特徴等
丸亀城は生駒氏が慶長年間に築城したが、一時廃城となり、山崎氏が寛永末年復興、万治元年京極氏六万石の居城となった。海浜に近い標高約66mの亀山に築かれた平山城 (ひらやまじろ) で、亀山城とも呼ばれている。
大手門は、京極氏の入城直後の寛文10年(1670)に、城の北側、内濠に面して築造されたものである。城内側の一の門と濠端の二の門が棟を直交する形で配され、10間に11間の枡形を形成している。大手一の門は入母屋造、本瓦葺の櫓門で、内濠に直交して南北棟として建っている。大手門にふさわしい堅牢な造りで、櫓内の太鼓で城下に刻を知らせたことから、太鼓門と呼ばれている。

参考資料:国指定文化財等DB(文化庁)/現地の説明板/丸亀市HP
2010-5-20

(左)大手二の門 (右)大手一の門
 
丸亀城大手一の門 (撮影:2008-7) 丸亀城大手一の門 (撮影:2008-7)
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番号・名称 年 代   構造等
25 丸亀城大手一の門 寛文10年(1670)頃 櫓門、入母屋造、本瓦葺
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  香川県の重要文化財建造物         2018-1-7 現在