番号・名称 | 年 代 | 構造等 | |
026 松山城 天守 | 安政元年(1854年) | 三重三階天守、地下一階付、本瓦葺 |
特徴等 |
松山城は、関ヶ原の戦いで徳川側に従軍し戦功を認められて20万石となった加藤嘉明が創設した平山城で、松山市の中心部である標高132mの城山 (勝山)
山頂に本丸があり、裾野に二之丸 (二之丸史跡庭園) 、三之丸 (堀之内) が設けられている。現存する建築物のうち21棟が重要文化財に指定されているが、その建築年代は江戸前期から末期まで多岐に亘っている。 天守は江戸時代最後の完全な城郭建築で、現存12天守の1つに挙げられている。三重三階地下一階の層塔型天守で、35年の歳月をかけて黒船来航の翌年(1854年)に落成。大天守、小天守、隅櫓を廊下で互いに結んだ連立式城郭の代表例とされる。本壇を南から眺めると、小天守、天守、櫓などが立ち並び、堅固でながらその美しい姿に思わず見とれてしまう。 参考資料:松山城パンフレット/松山城HP/国指定文化財等DB(文化庁) 2018-2-13 |
愛媛県の重要文化財建造物 2018-1-7 現在 |