ドイツに学ぶ「働き方改革」 (2017年8月5日)



 以前から不思議に思っていたことがある。日本と類似点が多いドイツと日本の年間労働時間を比較した場合、ドイツのほうが圧倒的に短い。OECDによると、ドイツの年間労働時間は1371時間(2014年)である。これに対して日本は1729時間。その差は358時間。1日8時間働くとして、日本人はドイツ人より年間1か月半も余計働いていることになる。いったい何が違うのか?

結論から先にいうと、違いは次の3点である。

1.長時間労働に対する評価の違い
2.有給休暇と病気休暇
3.組織でカバーし合うドイツ



1.長時間労働に対する評価の違い

 サラリーマンとは悲しいもので、絶えず上司の評価を気にしながら仕事をする。評価が高ければやりがいもあるし、出世にもつながる。映画「釣りバカ日誌」が人気を博したのは、そうした競争社会の裏返しが、一服の清涼剤となったからかもしれない。

ドイツでは1日10時間を超える労働は法律で禁止されている。そもそも長時間労働で成果を上げてもドイツでは評価されない。評価されるのは、短い労働時間で大きな成果を挙げた場合だけである。

しかも、長時間労働を防止するために、日本でいう労働基準監督署みたいな役所が、時折抜き打ちで企業の労働時間を調査する。もし10時間を超えていれば、最高170万円ほどの罰金が科される。罰金の支払いは会社ではなく管理職のポケットマネーからである。だから、管理職は、長時間労働にならないように常に気を配る必要がある。

 一方、日本ではまったく正反対である。朝は誰よりも早く出社して雑巾がけをし、夜は一番遅くまで残る。そうすると、いやでも管理職の目に留まり、「あいつはよくやっている」という高い評価につながる。「滅私奉公」いまだ健在なのである。それどころか、残業をいとわない社員と比較され、定時に退社する人間は「さぼり」という評価を受けかねない。

さらには、「サービス残業」という無賃労働を嫌がらないことも日本では評価の重要項目になっている。たとえ1か月に100時間残業しようと、会社には「25時間」と届け出るのが一般的である。まじめに申告しようものなら、「お前は残業しないとこなせないのか。無能な奴だな」という低い評価につながるのがオチである

また、日曜や祝日に出勤して仕事をしていると、「あいつはまじめな奴だな」と評価が上がる。こうしたことも日本の労働時間を押し上げる要因になっている。ちなみに、ドイツでは日曜や祝日の出勤は禁止されており、土曜日でさえも上司の許可がないと働いてはいけないことになっているという。


2.有給休暇と病気休暇

 こうした労働時間に対する評価の違いは、休暇の取り方にも決定的な違いを生む。ドイツの有給休暇は年間30日であるが、基本的に全部消化するのが一般的である。休暇は権利であり、休暇をとるのは当たり前だとみんな思っている。だから、やましさを感じることはみじんもない。夏のバカンスなどで、まとめて2〜3週間の休みをとっても何の問題も生じないという。

そもそも、日本とドイツでは有給休暇に対する考え方が根本的に違うのである。日本では有給休暇は、「病気」などやむに已まれぬ事情が生じたときに取るものだと考えられている。だから、いざという時に備えて有給は年度末まで残しておかなければならない。結局、そのまま忙しい年度末を迎え、有給休暇をとる機会を失ってしまう。

それどころか、有給休暇を使わないことが会社に対する「忠誠心」の目安だったりもする。「よしよし、お前は休暇もとらないでよく頑張った」と高い評価につながるのである。それが高じて、身内に不幸があっても休まない事が美徳とされたりする。以前勤めていた勤務先では、残った有給休暇を「1日につきいくら」という形で経営者が買い取ってくれる制度さえあった。

 一方、ドイツでは有給休暇は「健康な状態でとるもの」とされている。ドイツ人は年間30日の有給休暇のほかに。年間6週間の病気休暇が認められている。もし有給休暇で休んでいる時に病気になった場合でも、診断書を出せば、病気で臥せっていた日数は病休として認められ、有給休暇はその分戻ってくる。だから、年休を全部消化しても何の問題も起きない


3.組織でカバーし合うドイツ

 日本では、休暇をとると「誰かに迷惑をかける」という心理的負担を感じることが多い。ところが、ドイツではそうした心理的負担を感じないですむのだという。なぜか。実はここにも日本とドイツの働き方の違いがある。

日本では、「お客様は神様」だといわれる。だから、顧客の要望(わがまま?)にもできるだけ応えようとする。その結果、労働時間はどんどん長くなる。これに対して、ドイツでは売る側と買う側は対等の関係とされる。だから、顧客のわがままのせいで労働時間が長くなることはない。

また、日本では「仕事は人に付く」とされることが多い。営業で走り回って「名刺を積み重ね」仕事をもらう。仕事を依頼するほうも、営業マンの人間性に根負けして仕事を回すことが少なくない。だから、仕事をとってきたその人が、全責任をもって顧客と対応することになる。だから、顧客から電話がかかってきたとき、「バカンスでハワイに行っています」では話にならないのである。

一方、ドイツでは「仕事は企業に付く」とされる。たとえ担当者が長期休暇をとっていても、ほかの社員が十分に対応できる体制が整っているのだ。「お客様は神様です」という意識もないから、顧客のほうもそれで納得する。

昔、ある企業の垂れ幕に「俺がやらねば、誰がやる」というのがあったそうだ。ところがいつの間にか風雨にさらされて、「俺がやらねば、誰かやる」となっていたという。

日本では「俺がやらねば、だれがやる」「この業務は自分にしかできない」、という思い込みがある。ところが、ドイツはそうではない。「俺がやらねば,誰かやる」国なのだ。


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 日本とドイツの年間労働時間の差は358時間である。しかし、サービス残業の実態を考えると、この2倍以上の差があるのではないか。日本の働き方改革を真剣に推し進めようとするなら、ドイツの働き方にヒントが隠されている気がする。

とりあえず、今やっている仕事の中で無駄なものを探し出し、仕事量を精選することから始めたい。己の成績を上げるために、いまある仕事の上にさらに新たな企画を打ち出すばかりでは、日本の長時間労働は悪化することはあっても改善することはない。


(注)上記の論考を作成するために、在独ジャーナリスト 熊谷徹氏のレポート(読売オンライン 2016年10月11日)を参考にさせていただいた。




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