゃくる、異常に綺麗な女がだ、『魔法の国のプリンセス』?
だが、考えて居る時間は、全く無い。
誰の返事も待つ事なく、次々と杖先から、光が繰り出されて来たからだ。
俺は、彼女を、更に後ろへ突き飛ばし、光を躱して駆け抜ける。
そして「遅い」そう思う。
あの夜、城を焼いた、紅い魔導師。
アイツの放った【魔法】より___お前達はとても遅い!
「このッ、フォルセナの敵共がアッ___!!」
「・・・駄目、止めてっ!」
けれども、剣(つるぎ)を高く掲げ、アルテナ兵を切り殺さんとした時に、腕が女に取られちまう。
剣を振り下ろす事は出来なくなり、戦闘中に、倒れちまう。
「クッ。
貴様、何をするッ・・・」
俺は、腕にしがみつく、王女を振り解こうとして、精一杯にモガいて居た。
けれども離れる事が叶わない。
こんなにも細腕の、一体何処に、其処まで力が在るんだ?と。
男の俺が驚くほど、喰らい着いて来たからだ。
『アンジェラ』と呼ばれた美女は、俺の剣にしがみついたまま、凛とした眼で訴えた。
「この子達は悪くない。
唯、命令をされたから、戦わされてるだけなのよ。
だから、殺すのだけは、止めなさい!」
俺には意味が解らない。
だって変だろ、俺達は「あの子達」に襲われて、命を奪われ掛けて居る。
そうして、俺は、面識ゼロにも拘わらず、命を掛けて助けて居る。
なのに、どうして、俺の剣(つるぎ)を振わせない?!
「あのな、お前は、立場を解って言ってるのかッ。
俺達は、奴らに、殺されかけなんだぞッ!?」
けれども、彼女は、首を横に振るだけだ。
未だに俺から離れずに、精一杯の虚勢を張り、グチャグチャごちゃごちゃ言ってやがる。
「自分が殺されかけたから、相手を殺していいなんて、そんな訳がナイでしょうっ!」
そうして、問答して居る間にも、アルテナ兵は次々と、退却を始めちまう。
そうして、水飛沫の向こう側に、軍が消えた、其の時だ。
___奴が、姿を、見せたのは。
互いが互いを認めた時、大轟音をあげながら、魔導師の腕輪が揺れて風を裂く。
唸りをあげた風と共に、俺と王女は飛ばされた。
ドッ!と風の奔流が、二人の逃げ場を塞いでゆく。
身体を傷つけ、命を奪う風なのに、ほんの一瞬、柔らかで、優しい香りが肌に触れた。
後ろの王女と同じ匂いがする・・・。
甘くて深い花の香だ。
アルテナ軍の魔導師は、力を見せつけ、やって来る。
雷鳴と、闇とを纏い、俺を見下し、君臨する。
___今『最強』の魔導師が、俺の頭上に聳えて居た。
滝の風に煽られた、血塗られたロウブから、花の香りを燻らせて、男は不敵に嗤い出す。
ケタ違いの実力と、一見優雅に見えて居ても、一切隙の無い姿。
黄金色の闘気の渦、オーラが、紅い魔導師の、全身から放たれる。
・・・本来なら。
剣を抜ける、間合いが在る。
けれども意味を成して居ない。
此の俺が、鞘から、剣を、抜け出せない・・・っ。
緊張で、汗ばむ拳を握り締め、俺は再び柄に触れた。
けれども俺を見下して『最強』は嗤うのみ。
「デュラン・・・。
俺は、お前を、認めない」
ドッ!と滝が鼓膜に迫る。
水の音と、俺の名とが、魂中に響き渡る。
アルテナ軍の魔導師は、優しい微笑を浮かべて居た。
ユラリと揺れるブロンドの、奥で光る鋭い眼、瞳の奥には闇が在る。
此れ以上、奴の言葉を待つ事無く、俺は咄嗟に剣を取り、力任せに払って居た。
けれども、其の剣先は、奴の放つ熱い風、其れに阻まれ、終わっちまう。
バチッ!と摩擦を立てながら、圧に対抗してゆくが、刃が刃こぼれするのみだ。
ガリガリガリガリ削られて、親父の形見の銅の剣、剣(つるぎ)が姿を消してしまう___!
「止めろ、もう、止めてくれッ!!」
唸り続ける嵐の音、鼓膜を割き切る風に呑まれ、奴の言葉を聴くなどもう出来ない。
眼球の、すぐ目の前で刃(は)が唸り、剣が削られ止まらない。
硬いハズの、親父の剣。
黄金の騎士・ロキの剣。
其れが、たかが『風』如きに、成す術も無く壊される・・・!
「ウッ、もう、離せ、離してくれ・・・ッ」
剣で【魔法】を防ぐのを、とっさに避けて、傍らの、アンジェラ王女を引っ掴み、更に左へ転がった。
放たれて居た雷鳴が、さっきまで立って居た、地面を激しく割ってゆく。
爆音をあげ石礫が宙を舞う。
加勢をする為なのか、隣で王女も杖を出す。
けれども其れは無謀だろう。
俺は、王女を手で制し、眼だけは奴を睨んだまま、時間稼ぎの威嚇をした。
「やいっ、紅い魔導師めっ。
貴様は一体何者だッ。
フォルセナを単騎で襲って、其の次は、自国の王女を殺すのか?
アンジェラ王女は、アルテナに、必要な存在では無いってのか」
「プリンセスは『必要』だ。
だから、俺が、此処に居る。
唯、暗殺するのが仕事なら、後ろの女にさせて居る。
お前は此処で引くがいい。
俺と貴様の力の差、其れはハッキリしてるだろう。
傭兵風情が、此の俺の、邪魔をするのは許さない・・・」
再び、風と雷鳴を、指先に宿す『紅い魔導師』。
次に【魔法】を受け止めたら、俺の剣は砕かれて、藻屑と化してゆくだろう。
俺が、自分の剣を失くしたら、一体どうして戦える?
剣を失くした、フォルセナ剣士が、どうすれば【マナ】と【魔法】に勝てると言うのだろう?
どうすれば、奴に勝てるか、教えてくれ・・・!
流れた汗が、拳に落ちて、弾け散る。
其の時、光の礫が宙を舞い、魔導師の傍をビッ!と切る。
鋭い音が、洞穴中に響き渡り、蟲の群れにも似た「〇」乱舞、光の礫が空を裂く。
光は、水を突破して、路まで撃ち落とさんとした。
閃光が、頬を掠った瞬間に、魔導師の、赤い血がツと流れる。
かすり傷のみを負い、背後に気づいた魔導師は、迫り来る「〇」の乱舞、礫を、サラリと躱して居た。
其の為に、今度は、俺が、光をまともに喰らって居る。
とっさに、彼女を庇った為、背中で熱を受け止めた。
「グアッ・・・!」
「あの光・・・ホーリーボール!
えっと、貴方の名前は、デュランかしら?
だ、大丈夫?、じゃあナイって感じよね・・・。
まだ立てる?」
アンジェラ王女が差し出した、白くて細い二本の腕、其れにとっさに縋っちまう。
そして想う、此の異常なほどのエネルギー、此れが【魔法】の力かと。
魔導師の背中が放つ、巨大な【マナ】の力かと___。
ダメージで、霞む視界に置かれても、状況を、見極める為に眼を凝らす。
ボヤけた視界に、流れ落ちる滝が見え、両眼が『二頭のユニコーン』を捕らえて居た。
まだ、正確な数は見えて居ない、けれどもアルテナ軍の3倍近くは数が在る。
【聖都ウェンデル】の僧兵が、細い道へと雪崩れ込み、アルテナ軍を囲んで居た。
「・・・チイッ。
アンジェラ王女といい、貴様といい、いつも悪運だけは良いようだな!」
劣勢を、すぐに悟った魔導師は、フワりと宙に舞い上がる。
そうして僧兵達に向かい、風をゴッ!と放って居た。
風の壁に阻まれて、僧の動きは止められる。
其の隙を見計らい、アルテナ軍の女達は、戦域を離脱した。
部下達が、離れ切るのを見届けて、此の場を見切った魔導師は、退却の指示を出す。
「待って、駄目よ、ブライアン!」
的確かつ、素早い判断を下しながら、離れてゆく魔導師を、隣の王女が止めて居た。
アンジェラ王女は、傷を負い、立てない俺を抱きしめて「ブライアン」を呼んで居た。
一度は止まって居た涙、雫がぽつりと落ちて来て・・・俺の頬に、染みを作る。
「ブライアン。
争いを、手段にするのは止めなさい。
アンタは、どうして、アルテナを、戦に向かわせようとするの?
私は帰りたくはない。
殺しあい、奪い合いを選ぶ国、そんな故郷に帰らない!」
「お前が何と言おうとも。
・・・俺はお前を手に入れる。
小僧、それまでアンジェラを、貴様に預けて置くとしよう」
アンジェラ王女の拒絶の声、哀しいほどの訴えを、男は、雑音として、受け止めた。
アルテナ軍の魔導師は、眉一つ動かさず、踵を、ふわりと返してゆく。
そうして、再び風を孕み、険しく聳える崖の間(ま)を、宮殿の、階段を上るようにして消えたのだ。

|