武装親衛隊のユニフォーム
1944年春 SS第500降下猟兵大隊
をイメージしましたが、どうも空軍野戦師団になっちゃいました。ズボンがフィールドグレーで
あれば・・・チトー暗殺のために降下した(パルチザンに多大な損害を与えるもチトーは取り逃
がす)同大隊には複数の懲罰部隊がいたらしく、したがってスモッグの中のジャケットはどこ
の師団でもOKかな。
1945年春 ダス・ライヒ師団
ハンガリー油田防衛、奪還のため「春のめざめ」作戦が発動された。バトラン湖の戦いに投
入された同師団ドイッチュラント連隊の兵は迷彩防寒服より旧式の'43防寒服の着用が圧倒
的多数。この時期にベルリン防衛に必要であろう精鋭を次々とハンガリー方面に投入したヒト
ラーの作戦やいかに。作戦初期こそ善戦したものの(ソ連軍が「なぜこの時期にこんなところ
で反撃を?」とびっくりしたのでしょう)やはり兵力の差はいかんともしがたく敗北、ドイツ終戦
時にはみんな西側に走りに走って逃げてます。おかげでこのコートを着るだけで敗戦ムード
が感じられます。悲愴感の中でサバゲを楽しみたい時用。
1944年冬 アドルフヒトラー師団パイパー戦闘団
ラインの守り作戦時の有名な1カット。本来M43野戦服の上からM44迷彩野戦服を着ては
いけない、とか細かなドイツ軍規定を無視した実用一辺倒的な感じのパイパー戦闘団は、何
かやってくれそうでカッコイイ。実際は自軍戦線の遥か前方に進出したパイパー戦闘団は後
方を米第30歩兵師団に断たれ燃料不足になり、数日後に全重装備を捨てて撤退した・・・
ウェブサスとM44用マグポーチの色合いがお気に入り。
1943年秋 プリンツオイゲン師団
ドイツ系ルーマニア人で構成された同師団はバルカン半島を転戦しました。山岳師団として
一般師団よりも多くの装備を背負います。写真は上級中隊指揮官(中尉)のため軽装。