比叡山 志賀の大仏から比叡アルプス
2018.12.09


 
一本杉から琵琶湖鈴鹿を望む


2018.12.9(日)曇り時々小雪  4℃ Ikomochi

コース:
・京都駅JR湖西線9:14発→大津京=京阪大津京→滋賀里駅9:37着→志賀の大仏10:10=10:20→夢見ケ丘分岐→尾根道12:00=12:20→一本杉12:30→比叡アルプスへ12:40→P383/14:50→地蔵谷登山口15:10=15:20→地蔵谷バス停15:30→北白川琵琶町バス停15:50→バス





 足の調子を見るにはどこが良いかなあ?と考えて、久々比叡アルプスに行くことにしました。でもびっくりハプニングがあって、へとへとの山行となりました。

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 長らくご無沙汰の北山が気になるけれど、足の調子がどの程度かまだ見極めがつかないのでどこかなあ?と思案、そうだ!久々比叡アルプスに行こう!と決めて、地図をプリントしていそいそと準備。滋賀里駅にはJR大津京で乗り換えるとよいと分かって、初めて京阪大津京駅を使用、かつては皇子山駅までてくてく歩いていたのでJR線の高架下にある京阪駅はとても便利だ。

 滋賀里駅は冷たい風が吹いて白いものもちらちら舞う。気温は4℃、とても寒い。駅の真正面に大きな鳥居があるので目指す。滋賀里の集落は歴史的な史跡が点在しているそうで案内板が辻々に立っている。

京阪滋賀里駅 滋賀里は古い史跡が多い
烏瓜 珍しい 綿帽子を被った仏さん

 鳥居の脇を抜けて集落の道を比叡山を目指す。急な坂道から振り返ると、琵琶湖が一望だ。百穴古墳群の遺跡をちょっとみて、まだ赤色が鮮やかな名残の紅葉を眺めながら川沿いの道を行くと、立派な建物があって「志賀の大仏」がおわす。北白川の子安観音と共に山中越えを守る岩を削った阿弥陀様。女性が一人休んでいて話しすると、今日は比叡山まで登るそうで軽快な足取りで先に行かれた。

竪穴式古墳 百穴古墳群
名残の紅葉 志賀の大仏

 大仏からしばらく進むと、志賀越えの道との分岐に出る。川沿いに山に分け入っていく。仙人が住んでいたという金仙滝の洞窟をのぞいていると後ろからおじさんが追い付いてきて、この人も比叡山に登るそうな。深い山でもないのに、ザックに吊るした鈴がリンリンとうるさい。この方もさっさと歩いていったので、のんびり後を行くと、途中で休憩していて、自分でも気づいたのかその後鈴の音はしなくなった。あー静か、やれやれ。

崇福寺跡に寄らず川沿いに進む 石室で修業したという金仙滝

 新しく造ったのか堰堤がいくつかできていて、脇にある階段を上っていく。しばらく行くと左側の山手に一直線に登る階段が現れた。こんな階段登ったっけなあ と考えながらともかくよじ登っていく。

新しい堰の横を登る 長い階段を上る

 尾根道に合流、しばらくして夢見ケ丘のドライブウェイ脇に出た。いくら記憶をたどっても階段は思い出せない、きっと以前は谷から尾根に上る山道を歩いたのだろう。冷たい風が吹き雪がちらちらするので先を急ぐ。

 ここから四ツ谷川の谷間を目指して下る。なにやら人声が聞こえるなあと下を見ると、たくさんの登山者がいましもこの道を上ってこようとしている。ともかく私は下へ。上ってくる団体さんはすれ違うのができない道なのに中高年20名以上がどんどん押し寄せてきてじっと待っている私を見ても「こんにちは」というだけで、誰一人「先に通してあげてや」と声を掛けるでもない。

 しかも倒木を乗り越えるのにきゃあきゃあ騒いでいるので、だんだん腹が立ってきて「すみませーん、一人なので先に行かせてくださーい」と大声を上げると、初めて「通してあげてや」だって。こんな団体さんのリーダーはいまいちやなあ。次に出会った数名のグループはちゃんと私を先に行かせてくれた。そうこなくちゃ!

尾根道に出合う

 四ツ谷川の上流から尾根に出るにはまた長―い階段を休み休みよじ登る。こんなんあったけ?思い出せない。やっと小さなこぶに出て、ちょうど12時のサイレンが聞こえたので休憩しておにぎりをほうばった。人声も聞こえず風も吹かず暖かい陽だまりでしばしほっと一息。

 こぶから直ぐにドライブウェイとの分岐に出たので、ロテルド比叡を目指す。ホテル前の車道を横切って一本杉へ。見晴台からは曇り空の下、遠く鈴鹿の山並みが見えて、ツンと先がとがった山が2つ見える。御在所と鎌ケ岳かなあ あれは御池藤原やなあとしばし楽しんでから一本杉の大杉に近づくと、なんと!無残なことに、下のほうから大きく張り出していた枝が真ん中でぽっきり無くて。これも台風のせいなんかなあ。不細工な姿になって気の毒。

一本杉の大枝がない! 比叡山を望む

 元叡山閣現在精華大学の映像研究所の入り口は立入禁止の札が下がるが、荒れて人の気配がない建物の横を通り抜け電波中継所の建物の脇をすり抜けて比叡アルプスの入り口に出る。ここでとっとっとと目の前の尾根に進まないように気を付けて、建物を左へ回り込むと、眼下に広がる京都市内。白い白川砂の尾根道が下っている。どうもバイクが乗り込んでいるようで深い轍に砂が削られ歩きにくい。侵入は止めてほしいなあ。

砂地にバイクの轍が刻まれ 開花準備中の馬酔木

 でも平らな尾根道は気持ちよくて、あと1週間早かったら黄葉が見れたかも。尾根はさすがに冷たい風が吹き、両側の斜面特に南面の大木がごっそりと倒れている。今年の台風の凄まじさがここにもあった。道をふさいでいた倒木はきれいに切られていて、歩きやすい。整備してくれた方たちに感謝です。

快適な尾根道が続く 台風被害が続出するが

 白鳥越えから大鳥居に下るP543の丸い砂山までは順調に歩いてきた。ここから急傾斜の下り道が出てくるので、慎重に足を進める。幸いなことに膝痛はまだない。下りで足を踏ん張りながら、鉄塔まで出てしばらくアップダウンを繰り返しながら下っていく。大きな岩が山頂に座っているこぶ、落ち葉の上の踏み跡が怪しいので慎重に道を見つけながら歩いていてふっと西の斜面をみたら、登山者らしい人の後姿が見えた。

P543の分岐 根こそぎなぎ倒されている

 あれ あの人どこから現れたんやろう と怪訝に思いながらも、下の谷をのぞいて探している風なので「こんにちはー 道はそっちでしたっけ?」と大声を掛けたら「道がみつからない」と返事。わたしは道を見つけたので「道はこっちですよー」と声を掛けて先に下っていった。ここらは同じような岩の乗っかったこぶがいくつかあり、もうすぐ下山道やなあ と何回かすっぽかされ、でも踏み跡ははっきりしているのでどんどん歩いていると、ふっと後ろをみたらさっきの人が立っていた。

 おじさんだった。そして、「今日は朝から比叡アルプスに登ろうと思ってきたけれど道が分からなくなった」という。「へえ どこから登ったんですか?」「修学院から大鳥居のとこに出て、そうや 昔登った比叡アルプスに行こうと思って川を下りかけたら谷の倒木が凄くて、最初は乗り越えて歩いていたけれどこれはあかん と思って、こんな時は尾根に上がればいいと斜面を登ってきたんだけど、道がわからなくなった」「でも今いるところが比叡アルプスの道ですよ」「???」。

砂地の下りを踏ん張って歩く てん子山が見えるともう少しだ

 聞けば修学院を8時に出て、谷から尾根にと倒木を越え倒木を潜りと難儀したそうな。私に出会った2時過ぎまで食事もせずに道探しをしていたとか。「ともかく待っててあげるからちょっと食べたらどうですか?」「いや 大丈夫や」というので、そのおじさんを従えて地蔵谷を目指すことになった。

 「ここには昔よく来ていたから見知った場所で、知ってるところをうろうろしていた」「でもこの道も様子が変わったりどこもおんなじような道に見えたりしますよねえ」それからおじさん 緊張がほどけたのかしゃべるしゃべる、自分がどんなに山を歩いてきたか 比良や大文字 地蔵谷の温泉はお馴染みさん 果ては将棋が趣味で棋譜を覚えるのにどんだけ勉強しているか ここはさっきも通ったとか云々かんぬん。

 わたしも久々の比叡アルプスでしかも下山道は落ち葉が堆積してへんな踏み跡がたくさんあるから迷わんとこと必死なのに、うるさい 黙ってくれ と叫びたいのを我慢して生返事していると、小倉山で迷って山中泊して早朝トロッコ道を歩いて亀岡に出た話とか得意げにまくし立てる。

 お蔭で一か所尾根を下りかけて「あれ?おかしい!引き返します」と登り返して、やっとP383に着いてはっきりした下山道を見つけたときはほっとした。下から一人山ランの男性が登ってきて、もうすぐ谷ですよと教えてくれた。

大岩のピークが次々現れる しっかりと下るおじさん

 おじさんはというと、P383に一か所あったペンキ印を見つけて「あー印があった、嬉しいなあ」だって。地図らしきものも持ってない風だったので、テープをたどる人なのかも。75歳越えというそのおじさんはストックも持たず慣れた様子ですいすい下っていくので、足腰はしっかりしているのだろう。

 15時10分に無動寺川に出た。瓜生山からの分岐には立派な地図がかけてあった。ここまでくればもう一本道、「私はちょっと休憩します」というと先に行くからと地蔵谷へ歩いていくおじさんの後姿を見送って、どーっと疲れが押し寄せてきた。瓜生山から帰ろうと考えていたけれども寒さと緊張で最後は太ももが攣るし、わたしもさっさと帰ろう。

谷の分岐に立派な標識が出来た おじさんを見送ってやれやれ

 無動寺川は倒木があちこちをふさぎ、川砂が堆積して山道もところどころ消え渡渉を繰り返す。増水したら通れないときいていたけど、ほんま様変わりしている。堰堤を越えて林道に入るともうすぐ出口。ここに来たらいつも温泉に寄っていたけれど多分さっきのおじさんも立ち寄っていそうで、バス停に向かう。バスの時間がだいぶあるので車道を歩いて北白川へ向かう。20分ほどで北白川琵琶町の停留所に到着。ここは小さな広場になっているのでザックを降ろしストレッチしたりお茶を飲んだりしてバスを待った。

倒木を越えて谷を下る 堰堤手前から林道に出る
対岸の斜面をよじ登ると383尾根に着く 北白川琵琶町バス停

 三条京阪行のバスに乗り北白川別当町のバス停を過ぎたところで、窓外に「ラーメンあかつき」の看板が見えた。「あかつき」は鹿児島ラーメンで育った私にとって京都で「ラーメンはこれや!」と感激したラーメン店。たかばしの〇旭も〇館もなんで行列ができるの?という味だけど、ここは美味しい。で、次の百万遍でバスを降りてくてく引き返して定食をドドンと食べて、やーっとほっとした。でも、まだ頭の中では、しゃべりまくるおじさんの声が響いていた。

あかつきのラーメンお奨め

 あの時 声を掛けなかったらまだ山中を迷ってはったかも、今日はビバークは無理 低体温になってしまう。

 私が山の略図を書いても「・・・・」あっちが比叡でこっちが大文字でと言っても「・・・」地図なし 携帯は山では通じないから持たない 奥さんにも行き先は言ってない様子「家内に話しても仕方ないから・・」きーっとこういう人が道迷い遭難するんやろうなあ と、ほんまあの時ようこそ声かけたもんや、お節介は大事やなあとつくづく思う。

 この紀行を書くにあたって、比叡アルプスは2013年以来やったと分かり、再度山地図を作製したが、おじさんが迷い歩いたであろう辺りは尾根と沢が入り組んでいて、少なくとも3~4時間は同じところを歩き回っていたんじゃないかと考えるとさらにぞっとする。 わたしも気を付けよう!知ってる道だから 知ってる風景だから と軽く考えて歩かんようにしようと、気を引き締めたところです。みなさんもくれぐれも里山を甘く見ないでください。

                             【 記:ikomochi 】