名 称 | 年 代 | 構造等 | |
浅草神社拝殿 | 慶安2年 (1649)頃 |
桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝三間、本瓦葺 |
東京都の重要文化財建造物 2018-1-19 現在 |
特徴等 |
浅草神社は、檜前 (ひのくま) の浜成・竹成兄弟と土師真中知 (はじのまつち) の三柱の神を祀っているので、三社様 (さんじゃさま) と呼ばれた。浜成と竹成は隅田川で漁猟中、浅草寺本尊の観音像を網で拾い上げた人物、真中知はその像の奉安者といわれているが、鎮座年代は不詳とのことである。現在の社殿は、慶安2年(1649)に徳川家光によって再建されたもので、この時家康も合祀された。社殿は、本殿と幣殿は接続しているが、幣殿と拝殿とは分離し、その間に渡廊下がある点が普通の権現造と異なっている。拝殿は桁行7間、梁間3間、1重、入母屋造、本瓦葺で、三間の向拝を設けている。毎年5月17・18両日の大祭は、江戸時代から三社祭と呼ばれ、特に第三日曜には、本社神輿の宮出し・宮入りがあり、氏子町内の百基余の神輿も集り、拝殿では柏板舞
(びんざさらまい) という神事舞も行われ、大勢の人で賑わう。 参考資料:現地の説明板(台東区教育委員会)/東京都文化財情報DB(東京都) /国指定文化財等DB(文化庁) 2018-9-28 |