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■インターテクストあるいは鏡

孫権  [軍議の間に集まった〈呉の六駿〉(の生き残り)をはじめとする重臣たちに向かい]今日、皆に来てもらったのは他でもありません、鈴木薫どのから、目下アタマが完全に小説モード化して分析的な文章が書けないので、私たちに勝手にself-reflectしてくれとの電子信が届いたのです。

太史慈 なんでえ、その妙な紅毛語は。おっと失礼、わが君。わが君の髪のことを言ったわけじゃなく……。

諸葛瑾 言ってみれば鏡に映してみるということだね……[はっと気がつき]太史慈!

孫権  太史慈! 

凌統  太史慈!

甘寧  太史慈!

呂蒙  太史慈[抱きつく]、生きていたんですね!

太史慈 おい、なんだ、やめろよ、へなちょこ。これだからニコニコ動画にガチホモなんて書かれちまうんだぞ。

呂蒙  いいじゃないですか、言わせておけば。[傍白]本当のことなんだから。

孫権  太史慈……よく戻ってくれました[涙ぐむ]。そんな簡単に死ぬ貴方ではないと信じていました。

太史慈 わが君にはお変わりもなく……。作者に召還されたんじゃ、出てこざるを得ないという事情もありましてね。

諸葛瑾  作者? それじゃ、ここにいるあたしたちの作者は鈴木どのってことかい?

甘寧  それはおかしいだろう。俺たちの姿をそれこそ鏡に映してみろ。コスチュームのどんな細部をとっても、鈴木どのの考案したのものなど一つもないぞ。凌統の「長脛巾(ルビ;ニーソックス)」は別だが(2)

凌統  ニーソックスじゃねえ、ロングブーツだっ! ちっ、勝手に名前つけやがって。

諸葛瑾  名が何だ、どんな名で呼ぼうと――色っぽいよ、おちび[凌統にウィンクする]。[一同に]だから、それは、これが無からのオリジナルな創造なんかじゃなく、すでにあるものの寄せ集めだってことのあらわれだよ。鈴木どのが作者という〈設定〉なら、それはそれでいいよ、あたしは。

孫権  そういえば前回の「新・映画館の日々」の終りで、たしか鈴木どのは、『鋼鉄三国志』のことを、「すでに「新古今」の世界」だと書かれていましたね。いったい何をおっしゃりたかったのか、わかる者はいますか?

諸葛瑾 軽く筆が(キーが)すべったんだと思いますが、あえて言うなら、「新古今和歌集」の特徴である、直接的な(と見なされる)感情吐露のたぐいではなく、技巧的な本歌取りや、題詠、屏風歌であるといったあたりを指して、作品のブリコラージュ性を言いたかったのでは? 昔、種村季弘どのが、映画批評の中でこれと同じ言葉を使っていますので、たぶんこの言いまわし自体、その引用でしょうね。

甘寧  引用と言えば聞こえはいいが、ただのパクリではないか。

諸葛瑾 いや、パクリと引用の違いの一つに、引用は引用であることを時に誇示するということがあるよ。自らリファーしてバラすんだね。

甘寧  ふん、こけおどしめいた居直りに見えるが。では、俺たちも、どこかからの引用だと言うのか?

諸葛瑾  日本では昔から三国志は人気あるけど、小説、マンガ、さらにはアニメやゲームの世界であらためて若い層に浸透していたわけで、その蓄積の上に出てきたキャラだよね、あたしたち。ていうか、むしろ「三国志」もの以外のサブカルチャーからもいろいろ流れ込んできている。だから平気でアナクロニック[原義は複数の時間が共存すること。ここでは、リアリズムの観点からは三国時代の中国とは思えぬ〈モダン〉な恰好に彼らがデザインされていることを指す]なカッコもするし、あたしだってメガネなんかかけちゃってる。もちろん、データベースからそのままではなく、むしろいかに変形するかが、それこそ和歌の「本歌取り」の場合だって腕の見せどころだったわけで。

呂蒙   もともと「三国志演義」自体、n次創作ですし、だいたい「正史」と言われるものだってそれ自体が解釈ですよね。

凌統   鈴木どのが、鋼鉄スタッフは江森三国志[江森備の長篇小説、『私説三国志 天の華 地の風』。「天華」とも]を発想源の少なくとも一つにしてるだろうってどこかに書いてたね。

諸葛瑾  うん。だいたい、孔明と陸遜のカップリングからして天華的だよね。

太史慈  おい、いいのか? カップリングなんて言っちまって。

呂蒙   もちろんですよー。「鋼鉄」の場合、オフィシャルで明らかに推奨してますし。本編での太史慈さまと僕なんか夫婦扱い、凌統は幼な妻で、孔明どのが陸遜の昔の女にたとえられてたじゃないですか。

太史慈  しかしあれはもののたとえ……。

諸葛瑾  孔明と陸遜の場合、オープニングから、見つめ合うわ腰に手ェ回すわで……明らかに狙ってたよね、あれ。

凌統   腰じゃねえ、尻だよ、尻。孔明の奴、向う側の手で兄貴の尻触ってやがった。

諸葛瑾  だけどあのOP、陸遜に優しいまなざしを向ける孔明と、孔明を文字どおり仰ぎ見る陸遜の関係を、一目でわかるように高低のあるポジションで描いて秀逸だったね。

呂蒙  あの陸遜の顔が幼げに見えることもあって、孔明どのにさらわれて行きそうな感じですよね。能の「花月」みたいな。

諸葛瑾 そういえば天狗も扇持ってるし、孔明が陸遜と旅したように、花月を連れて山々を巡るね。あたしはシューベルトの「魔王」と思ったけど、ブログに同じこと書いてる人がいて親近感を持ったよ。

孫権  なるほど。で、孔明と陸遜が「天華的」というのは?

諸葛瑾 「天華」では孔明の恋人が、最初は周瑜さま、のちには魏延なんです。「三国志演義」においては敵対していた者を、わざわざ選んで相手役にキャスティングしてるんですね。一方、「鋼鉄」でも、孔明と陸遜をカップルにするって発想がまさしくそれで。

太史慈 いいのかよ? カップルなんて言っちまって。

呂蒙  いいんですよー。YouTubeにアップされた鋼鉄の第一話を見たら、彼らはZhuge LiangとLu Xunなのか、もしそうなら彼らはmortal enemyであってloversのはずはないという英語のコメントがありました。どこの国の方か存じませんが、英字幕で見てもやはり彼らはloversに見えたんですねえ。

甘寧  そういう場合、mortalを使うのだな(メモメモ)。不倶戴天の敵という感じか。ううむ、勉強になる。

凌統  甘寧、お前! 黄祖に出会ったあとでやっと文字を覚えたというのに、英語までやってんのか。すげえ……。

甘寧   惚れなおしたか?

太史慈  なに? 俺のいないうちにそんなことに!?

呂蒙   そうなんですよ。「士、別れて三日なれば刮目して相待すべし」ですね。

太史慈  いや、そっちじゃなくて……。

諸葛瑾 収拾がつかなくなる前にまとめとくけど、孔明/陸遜(スラッシュにしとくよ)のカップリング自体が「天華」を思わせるということについては、納得いただけたかな? もう一つ、最後に五丈原に星が落ちるのも、あれも「天華」だよねえ。

甘寧  星が落ちるのは「演義」にあるのではないか? 

凌統  いや、「演義」では、司馬仲達が蜀の陣営に赤い星の落ちるのを見て孔明の死を知ったというだけだよ。それで攻撃に出た結果、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」になるんだ。

諸葛瑾 おちびの言うとおりだね。それを江森どのが、騒ぎにまぎれて魏延と孔明が姿を消せるほどの、隕石の落下に置きかえた。「鋼鉄」最終回の赤い星の発想源の、少なくとも一つになっていると思うよ。

甘寧  そうか。実を言うと「演義」も「天華」も周瑜さまの扱いがあまりにもヒドいので、途中で本をひっちゃぶいて、投げ捨てて、踏んづけて、唾を吐いて、菜種油を染ませて火をつけたのだ。

凌統  甘寧、それ、俺んちの本……(涙)

■「女性向け」あるいはジェンダー・トラブル

孫権  文庫も出て手に入りやすくなったことだし、私も「天華」を読んでみようと思いますが、「鋼鉄」最終回の、あの近づいてくる不気味な星は隕石じゃなく彗星ですよね。

諸葛瑾 ええ。あたしたちが迎え撃っていた地上に激突する無数の星は、彗星の軌道に地球が入ったために起こった流星ですね。

凌統  てっきり孔明の奴がやってるのかと思ったぜ。

孫権  地球に彗星が衝突って話も、ハレー彗星が前々回に接近した昔からありそうだし、陸遜が彗星を破壊するのは『鉄腕アトム』の最終回でアトムが地球を救うために太陽に突っ込むのにも似ているし、自己犠牲の死という意味では『グスコーブドリの伝記』なんかも思い出しますね。「新古今」という意味がわかるような気がしてきました。

凌統  だけど兄貴は赤い星と一緒に死んだりはぜず、星を破壊したあと、また地上に戻ってきたよな。なのに孔明を救うために……。

諸葛瑾 孔明が消えちまうのを止めるため、玉璽そのものを破壊して、そのため自分も命を落した……。だけど、あれを悪く言う者がいるのには驚いたね。ニコニコ動画のコメントだからもう流れちまったか、あるいは動画そのものが消えちまったと思うけど。

凌統  動画削除されてるけど、俺も見たよ。もう孔明と離れるのは嫌だって兄貴が玉璽を壊したのを、「わがまま」と呼んでいるのを見たときには、驚きとか怒りを通り越してただ悲しかったな。

甘寧  そんなコメントは愛したことがない奴のすることさ。

諸葛瑾 陸遜が孔明をあきらめなかったことを、最後まで成長しなかったと非難するんだからね。でも、「成長」をそこまで信じられるなんて、書いた人は「コドモ」なんだな――「成長」なんてありえないと知ったときに人は大人になるのだから。陸遜を〈究極の光〉として産み出す〈究極の闇〉となるべく悪行を重ねたから自分は消えてゆくしかないって孔明は言ったけど、孔明にとって陸遜を失うのは死ぬより辛かったろうに。それくらいはわかってやらないとあいつが可哀相だよ。

呂蒙  陸遜は結局、われわれ六駿の仲間ではなかったのですね。

凌統  どういうことだよ、呂蒙。兄貴が仲間じゃないって。[気色ばむ]

呂蒙  ただひたすら強さを目指す、男の子向けの〈物語〉に馴致されなかったってことですよ。凌統に慕われても、皆に説得されても、太史慈に殴られても。

太史慈  わからねえ……。何が言いたいんだ。

呂蒙  僕たちは孔明どのを悪と決めつけ敵に回して戦う、いってみれば単純な役回りでしたよね。玉璽に選ばれるといっても、力が増し、武器が変形するだけ。関羽どのや劉備どののように、武器と合体したようなのもありました。朝の番組なら、子供向けの玩具を売ることもできたでしょうが、深夜番組では無駄なこと。それでもそうなったのは、僕たちの出自が〈スーパー戦隊〉的な、集団で戦うヒーローだったからでしょう。でも、陸遜は違うのです。陸遜はどこか別のところから来ていて、それゆえ、大義のために死ぬという物語の定型を受け入れなかった。

諸葛瑾 そうか、孔明でさえ、自分が闇となってまで陸遜の力を引き出そうとしたのは〈共同体〉を救うという大義のためで、そのためには自分が死ぬことも辞さなかったわけだけど、陸遜はそれすらもすり抜けて、ただひとり愛に殉じたってことだね。〈物語〉にとっては過剰な愛に――。

凌統  そうか。やっぱりカッコいいぜ、兄貴……。カッコよくなくてもいいから、生きていてほしかったけどな。

甘寧  俺たちが〈スーパー戦隊〉だというのは面白いな。男の子向けか……。

凌統  いや、お前は絶対、女性向けだぜ。

諸葛瑾 本当に男の子向けだったら、炎烈鎧もヴァージョン・アップすることだし、確かに武器のオモチャをつぎつぎ売れたよね。でも、「鋼鉄」は、その代り大人向けに十二分に商品展開してるでしょ。CD、DVD、小説、マンガ、資料設定集にトレーディング・カード、ボイスディスク、携帯ゲーム……。

呂蒙  日曜の朝の番組だったら、グッズを大人買いしてもらった上に、子供のお客にも買ってもらえたところですよ。劉備どのが操るドラゴン、というかドラゴン化する劉備どののフィギュアとか、赤兎馬化する関羽どのとか。

諸葛瑾 日曜の朝と言えば、『仮面ライダー電王』では、イマジン(3)の写真集まで出るそうだね。たまたまイマジンの一人があたしと同じ声なんだけど……。デンライナーがドラゴン化したときには、あたしも劉備どのを思ったよ。

凌統  その写真集って子供向け? 

諸葛瑾 あ、あたしは大人向けと思って疑わなかったんだけど、そうか、それはナゾだな……。だけど、声優人気で、オープニングの主題歌が十一月になってイマジンたちのコーラスに差し替えられたし、「鋼鉄」同様、イベント(遊園地のショーじゃなくってさ)もあったけど、やはり女性ファン中心だったらしいね。

凌統  いや、「仮面ライダー電王ブーツ」って、菓子を詰め込んだクリスマス用のを店で見かけてさ、思わず足を止めて、いや、さすがにこれは大人用じゃないなと思ったもんで。

諸葛瑾 子供向けと「鋼鉄」の違いを言えばさ、「電王」の場合は、主人公のお姉さんである愛理さんと、婚約者である未来の桜井侑人という、ヘテロカップルの恋が成就して終わるよね、間違いなく。

甘寧  どんなに途中でイマジンが暴れようと終着駅は決まっている。

呂蒙  マルクス兄弟のドタバタが、美男美女のハッピーエンドで収束するのとも似てますね。

太史慈 お前のたとえはわかりにくいんだよ!

諸葛瑾 鋼鉄の場合は、ある意味、孔明と陸遜がその部分を担ってたんだよね。

孫権  私は当て馬だったわけですね。

諸葛瑾 わが君……。

凌統  でも、孫権は、俺たちは凍らされていて知らなかったけど、雪原を旅しながら陸遜といい感じになっていたんだろう?
  
孫権  [静かに微笑む]私は最初は、陸遜の婚約者という設定だったとか。それが姿も声もそのままで男になったので、いささかジェンダー・トラブルのもとになったようです。

諸葛瑾 そうか、わが君は本来「愛理さん」の役どころだったんですね。それだったら、二人が接近するのもわかるし、陸遜から見れば、子供同士だったとはいえ婚約者が父の仇の妹になってしまうという悲劇的な設定でもあったわけだ。

呂蒙  YouTubeにフランス語字幕をつけた「鋼鉄」がありましたが、断り書きによればSonkenとRyoutouの性別について、翻訳者はテレビ東京まで問い合わせたそうです。 フランス語だと代名詞に性別があるばかりでなく、主語の性別で形容詞の形が変わりますから、男として訳して見る人に不審に思われないよう断りを入れたんですね。

太史慈 りょ、呂蒙、お前、おフランス語もやってるのか!

呂蒙  だから「士、別れて三日なれば」ですよ。いつまでも「呉下の阿蒙」ではありません。

凌統  孫権はともかく、俺まで疑われてたのかよ。

甘寧  お前は絶対、昔なら、男の恰好をして生きてきたおてんばで、陸遜に出会って男装を解くってタイプだな。

諸葛瑾  リボンの騎士、ベルサイユのばら……でも、萩尾望都どのの『11人いる!』のフロリベリチェルリ・フロルが一番近い感じだね。

甘寧  喋る言葉もべらんめえだし、直接あそこから来たのではないか?

凌統  ふん、好き勝手言ってやがる。俺は、兄貴が好きだから女になるなんて言わなかったぜ。

孫権  だから今や、凌統のようなタイプが男のままで生きられるようになったのですよ。でも、私は……。

凌統  ……お前は?

孫権  孫権はもう女でいい、女として見るという書き込みが、ずいぶんニコニコ動画でされてましたよね。たぶん、ヘテロセクシュアルの男性から。

諸葛瑾 おちびについてもそれは言われてたけど、わが君の場合の方がよりシリアスだったね。特に「雪原の逃避行」になると。

孫権 「逃避行」って……[微笑む]。公式サイトが真先にその言葉を使って煽っていましたが、劉備どのの攻撃を逃れながらの旅とはいえ、あれは陸遜と私が駆け落ちしたわけではありません。私の側の感情がどうであれ……。あれを男同士のカップリングと、どうして皆は見てくれなかったのでしょうね。

太史慈 か、かっぷりんぐ。わが君までがそんな言葉を……。

凌統  孫権、お前……。前から一度聞いてみようと思ってたんだけど、お前、本当は女に生まれたかったの? つまり、女で、陸遜の婚約者という設定だったら、その方がよかった?

孫権  いいえ、そんなことはありませんよ。だって、もし女という設定だったら、大義に殉じる男たちを見守る、二流のポジションに甘んじることになっていたでしょうから。男同士の関係を女との関係より上においた、ホモソーシャルでミソジニックでホモフォビックな作品なら、枚挙にいとまがありませんよね。「鋼鉄」がそうならなくて本当によかったと思っています。

諸葛瑾 わが君が女性設定だったら、皮肉なことにその方がミソジニー[女嫌い]になるってわけか……。実は〈愛〉は今までもつねに勝ってたんだよね。ただそれが男同士の友情と呼ばれていただけで。表向きは〈婚約者〉と結ばれても、実は男同士の関係の方が称揚されてるってのはよくある図式。でも、そのわが君が男なので、ホモフォビックかどうかってのは微妙だな。

呂蒙  むしろ作品外で、ホモフォビックな言説が吹き荒れてましたね。

諸葛瑾 ホモソーシャリティとホモセクシャリティのあいだになんとしても線引きしたい連中がいかにいるかってことだな。

孫権  しかも、攻撃対象は彼らのいう「ガチホモ」(現実のゲイ男性)じゃなくて、「腐女子」なんですよね。ゲイ男性はその場にいないことにされる一方、「腐女子」はいくら罵倒してもよい存在とされている。それが不愉快でした。

諸葛瑾 そうした攻撃はまた、「腐女子」がゲイ表象の担い手とされることで、一方ではゲイ男性からも、女性がゲイ表象を〈占有=流用〉して彼らを排除しているかのように非難される立場に女性を追いやるんだよね。だけど、「鋼鉄」のようなホモエロティックなほのめかしなら、「腐女子」がポピュラーになる前からいくらでもあったじゃない。アリバイに〈婚約者〉を置いてただけで。

凌統  さっき俺のことをなんだかんだ言ってくれたけど、回想シーンで甘寧が黄祖に捕まるところ、矢が刺さっている状態で顎を持ち上げられてただろ。あの瞬間、黄甘萌え大発生だったな。ニコニコにうpされた映像には、「コヤツめ。ハ・ハ・ハ」とか科白まで書かれてたぞ。

甘寧  それは捏造だ! 黄祖さまはそんなことはおっしゃらなかったぞ! あれは俺が負傷してやむをえず捕虜になっただけの話ではないか。

凌統  いやー、「男の子向け」の作品で、ああいう場面よくあったんだよな。敵同士、負傷、介抱、捕虜……。ばっちり定番だぜ。

諸葛瑾 以前は隠されてたんだよね。そのエロティシズムが、わかる人にはわかるっていう形で。

呂蒙 ハリウッド映画に密かに(実はあからさまに)あらわれていた同性愛の表象については、『セルロイド・クローゼット』[ヴィト・ルッソの著書。未訳。映画化もされている]に詳しいですよね。英語字幕で鋼鉄見る人が、ゲイの話? と色めきたつのは当然なんです。

孫権  NHKの大河ドラマなんかも、昔から隠し味だらけでしたね。好きな人(もちろん男の作り手でしょう)がいたんでしょうね。

呂蒙  『北條時宗』あたりからでしょうか、はっきり狙うようになったのは。

諸葛瑾 時宗と下僕ね。今となっては懐かしい。

凌統  それもだけど、「兄上」だよ!

諸葛瑾 あ、兄弟もの。そういえばあったねえ。

凌統  そんな、ひとごとみたいに。お前、当事者だろっ!

孫権  最初は、六駿随一の地味キャラと思いましたが……。

諸葛瑾 ……え? あたしのことですか?

甘寧  カップリングからも外されていたしな。

呂蒙  それが、弟本命の、蜀のバルコニーの場で大ブレイクでしたね。

凌統  「もうあたしたちに過去はない」って、いったい過去に何あったんだよ、すげえ思わせぶり。

諸葛瑾 それは今、鈴木どのが書いてくれているさ。

孫権  諸葛瑾にこんなに萌えることになるとはって、ブログで言ってる人がいましたよ。

諸葛瑾 そりゃ、諸葛瑾といえば「演義」の昔からロバづら、弟にコンプレックス(これは公式の設定にも残っていたね)、『STOP! 劉備くん』では穴掘ってたし、まさかこういうことになるとはね。あたし自身も含めて誰も予想しなかったと思うよ。

凌統  それも、兄弟萌えがデータベースにあるおかげさ。

太史慈 [傍白]ああ、全然話に入れないっ。せっかく戻ってきたのに。

■ミソジニーあるいは隠された女

諸葛瑾 女キャラはデータベースにないんだよね。

呂蒙  そう。あるけど、すごく貧しい。

凌統  『北條時宗』も女キャラはひどかったな。時宗に変なボーイッシュ女がからんで。

諸葛瑾 おきゃんで、男まさりで、美人というより可愛い女の子。

甘寧  [凌統に]お前も女だったら絶対ああいうキャラだな。

凌統  うるせえ! 

呂蒙  だけど、陸遜の方は女らしくおしとやかなわが君に熱をあげて、というありがちな展開。

凌統  なんだ、呂蒙まで!

諸葛瑾 わりと最近の大河なら『義経』の、滝沢義経と結局は結ばれない上戸彩かな。あれ、松平健の弁慶がよかったのに、弁慶にまで女をあてがう趣味の悪さだったね。

甘寧  そうか、「鋼鉄」のヒロインはわが君と凌統か。それにしても〈女〉にはヴァリエーションがないな。

孫権  そう、今は変わったようですが、昔の「戦隊もの」ではそれこそ紅一点で、役割=〈女〉でしたからね。

諸葛瑾 「鋼鉄」だって、おてんばとおしとやかと年増女で尽きている。

凌統  誰だい、年増女って……孔明か?

甘寧  バカ、曹操だよ。

諸葛瑾 「電王」の場合は年増女はナシ。「年増男」ならデンライナーのオーナーという重要な役としているのにねえ。総じて年増女は悪役さ。白雪姫の母親が代表格だけど。

孫権  劉備どのを忘れていませんか? 「鋼鉄」で三国のあるじがそろって〈女〉の外見で出てきたことは、最初、見る人を結構驚かせたと思うのですが。

呂蒙  あの方は子供……。いい意味でも悪い意味でも。

孫権  劉備どののイノセンスには、ときどきハッとさせられました。関羽と張飛が孔明の擬似玉璽で正気を失い、一騎打ちをはじめた時に、必死になって止めに行ったり。

諸葛瑾  あのときは、いつもはおすましの孔明がはっと驚く、珍しい表情が見られたねえ。

呂蒙  孔明どのが、自分は今は劉備さまだけにお仕えしていますと言ったときに、「仕えるだけ?」と返した劉備どの……わかっていたんですね。

孫権  同じ君主として身につまされます。

呂蒙  一方で、張飛どのが小鳥を殺したのを劉備どのがとがめたとき、生かしておけば花が咲くまでの退屈を慰めてくれたかもしれないのに、とおっしゃったでしょう。子供の残酷さですね。

諸葛瑾  それから、劉備どののドラゴン、あれは本来なら魔女の役回りだよね。年取った(=醜い)女の怪物化。それを子供がやっていた。

呂蒙   男しかいないと評判だった「鋼鉄」にも、そういう形で〈女〉は隠されていたんですよね。孔明どのの女性性も、僕は結構気になるんですけど。陸遜という光を「産む」ことひとつ取ってみても、明らかに〈母〉の隠喩でしょう。

諸葛瑾  おまけに最後はピエタだし。

呂蒙  そうか、あの図は母が逆縁の息子を抱いて嘆いていたんですね。陸遜が裸の劉備どのを抱いて見取る場面の反復? とは思ったけど、そうだったのか!

諸葛瑾  孔明を母と見るとセクシュアルな関係性が弱まるけれど、〈母〉を生物学的な母から引き離して非本質化することにもなる。このあたりも両義的だな。

孫権  そういえば「電王」の、桜井侑斗と契約しているイマジンのデネブ、彼は侑斗に素敵な和食を作ってやり、友だちができるようにと世話を焼くので、ウェブでは「おかん」と呼ばれてますね。

凌統  デネブってすごく好きだけど、メシを作ると自動的に母親扱いっていうの、俺は嫌だな。呂蒙、嫌じゃない?

呂蒙  僕自身は、個人的には嫁と言われようが母親と言われようが気にしませんが、嫌だというのもわかりますよ。

諸葛瑾 あたしも「おかん」扱いはどっちかというと好かないな。レズビアニズムを母娘関係の転移と見る人が、同性愛を脱性化したがっているのは明らかだけど、デネブを「おかん」と言いたがる現象にもそれに似たものを感じてしまう。逆に、〈母親〉をジェンダーから自由にしていると見ることももちろんできるけど。

孫権  デネブって本来は弁慶のイメージだそうですね。

凌統  弁慶と牛若丸っていったらベタじゃん。さっきも出たけど。

呂蒙  大男と小さ神のカップルについての研究が松田修どのにありますね。

諸葛瑾 それも面白いけど、でも、デネブのキャラはそれを軽く超えてると思うよ。彼もイマジンの一人なんで、要するに敵の怪人と同列で、憑依してるっていうのは一種の寄生体でもあるんだけど、その怪人がホストである人間をかいがいしく世話するなんて前例あるのかしらん。「おかん」なんて名前で矮小化してほしくないなあ。

呂蒙  身体を乗っ取られるっていうのは恐怖でもあるけれど、エロティックな経験にも通じますよね。今の「寄生体」っていう言葉で思い出しましたが、岩明均の傑作『寄生獣』でも、最後は主人公が女の子とカップルになって、主人公の右手に寄生したミギーは身を引きます。

凌統  あのマンガをそんなふうに読んだ奴にははじめて会ったぜ! だけど(諸葛瑾もさっき言ったけど)侑斗も、もうすぐデネブと別れて、記憶を取り戻した愛理さんと一緒になるよね。

諸葛瑾 仕方ないさ。ヘテロが勝つ物語だから。でも、みんなはデネブを忘れないよ。

■そして物語は続く

呂蒙  ところで最初から気になってたんですけど、この座談会のタイトル「『鋼鉄三国志』は〈事件〉か?」ってどういう意味なんでしょう。

孫権   鈴木どのの電子信にあったのをそのまま書かせたのですが……。

諸葛瑾  あたしにもはっきりはわからないけど、制度的な物語に乗っただけなのか、それとも、既製の認識に罅を入らせるような衝撃たりえたか? というくらいの意味じゃないのかねえ。まあ、えてして〈作者〉は何も考えてなかったりするからね。

太史慈  そんな無責任な!

諸葛瑾  書かれてもいないことを、自分はこういう意図で書きましたと言いつのるよりいいんじゃないの? 

孫権  今までの話からすれば、ウェブ上でそれだけホモフォビックな反応を惹き起こしたということ自体、〈事件〉たりえた証拠なのではないでしょうか。

呂蒙  陸遜の孔明どのに対する愛着を、よるべない孤児になったところを孔明に救われたんだから孔明がすべてになっても不思議はないと言って納得しようとする人たちがいますが、あれも、脱性化して衝撃をやわらげようとする反応なんでしょうね。

甘寧   縁なき衆生はどこにでもいる。

孫権  でも、過去の文化を考えると、ここまで日本人がヒステリカルにホモフォビックな反応をするというのは本当に不思議です。

諸葛瑾  一方で、さっき言ってた甘寧と黄祖の出会いの場面に、エロい、エロいとコメントが書き込まれるような事態が起こっている(だからこそ反動も強いのかもしれないが)。これ、あたしはいいことだと思うんだよね。前回のこの連載で、鈴木どのが守如子どのの文章から引かれて、「女性もフツーに自分の性的なファンタジーの「ツボ」を表明できるようになってきたのは文句なく良いこと」であると書いていた、そういう意味で。

甘寧  それは……今は削除されているのだろうな?

諸葛瑾  「コーラ」の前の回だから残ってるよ。

甘寧  いや……。

凌統  甘寧の言ってるのはニコニコのことだろ? 本編じゃなくMADだから残ってるよ。あの絵のところで「右下の矢は彼に刺さってます」ってわざわざコメントで説明してくれてる人までいたんで、即、「マイメモリー」に入れといた。甘寧、お前、見たいのか?

甘寧  いや……。

凌統  見たいなら見たいって言えよ。

呂蒙  まあ、事件たりえたかは、ここで僕たちが軽々に結論を出すことではないでしょう。むしろ僕たちがここで話していることも含めて、今も進行中の〈事件〉なのではないでしょうか。

凌統   さすが呂蒙、優等生的にまとめるなあ。

諸葛瑾  それに「鋼鉄」はまだ終わってないしね。

太史慈  え? 何だって?

諸葛瑾  太史慈は知らなかったんだね。最終回のその先がある。

凌統   少なくともあと一回はあるんだ。来年三月発売のDVDに入るんだよ。三年後の設定さ。

呂蒙   なんと姜維が出てくるんだよね。

甘寧   凌統が主演だぞ。

諸葛瑾  これで姜維が陸遜の顔をしてたら、もう絶対「天華」だね。

呂蒙  「天華」の姜維は周瑜さまそっくりでしたからね。

甘寧  なに?

凌統  いや、「天華」の周瑜さまだからね、お前には勧めないよ。

孫権  三年後……凌統の衣裳が楽しみですね。

太史慈 さすがに絶対領域はなしか。

甘寧  それは残念だ。

凌統  そんなことより、俺の背がぐんと伸びていることを期待してくれ。

呂蒙  孔明どのはどうしておいでなんでしょうね、三年後。

諸葛瑾 うん……。本当にやる気なら一回では描ききれないだろうけどね。

甘寧  陸遜そっくりの姜維を凌統と孔明で取り合いか。

凌統  オイ!

呂蒙  太史慈復活が実現すれば、こんな嬉しいことはないんですが……。

太史慈 少なくとも一回って、もっとありうるってことか?

孫権  第二期……あるんでしょうか?!

凌統  だけど、蜀がないんだぜ。孔明が戻って北伐しようにも。

呂蒙  仕えるべき劉備どのもいない。

太史慈  二国志か。

諸葛瑾  もう、玉璽もないしね。

甘寧   いったいどうなる?

一同   どうにでもなるさ、「鋼鉄」だもの!

[扉が開いて、席を外していた張昭が入ってくる。]

張昭  お話中失礼つかまつる。至急わが君にお目通りをという者が来ております。

孫権  誰ですか?

張昭  それが……召還されてきたと申す若者で……。

[張昭の後ろからひとりの少年が入ってくる。一同の視線が集まり、その頬が赤らむ。]

少年  あの、僕……。

孫権  陸遜! 

太史慈 陸遜!

呂蒙  陸遜!

諸葛瑾 陸遜!

凌統  兄貴!

甘寧  陸遜!

少年  突然お邪魔して申し訳ありません。僕、姜維といいます。

[一同、ざわめくうちに……暗転〕


(1)アニメ『鋼鉄三国志』はテレビ東京系列の深夜番組で、2007年4月5日から9月27日まで(関東地区の場合)に25本が放送された。

(2) 鈴木薫『裏説 鋼鉄三国志 第一集 紺青の別れ』第二話。

(3) イマジンとは『仮面ライダー電王』に登場する未来人。精神だけが2007年に来ており、〈契約者〉となった人間に憑依してその身体を使い、あるいはその人が思い描いた姿(物語の登場人物や動物をモチーフとした怪人。イマジン体)として実体化する。主人公には未契約のままモモタロス(桃太郎の鬼のイメージらしい)ほか計四体のイマジンが憑いており、副主人公というべき後出の桜井侑斗はデネブと呼ばれるイマジンと契約している。イマジン一般は過去を変えようとしている悪玉なので、彼らはいわば裏切者である。デンライナーは「時の運行を守る」列車で一種のタイムマシン。未契約のため外部世界では身体を持てないモモタロスたちは普段はここの食堂車に(イマジン体として)いて、主人公が「電王」に変身した際、彼に憑依して敵イマジンと戦う。


★プロフィール★
鈴木薫(すずき・かおる)手作り本「裏説 鋼鉄三国志」シリーズ、『第一集 紺青の別れ』『第二集 黄昏の百合』に続き、『第三集 夏のなごりの薔薇』を近々出します。ブログ「ロワジール館別館」に通信販売の案内を載せますので、奇特な方、よろしくお願いします。(代 諸葛瑾)
ブログ「ロワジール館別館」

Web評論誌「コーラ」03号(2007.12.15)
「新・映画館の日々」第3回:緊急座談会「『鋼鉄三国志』は〈事件〉か?」by 鋼鉄オールキャラクターズ(鈴木薫)
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