獣医師

(2004年1月12日UP)

 

 

 以下の文章は現役で活躍する獣医師の方からの投稿です。獣医師を目指す高校生にとっては、現場からのナマの声は、大いに参考になると思います。
 

1.獣医師のイメージ

 獣医師=動物のお医者さんというイメージが一般では浸透していますが、実際に獣医師となって獣医療に携わるのは家畜を合わせても約半分にすぎません。さらに言えば、いわゆる動物病院の獣医師として働き続ける人は全体の3割程度です。(農水省調べ)獣医師とは一つの資格ですが、その資格を持つ人は獣医療のみならず、実に幅広い分野で働いているのです。



2.獣医師になるには
      
 

  動物病院はどの街にもあり、ごくありふれた施設でしょう。しかし、実際には獣医師の数は少なく、獣医師は3万8000人(日本獣医師会調べ)、国家試験を合格した新獣医師は毎年1000人足らずしか誕生しないのです。

 3万8000人という獣医師人口は、同じ6年過程である医師29万人、歯科医師10万人、薬剤師28万人(いずれも厚生労働省調べ)と比較すると非常に少ない数です。このように認知度の割に大学が少なく、獣医学部・学科(便宜上、以後「獣医大学」と括ります)は医学部並みの難関とされています。

 一口に獣医大学と言っても、大学によってどの分野に強いという特色がある点にも若干注意してください。例えば小動物臨床に強い大学、大動物臨床(家畜)に強い大学、研究に強い大学、国家公務員への就職に強い大学などです。獣医大学のレベルは一部を除いて均一なので、大学選びの際は大学の特色と自分が希望する職場を考えるのもいいでしょう。

 獣医師の免許を得るためには、医学部・歯学部と同じく6年の過程を修めなければなりません。獣医師は多くの分野で働く仕事であるため、「獣」だけでなくは虫類、魚や虫、公衆衛生など実に様々な分野について学びます。また、実習が多いのも特徴です。実習 では時間制限はありません。解剖学実習など深夜に及ぶこともしばしばです。



3.獣医師の仕事について

 獣医師になるため、決して楽ではない道のりを超えなければならないことはご理解いただけたと思います。大学入試、国家試験というハードルを越えて獣医師となり、高度な専門性を発揮して社会に貢献します。しかし、その評価、特に給与面での評価は恐らく世間で考えられているよりかなり低いものです。次から代表的な獣医師の仕事について説明しますが、実際にはこれ以外にも多くの分野で獣医師は活躍しています。

(1)臨床獣医師(小動物)

 これからの内容は、動物病院に勤務する獣医師を目指す方にとって多少ショッキングかもしれませんがあくまで事実です。なぜ最初8割の動物病院希望者が、実際の就職の段階では3割に減ってしまうのかも理解できるでしょう。

 私は3つの動物病院を経験し、他の獣医師仲間からも情報を収集しましたが、だいたい初任給で年収250〜400万円です。平均 的勤務時間は1日約13〜14時間です。出勤日数を年300日、一日平均14時間勤務、2年目で年収350万円とします。すると、年収350万円÷(300日×14時間)=時給833円 、になります。

 獣医業界の問題は「勤務医では食べてゆけない」ということです。保険のない獣医業界では、高額な薬代も設備費も、もちろん人件費もすべて治療費に跳ね返ってきます。そのため、獣医師や動物看護職らスタッフの給与を抑えざるを得ないのです。

 結婚しても獣医師の収入のみでは家計は支えられず、ハードワークゆえ出産・育児を考える女性獣医師は離職を余儀なくされます。この薄給の状態が勤務医であるかぎりずっと続くのが獣医業界の最大の特徴です。

 実際、勤務獣医師として長く働くケースはほとんどなく、ほとんどが2〜5年で僅かでも待遇のいい病院に行くか開業します。しかし、開業しても常にリスクと背中合わせで生活せねばなりません。開業には当然、それなりのリスク があります。破産する開業獣医も少なくありません。

 年収2000〜3000万円を稼ぎ出し、店を持ったり外車に乗っている獣医師ももちろんいますが、、そういう開業医はほんの数%で、ほとんどの開業獣医師の年収は1000万円に至りません。私の住む人口50万人の中堅都市の獣医師会では「動物病院の売り上げは平均で年約2000万円」と言われています。これから、人件費やランニングコストを差し引くと、院長自身の年収は約600〜800万円ということになります。



(2)臨床獣医師(大動物:家畜・動物園・水族館)

 農家の牛・豚・馬・鶏などの家畜競走馬の育成・管理牧場、動物園水族館、さらには畜養漁業にも獣医師は必要です。 専門用語ですがこれらの動物は「経済動物」(お金を稼げる生産性のある動物)と言われています。このような動物は、予防接種から手術まで、一定レベルの獣医療が受けられます。

 獣医師の中でも人気のJRA(中央競馬会)や動物園・水族館の獣医師は競争倍率が非常に高く、大学を首席で卒業し、教授からの推薦が得られるほどの人でも就職は困難な程です。公営競馬場、公営動物園・水族館であればその自治体の職員になれば勤務できますが、ずっとその職場に留まるわけではなく、数年で保健所や食肉検査施設などに異動します。

 めぐりあわせが悪いと、公立動物園で働きたくてその自治体に入ったのに、35年の勤務の中で動物園にいたのは僅か数年というケースもありえるのです。
 


(3)行政獣医師

 獣医師の約4割が行政獣医師つまり公務員になります国家公務員と地方公務員があります。行政獣医師においては、動物の診療という一般のイメージの ほかに「検査」という業務が大きくウェイトを占めます。実は獣医師は動物の診療のエキスパートであるのみならず、検査のエキスパートでもあるのです。

 国家公務員は主に厚労省、農水省などに就職し、検疫業務や研究業務に携わります。検疫業務とは海外から動物や食品などを通じて、病原菌や毒物が国内に侵入しないよう防止する職務です。

 何年か前に「口蹄疫」という牛や豚の病気が流行したのを覚えているでしょうか?また、BSE(俗称:狂牛病)という病気が日本を恐怖に陥れたこともありました。。今 、日本の牛は全頭検査をパスしたものしか市場に流通できません。このように、国にとって安全を守る盾である防疫業務の中心となるのが獣医師です。

 地方公務員の獣医師の職場は主に保健所食肉衛生検査施設研究・検査施設事務業務の4つに分けられます。 たとえば保健所で、新しい店舗を審査し許認可を行ったり、店舗に立入検査を行い衛生状況をチェックしたりします。また、環境衛生監視員として、理容所・美容所・クリーニング所・興行場・旅館業・公衆浴場・プール・ビル・墓地などの許可、確認及び 監視指導を行っています

 そのほか、狂犬病予防員として業務に携わったり、交通事故などで傷を負った動物の治療を行ったりもします。保護動物の里親探しも行います。

 

(コラム)
獣医師であれば、どの自治体でも競争倍率は1〜10倍程度とはさほど難しくありません。毎年約300〜400人の獣医師が地方公務員を志望すると仮定して、46都道府県、政令指定都市、保健所中核市で分け合うと、各自治体に1〜10人しか「取り分」が無いからです。

 



.あなたは獣医師として何をやりたいか?

 獣医師になりたいと考える皆さんは、ここまで読んでどうお考えになったでしょうか?いろいろな印象を持ったと思いますが日本における獣医師の「本当の」認知度や地位は低く、また歴史も浅い少数職ゆえ、相応の待遇を求めにくい世界です。獣医師になって何がやりたいか、自分はどのような人生を送りたいのか、それについて深く考えた結論でなければ獣医師になることはお勧めできません。

 最後に、5年間勤務医を続ける女性獣医師の言葉を紹介して終わりたいと思います。
 『結婚も出産もしたい。開業なんてしたら恋愛もできなくなるからそれは全然考えてない。たしかに勤務医の生活は貧乏で苦しいけど、私を待っている動物達に会いに動物病院に行っています。動物に接しているとすごく癒されるから。ある意味、これってアニマルセラピーですよね。(笑)』
 

 

職業選択のガイダンスに戻る

 

トップメニューに戻る