Novellino, III

王によって牢獄に入れられていた賢者が、駿馬についてどのような判断をくだしたのか

[1]ギリシャの地に王冠を戴く一人の君主がいて、広大な王国を支配していた。王の名はフィリッポといい、賢いギリシャ人をある罪で牢に入れていた。[2]賢人は非常に知恵者で、その知性は星々の彼方にまで及んでいた。[3]ある日スペインの地方からきわめて逞しく美しい駿馬がこの君主に献上された。[4] この駿馬の価値について王は装蹄師たちに尋ねたが、すべてに通暁した最高の大先生が牢の中にいるというのが彼らの答えだった。[5]王は駿馬を馬場に引き出させて、ギリシャ人を牢獄から出してこう言った。「先生、この駿馬をよく見なさい。あなたはとても物知りだと聞いた」 [6]ギリシャ人は馬をじっと見てから言った。「陛下、この馬は美しいが、ロバの乳で育ったと私は判断いたします」 [7]馬がどのように育ったのか知るために、王がスペインへ使いを出してみると、母馬が死んでしまったので子馬は雌ロバの乳で育ったことが分かった。[8]王はそれにひどく驚いて、ギリシャ人に毎日半斤のパン代を宮廷から出費するよう命じた。[9]ある日王は自分の宝石類を集めて、再びギリシャ人を呼び出して言った。「先生、あなたには多くの知恵があり、あらゆることに通じているようだ。[10]宝石のことが分かるのなら、このうちのどれが一番価値があると思うか?」 [11]ギリシャ人はじっと見てからこう言った。「陛下、あなたはどれが一番気に入っておられますか?」 [12]王は一番美しいと思える宝石を指して言った。「先生、わたしにはこれが一番美しく価値があると思える」[13]ギリシャ人はそれを手にとって握ると自分の耳元に持っていき、こう言った。「陛下、ここに虫が入っています」[14]王が職人を呼んで宝石を割らせてみると、その宝石の中には虫が入っていた。[15]そこで王はギリシャ人の類まれな知性を褒め称え、毎日一斤のパン代を宮廷が出すようにした。[16]それから何日もしたある日、王は自分が不義の子ではないかと疑い始めた。[17]王はこのギリシャ人を呼び出して、二人きりになって話し始めた。「先生、あなたの偉大な知恵を信じる。あなたに尋ねた事柄で、それがはっきりと分かった。[18] わたしがだれの息子であるか教えてもらいたいのだ」 [19]ギリシャ人は答えた。「陛下、なんという質問をされるのですか? [20]あなたは、自分が父親の子だとよく知っているでしょう」 [21]それに、王は答えた。「喜ばせるような答えはしないでくれ。恐れず真実を言ってほしい。もし本当のことを教えてくれなければ、恐ろしい死を与えよう」 [23]そこでギリシャ人は答えた。「陛下、あなたはパン屋の息子だと言いましょう」 [24]王は言った。「わが母からそれを知りたい」 [25]そして母親を呼び出し、恐ろしい脅しで彼女に迫った。[26]母親は真実を告白した。[27]王はギリシャ人と二人で部屋に入り、言った。「わが師よ、あなたの偉大な知恵の証をこの目で見ました。このことをどうやって見抜いたのか、どうか教えてください。[28]するとギリシャ人は言った。「陛下、教えてあげましょう。あの馬がロバの乳で育ったことは、持って生まれたわたしの観察力でわかりました。その耳が垂れていたのに気がついたのですが、それは馬本来の性質ではありません。[30]宝石の中の虫は、本来冷たいものであるはずの宝石が暖かかったので分かりました。[31]生きている動物でなければ、本来暖かいはずはありません。「[32]では、わたしがパン屋の子だとどうしてわかったのか?」 [33]ギリシャ人は答えた。「陛下、わたしが馬について驚くようなことを言ったとき、あなたは私に毎日半斤のパンをくださいました。それから宝石について語ったとき、パン一斤とお決めになった。[34]そのときにあなたが誰の子か分かったとお考えください。もしあなたが王の子であれば、素晴らしい町ひとつを与えてもちっぽけなことだと考えたでしょう。しかしあなたの性格上、私にはパンがふさわしいとあなたは考えられた。その父親がパンを作っていたからです」 [35]そこで王は自分の卑しい身分を知り、ギリシャ人を牢から出してたっぷりと褒美を与えた。