東京都指定の有形文化財建造物 2018-8-13 現在 |
番号-名称 | 年 代 | 構造等 | |
53 広園寺 (総門・山門・仏殿・鐘楼) | |||
総 門 | 文政13年(1830) | 四脚門、切妻造、桧皮葺型銅板葺 | |
山 門 | 文化8年(1811)頃 | 三間一戸、二層二重門、入母屋造、上層桧皮型銅板葺、下層板葺型銅板葺 | |
仏 殿 | 文化8年(1811) | 桁行3間、梁間3間、一重、寄棟造、桧皮葺型銅板葺 | |
鐘 楼 | 天保13年(1842) | 桁行1間、梁間1間、一重、宝形造、桧皮葺型銅板葺 |
特徴等 |
広園寺は、康応2年(1390)大江備中守師親が、峻翁令山和尚を請じて開創したと伝わるが、火災等により文献が消失しているため詳らかではないという。 総門は切妻造、檜皮葺型銅板葺の四脚門で、両袖に塀各一間を付け、南面する境内の正面に建っている。文政13年(1830)の再建で、細部の技法に江戸後期の特徴がよく表れている。山門は、三間二重門、入母屋造、上層檜皮葺型銅板葺、下層板葺型銅板葺で、総門の北に位置している。細部の技法が文化8年(1811)再建の仏殿と類似し、同時代の再建と考えられている。仏殿は桁行3間、梁間3間、単層、寄棟造、桧皮葺型銅板葺で、文化8年(1811)の再建になり、平成15年(2003)に全屋根葺替えている。鐘楼は桁行1間、梁間1間、宝形造、檜皮葺型銅板葺で、天保13年(1842)の再建である。 参考資料:現地の説明板(東京都教育委員会) 5019-3-14 |