名 称 | 年 代 | 構造等 | |
叡福寺 聖霊殿 |
慶長8年 (1603) |
桁行三間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺 南面突出部:桁行三間、梁間二間、一重入母屋造、本瓦葺 |
特徴等 |
叡福寺 (えいふくじ) は、聖徳太子墓を守護するために推古天皇によって建立された寺院で、難波と飛鳥京を結ぶ大道 (竹内街道) が通る太子町の中心部に位置している。 聖霊殿 (せいりょうでん) は太子堂とも呼ばれ、聖徳太子の16歳像が祀られている。織田信長の兵火によって全山が焼失したのち、豊臣秀頼によって慶長8年(1603)に再建された。入母屋造、本瓦葺の仏堂で、L字型の特異な平面をもつ。 参考資料:国指定文化財等DB(文化庁)/太子町観光情報HP 2009-12-7 |
大阪府の重要文化財建造物 2018-2-1 現在 |