特徴等
護国寺は神齢山悉地院と号し、元和元年(1681)5代将軍綱吉の生母桂昌院の発願により、上野国(群馬県)大聖護国寺の亮賢僧正を開山として創建された真言宗豊山派の大本山である。
月光殿は、もとは滋賀県大津市の園城寺 (三井寺) の塔頭の日光院の客殿として建築された書院造の建物である。明治20年(1887)頃、先ずこの客殿の襖絵が原六郎氏の手に渡り、ついで客殿が明治25年に東京品川御殿山の原氏の邸内に移築され「慶長館」と呼ばれた。その後原氏は護国寺に寄進し昭和3年(1928)に移築が完了、月光殿と改称された。様式及び構造は、桁行7間、梁間6間、1重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風附で、書院造の典型的な特徴である建物の南面に突き出した中門廊は桁行1間、梁間1間、1重、切妻造、総桟瓦葺である。同じ園城寺塔頭の光浄院客殿(国宝)と比べてみると、その平面図は全く同じといっていいほどその構成は酷似している。その他外観も良く似ており、横連子透窓の連子の数まで同じという指摘がある。書院造の特色を持ち、光浄院客殿や同じ園城寺塔頭勧学院客殿(重文)と並ぶ代表的な遺構として非常に重要な文化財である。なお、この客殿を飾っていた襖絵は、今も原コレクションの一つとして大切に保存されている。
参考資料:東京文化財ウィーク解説カード(東京都教育庁)/国指定文化財等DB(文化庁)
2005-8-14
護国寺月光殿 (旧日光院客殿)
(撮影:2004-1)
護国寺月光殿 (旧日光院客殿)
(撮影:2004-1)
       
       
       
       
       
       
       
       
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護国寺月光殿 (旧日光院客殿)
(撮影:2004-1)
護国寺月光殿 (旧日光院客殿)
(撮影:2004-1)
    東京都の重要文化財建造物     2018-1-19 現在 
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名 称 年 代    構造等
護国寺月光殿
(旧日光院客殿)
元禄10年
(1697)
桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、向拝三間、瓦棒銅板葺