名 称 | 年 代 | 構造等 | |
旧江戸城外桜田門 (外桜田門、櫓門) |
寛文3年(1663)頃 | 外桜田門:高麗門、本瓦葺 櫓門:脇戸付櫓門、本瓦葺 |
東京都の重要文化財建造物 2018-1-19 現在 |
特徴等 |
外桜田門 (そとさくらだもん) は、南西を正面とする高麗門とその南東側で直交する櫓門からなる出桝形の城門で、西の丸防備のため大規模につくられている。江戸時代には、この門を外桜田門、桔梗門を内桜田門と称し、大名登城路に利用されていた。寛永年間(1624-1644)に創建されたと見られているが、現存するものは寛文3 年(1663)頃に再建されたものが基となっており、明治4年(1871)に一度撤去された後に再建され、関東大震災後に復原されて現在に至っている。 万延元年(1860)3月3日、大老井伊直弼 (近江彦根藩主) がこの門外の御堀端で水戸浪士らによって暗殺された事件は「桜田門外の変」としてよく知られている。 参考資料:東京文化財ウィーク解説カード(東京都教育庁)/国指定文化財等DB(文化庁) 2005-3-16 |