名 称 | 年 代 | 構造等 | |
常憲院霊廟 勅額門 |
宝永6年 (1709) |
四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、銅瓦葺 |
特徴等 |
江戸幕府5代将軍徳川綱吉は、延宝8年(1680)に兄家綱の死に伴って将軍の座につき、宝永6年(1709)に63才で没した。法名を常憲院といい、寛永寺に霊廟が造立された。
その霊廟は大部分、維新後に解体されたり第二次世界大戦で焼失したが、勅額門と水盤舎が難を免れて現存している。勅額門は切妻造、銅瓦葺の四脚門で、前後に軒唐破風付を付け、彫刻や彩色による装飾が施された豪華な造りである。 参考資料:現地の説明板(台東区教育委員会)/国指定文化財等DB(文化庁) 2005-1-16 |
東京都の重要文化財建造物 2018-1-19 現在 |