特徴等
本隆寺は法華宗真門流の総本山で、京都市上京区の西陣地区の中ほど、智恵光院五辻上る紋屋町に位置している。長享2年(1488)に妙顕寺日具の弟子日真が四条大宮坊城に堂舎を建立したのに始まるが、天文5年(1536)の天文法華の乱で焼失、天文11年(1542)に現在地に再建された。
祖師堂は、明暦3年(1657)に再建された本堂よりやや遅れて建てられた。桁行三間、梁間四間、寄棟造、本瓦葺で、屋根は錣状に段差を付け、四周に擬宝珠高欄付の切目縁を廻らし、正面及び背面に各一間の向拝を付ける。本堂と祖師堂が並立する配置は日蓮諸宗寺院の代表的配置の一つであり、江戸時代前期から中期にかけての日蓮諸宗寺院の一様相を示すものとして高く評価されている。
本堂、祖師堂の再建後、洛中は、享保15年(1730)の西陣焼け、天明8年(1788)の団栗焼けなどの大火に見舞われたが、本堂と祖師堂は類焼を免れ、寺観を今に伝えている。

参考資料:現地の説明板(本隆寺)(京都市)/国指定文化財等DB(文化庁)
2023-5-20
報土寺祖師堂 (撮影:2023-5)
       
       
       
       
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本隆寺祖師堂 (撮影:2023-5) 本隆寺祖師堂 (撮影:2023-5)
番号・名称 年 代   構造等
136 本隆寺祖師堂 明暦3年(1657) 桁行七間、梁間七間、入母屋造、正面及び背面向拝付、本瓦葺
    京都府の重要文化財建造物         2018-2-1 現在