日本煉瓦製造(株)旧煉瓦製造施設 ホフマン輪窯六号窯 (撮影:2006-11) |
番号・名称 | 年 代 | 構造等 | |
11 日本煉瓦製造(株)旧煉瓦 製造施設 ホフマン輪窯六号窯 |
明治22年 (1889) |
ホフマン輪窯六号窯一基 煉瓦造、建築面積1044㎡ |
特徴等 |
明治政府が推進した洋風建築による官庁街建設に必要な煉瓦を供給するため、明治20年(1887) ホフマン輪窯 (わがま) はドイツの技術者フリードリッヒ・ホフマンが考案した煉瓦を大量に焼くための窯で、6号窯は昭和43年(1968)まで使われた。窯の中は18の焼成室に分かれ、月間約65万個の煉瓦が生産された。 参考資料:現地の説明板(文化庁/埼玉県教育委員会/ 2006-11-30 |
日本煉瓦製造(株)旧煉瓦製造施設 ホフマン輪窯六号窯 (撮影:2006-11) |
日本煉瓦製造(株)旧煉瓦製造施設 ホフマン輪窯六号窯 (撮影:2006-11) |
埼玉県の重要文化財建造物 2018-1-15 現在 |