平成17年芸術祭参加作品


飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ



05.10.10 Mon 21:00〜23:18 フジテレビ系列 にて ON AIR

 

 【CAST】
 沢村 清治 : 稲垣 吾郎
 沢村 美和 : 紺野まひる
 梶田 幸子 : 佐藤 仁美
 沢村 和也 : 生田 斗真
 現在の美和 : 原田美枝子
 沢村 サト : 風吹ジュン
 梶田 啄子 : いしだあゆみ
 沢村 修三 : 夏八木 勲
              ほか
【STAFF】
脚本    : 吉田智子
プロデュース: 鈴木吉弘,後藤博幸
演出    : 中江 功
                ほか


原作    : 井村和清
 『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』
            (祥伝社)

 



2005年 春 沖縄

海の見える丘の上の教会で、結婚式が行われている。
やがて式が終わり、宴の準備が行われる間のインターバル。
その準備の間に女性=飛鳥が、今日、式を挙げた妹の清子に送られる1冊の本を読んでいる。

  美和 「探していたのよ。清子の分でしょ?」

飛鳥の母親美和が声をかけた。

  飛鳥 「私が先にもらうはずだったのにな」

披露宴の時間となり、飛鳥が向かい、美和が清子に渡す本を手にした。

  『さようなら・・・』

結婚式が導入部分となって、過去の話が回想されていくという構成は、見てすぐにわかるわけだし、今回のドラマが吾郎君=清治のナレーションで構成されているのも承知のことではあったけど、いきなろこのセリフから入るのは反則だよなぁ〜。展開を知ってるこっちは、いきなり涙腺緩むよ・・・(;o;)。
しかも、窓の外は雪で、吾郎君自身は和服姿ですもん。


さようなら
さようなら
私は、もういくらもおまえたちのそばにいてやれない
お前たちが倒れても手を貸し手やることもできない
だから、倒れても倒れても自分の力で起き上がりなさい
サンテ=ジュグペリが書いている
たいせつなものはいつだって目には見えない
目に見えているものはいずれは消えてなくなる
いつまでも残るものは目には見えないものなのだよ
さようなら
おまえたちがいつまでも幸せでありますように
雪の降る夜
父より


そうして、時代は25年前、一人清治が、雪の降る景色を窓から眺めながら、何度も咳き込みながら手記を書いているシーンが映し出されます(だから、そういう映像も反則だってばっ!こういう映像って、胸がキュンとしませんか?(←アホ))。



 飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ



1974年 沖縄

沖縄のヘリポートに大怪我をした患者が運び込まれる。担架に載せられたその怪我人はそのまま病院へと運ばれる。

昭和49年、私は、大学を卒業して医者となり、
沖縄県立病院に研修医と参加しました。
なぜ沖縄を選んだのかと、よく問われます。
理由は医局にとどまらず外へ飛び出してみたかったのと、
沖縄県立病院が取り入れたアメリカ式の医療のあり方に、
強く魅力を感じたからです。
沖縄に住んでみて、私はいつもそう考えていたのです。


運び込まれた患者の処置をしている医師たちの中に、研修医の清治がいた。



沖縄の病院

清治が研修医の仲間たちと廊下を歩いているときに、ガラス越しの部屋の中(集中治療室)を1点に見つめ続ける女性の姿が目に留まる。気になりながらも、そのまま通り過ぎる清治。

清治がやってきたのは、病院内で行われていた英会話教室。既に講座は始まっており生徒たちは着席している中に、遅れて講義教室に入る。

  講師 「How are you?」
  清治 「...I'm fine,thank you.」
  講師 「OK. Please take a seat .」
  清治 「Yes.」

その遅れてきた清治を、英会話教室の最後列に座る作田とそのガールフレンドのヨーコが、清治にこっそり合図を送ったりしている。

状況がよくわからず清治が席に座ると、いかにもお約束って感じで、隣に座る薬剤師の女性・美和が気になっちゃったりして…。目が合いそうになったら、わざと外してみたり。背後でちゃちゃを入れられつつも、まんざられもないようで。(あう…、何てあなたには珍しい初々しい役なんだ!(爆))。

その気がありそうな清治のために、作田が美和とのWデートをアレンジしてくれた。

  作田 「来週の日曜、午前10時、A&W集合、いいな?」
  清治 「いいな、って何が?」
  作田 「決まってんだろ!美和ちゃんと俺とヨーコでダブルデートだよ!」
  清治 「ダブルデート!?」
  ヨーコ「そういうことぉ」
  作田 「俺は、88でステーキ食べ放題かな?」
  ヨーコ「88いいねぇ」
  清治 「何、勝手に決めてんだよ。俺は別に」
  ヨーコ「じゃぁ、そういうことで」
  清治 「いや、ちょっと、作田!」

と困った顔をしながらも、嬉しそうだったりする表情はお約束。


その一方で、例の集中治療室を見つめ続ける女性が気になりもするわけで、集中治療室の中には、その女性の産んだ赤ん坊が隔離されていたのだ;

  作田 「900g・・・。昨日からずっと心停止を繰り返しているらしい。
      たぶん、もう…」

清治と作田は、研修医として赤ん坊の治療に参加する。ガラスの外には、赤ん坊の母親がじっと我が子の様子を見つめている。

  看護婦「先生、心停止です!」

集中治療室内に緊張が走る。心電図が「フラット!」になったとの声が飛び交う。



ファーストフード店

シーンは、Wデートのその当日。待ち合わせ場所のファーストフード。清治,美和と、作田&ヨーコがテーブルに座っている。

  洋子 「それで、どうなったの?」

先ほどのシーンでの赤ん坊と母親の話を4人はしている。

  作田 「先生は、もう無理だから諦めようって言った。さすがに心停止
      もそれが5度目だったからね」
  ヨーコ「嘘・・・」
  作田 「いや、元々、生きていること自体が不思議だったんだよ。例え
      命を救えてもさ、脳や目に障害が残る可能性は高いし」
  美和 「・・・」
  作田 「そしたらさぁ〜」

担当医は、もう、赤ん坊の命をあきらめようとしていたが、医師に向かって;

  清治 「先生、もう少しだけ。あのお母さん、まだ一度もこの子抱いて
      ないんですよ」

清治はガラスの向こうで見つめ続ける母親に目をやる;

  作田 「・・・」
  清治 「先生!」
  先生 「・・・」

そういいながら、指で赤ん坊の心臓マッサージを続ける清治。やがて;

  先生 「代われ。俺がやる」
  清治 「はい」



  作田 「ったく、研修医の分際で意見するなんてありえないって」
  洋子 「それより、赤ちゃんは、助かったの?」
  作田 「(^o^)v」
  洋子 「後遺症は?」
  清治 「まぁ、今のところは…」
  洋子 「すごい!すごい、沢村先生!ねぇ、美和さん」
  美和 「・・・うん」
  清治 「ただ、僕はその…」
  洋子 「沢村先生が言わなかったら」

と、お話は盛り上がっておりますが;

  作田 「ああ、ああ、ああ、俺たち行くわ」

と、いきなり話を中断し、席を離れようとする作田さん。

  清治 「えっ?」
  作田 「あれぇ〜(映画のチケットが)2枚しか無いんだぁ〜。じゃぁ、
      そういうことで」
  清治 「ちょ、ちょ、ちょっと、待てよ!」
  美和 「・・・」
  清治 「・・・」

微妙な気まずい空気が残された清治と美和の間には流れるわけで、美和にしてみりゃ、嵌められたってなるよね、普通(^^;)。


ほとんど会話もしないまま、店を出て、車に乗り込もうとしたときにようやく美和が口を開き;

  美和 「よかったですね」
  清治 「えっ?」
  美和 「赤ちゃん」
  清治 「ああ」
  美和 「奇跡ですね」
  清治 「うん。本当は、・・本当は、ずっと奇跡なんて無いと思ってま
      した。必要なのは科学的根拠と確かな医療技術。でも、奇跡は、
      人が作るもんなんですね。生きようとする赤ん坊の心、生きて
      欲しいと祈る母親の心、生かせたいと思う僕らの医師の心…。
      この3つの心が1つになったとき奇跡は生まれるんだ!」
  美和 「・・・」
  清治 「と思いました(照)」


沖縄は美しい島です。


  清治 「どうぞ」
  美和 「はい」

清治は美和に車に乗るように促した。



沖縄の日々

優しい人々と済んだ海
3年間私は沖縄に住みました。


美和とデートをし、ドライブを楽しみ、病院もこっそり指を2本立てて手を振ったりなんかして、お茶目やん!(笑)

充実した日々、住み心地のいい土地柄、
情にあふれる沖縄島(うちなんちゅう)。
私は、沖縄が好きです。


デートでは、屋台を巡ったり、灯台のある海岸に行って写真をとったり。また、レストランで食事中にネクタイをプレゼントしてもらい、夕焼けをバックに、口付けを交わした。

そして、沖縄島の娘さんがが私の妻となるのです。




沖縄の新居

外に出て洗濯物を干している美和。その向こうには沖縄の海が広がっている。海を眺めながら、そのエメラルドグリーンの色と、指に光る指輪とを幸せそうに見比べている。

  清治 「また見てるんですかぁ?」

家の中から出てくる清治。指輪を眺めている美和をちょっとからかってみたりして。

  美和 「だって海と同じ色なんだもん」
  清治 「(笑)。もう、何度も聞いたって」

そして今度は逆に美和が、清治のネクタイに対してのクレームを;

  美和 「・・ああ、また違うのしてる!」
  清治 「えっ、だってさ、地味すぎるんだよねぇ、きみの趣味は」

そう言って、結婚前に美和からプレゼントされたネクタイを取り出す清治(いつもこんなん持ってるのか?(^^;))。

  美和 「もう」
  清治 「(笑)」
  美和 「お医者さんがこんなに派手でいいんですか?」
  清治 「全然。この方が患者さんが元気になるんだもん」
  美和 「またそんなこと言って。一度はしてねぇ〜」
  清治 「はい」

最後は返事だけは素直に美和は、自分が選んだネクタイを当てたりしてます。そして、黄色のワーゲンに乗った清治が出かけて行った。それを美和は手を振って見送る。



1977年年5月

昭和52年5月。私は長野の病院に勤めることになりました。


清治は、おなかの大きな美和と引越してきて、長野の病院に勤めることとなる。

『日本の医療を変えよう』…それが荻原院長の言葉でした。


1977年 長野

長野県立総合医療センター。その病院で心をこめて診察を続ける清治。

医者にとって患者は、何十万、何百万人という
不特定多数の一人の患者にすぎません


院長と話をし、入院患者と積極的に触れ合おうとする清治。

でも、医者と患者の人間関係ほど大切なものはありません
日本では古くからそれが守られてきました。
守り続けてきてくれた人は、開業医の先生方です。
先生方は、ホームドクターとして多くの人々の心を捉え、
病気で苦しむ人々を守ってきてくれました。

ところが、この人間関係がうすらぎ始めているといわれています。
僕は、そんな世界になってほしくないのです。
心と心のコミュニケーション・・・それが医療だからです。





患者の病室

清治が担当する患者梶田琢子の病室。

  梶田 「もう、こんなもん要らんゆーてるやろ!」

看護師たちに逆らい、ベッドの上で、処方された薬をぶちまける梶田。そこに、清治が病室に入ってくる。

梶田さんは大腸がんの患者さんです


  清治 「梶田さん、薬、苦かったですか?」
  梶田 「飲んでもどうせなおらへんねやろ?」
  清治 「ふふ。僕は治すための薬しか処方しませんよ。うーん、困った
      なぁ。じゃぁ、もっと飲みやすい方法を考えておきますね」

清治はあくまで心をこめて梶田と接する。

  梶田 「もう、ええって。もう、腰も痛いし、みんな痛いわ。痛い痛い
      痛い痛い痛いっ!」
  清治 「腰が痛い?」
  梶田 「痛いっ!」

梶田はそのままベッドに潜り込んでしまう。

梶田さんには、娘さんがいるのですが、
自分の財産をうばいとられやしないかと心配で、
一人暮らしをしていたのでした。




ナースセンター

  看護師「あれじゃぁね家政婦まで辞めちゃうのわかるわね」
  看護師「私たちまで財産ねらっていると思われてるんですよ!」
  看護師「沢村先生、先生からももう少しきつく言って欲しいんですけど」
  看護師「そうそう、沢村先生からももう少し・・・」

と、そこに飛び込んできた別の看護師さん。

  看護師「沢村先生!」
  清治 「あ、ごめん。今行くからさ、梶田さんにはさ」
  看護師「違うんです」

そして、病院の廊下を急ぎ足で駆け抜け、両手を掲げながら土手を駆ける清治(申し訳ないが、個人的に大爆笑ポイント(爆))。

飛鳥が生まれたのは予定日を10日近くも通りこした、
7月20日 水曜日のことでした。3020グラム。
お猿さんの赤ちゃんのように、みー、みーと泣いていたよ。



病院

美和のいる病院に到着して、赤ん坊を抱く清治。幸せそうな清治と美和の笑顔・・

そして自宅に戻り、清治は両親に電話で連絡を入れる。

飛鳥というのは、良い名前だろ?
みんながほめているよ




病院の屋上

清治の勤める病院の屋上で、清治は担当している患者さんたちに囲まれて話をしている。

  A  「女の子だって?」
  B  「先生似?奥さん似?」
  清治 「いやぁ、どっちかなぁ(笑)」
  B  「可愛いだろうなぁ」
  清治 「まぁ、僕に似たんで」
  B  「あはははは」

そんな話をしている清治を少し離れた所から見ていた梶田;

  梶田 「子供なんかなぁ、どうせ金取られるだけやで。まぁ、せいぜい、小っちゃいときから手名づけておき。見てみ・・・ちゃんと鍵かけてな」
  A  「あのな、梶田のばあさんな」

患者さんのその言葉をさえぎるように、清治は梶田に話しかける;

  清治 「梶田さん、いらしてたんですか…」

そうして梶田の隣に移動して、座り;

  清治 「ああ、そんなもんですかねぇ〜。まぁ、僕も初めてのものなんで」

そこに看護婦が薬の時間だと梶田を呼びに来た。梶田は吸っていたタバコの火を消し、相変わらずの憎まれ口を叩きながら、看護婦と一緒に病室に下りて行った。



ナースセンター

看護婦たちから梶田の態度について、清治に向かってクレームをつけている。

  清治 「・・・」
  A  「沢村先生から注意して下さい」
  B  「もう、あれじゃぁ、こっちがもちませんよぉ」
  清治 「そうですかぁ〜。なるほどねぇ…。ふーん」

そうして清治がポツリと言う;

  清治 「He is sick. You are not sick.」



自宅

  美和 「えっ?」

清治は自宅に戻ってきて夕食を食べている。

  清治 「あの人は病気だ。でも、あなたは病気じゃない。患者さんの心
      を健康な人間のものさしで計ってはいけないっ!!・・・ま、
      受け売りなんだけどね。研修医時代についていたドクター、マ
      クリーヌ」
  美和 「ああ」
  清治 「一人で病気戦うのはつらい。重い荷物を背負っているようなも
      のなんだ。だれかがかわりにその荷物を担いでやれればいいん
      だけどなぁ」
  美和 「人の心配もいいけど、自分の検査もしてね」
  清治 「ああ」
  美和 「もう、真面目に言ってるのよぉ。足、痛いんでしょ?」
  清治 「はいはい、必ずやりま〜す。飛鳥、ちゃんと寝てるかな」
  美和 「・・・」



病院の検査室

清治は同僚の轟医師に足の状態を検査してもらっている。

  轟  「水がたまってるってわけじゃなさそうだけど、結構、腫れてる
      なぁ」
  清治 「ああ」
  轟  「いつから?」
  清治 「1,2ヶ月前ぐらいから」
  轟  「ひねったとか、打ったとか、そういうのは無いんだよな?」
  清治 「無いな」
  轟  「最近になって、はれが酷くなってきたとか、そいうことは無い
      か?」
  清治 「そうだな」
  轟  「念のため組織検査もした方がいいかもな」

そして、検査が終わり、患部に包帯を巻いていると、そこに扉をノックする音がして、検査結果を持って轟が入ってくる;

  清治 「どうぞ」
  轟  「どうだ、痛みは?」
  清治 「ああ、もう、それほどでも」
  轟  「そうか」
  清治 「・・・」
  轟  「・・・」
  清治 「悪いのか?」
  轟  「ああ。といっても、すごく悪いってことじゃなくて、少し悪い」
  清治 「それは何だ?」
  轟  「ファイブロ」
  清治 「ファイブローマか?それとも、ファイブロザルコーマか?」
  轟  「・・・。ファイブロザルコーマ」

ファイブロザルコーマとは、進行性の早い悪性腫瘍のことです。


  清治 「・・・」

無言で検査結果の書かれた用紙を受け取る清治。

  轟  「早い方がいいと思う。今夜から抗生剤の動脈注射を始めよう」
  清治 「うん・・・そうだな・・・」
  轟  「動注で叩けるだけ叩いてから、オペを考えよう」
  清治 「オペ?・・・切断・・・のことか」

轟は、頷く。

  轟  「他の部位に転移する前に病巣を取り除く必要がある」
  清治 「分かり・・・ました」





夕方。土手をゆっくり歩く清治。公園で遊ぶ子供達の姿を眺めている。

悪夢のようでした。
皆で寄ってたかって、私をからかっているのかと思いました。
やがて病室のドアが開き、友人が手を叩きながら入ってきて
『さぁ、冗談はおしまいだ』
というのではないかと思っていたのです。


これからはもう、医師として働けなくなる
父として美和や飛鳥を守ることができなくなる
そう思うと・・・




そうして、清治は家族と一緒に手術のために実家に戻った。



富山の実家

実家には車で移動し、日が暮れて辺りが暗くなった時間帯に到着した。そこには、実家の両親だけでなく、作田も出迎えに待っていた。

  清治 「よぉ!作田!」
  作田 「久しぶり」
  清治 「太ったんじゃないか?」

手術は、私の実家がある富山で行うことにしました。


  父親 「お帰り」
  清治 「只今」

同じ富山出身で、沖縄時代の同僚でもある作田が
地元に戻って整形外科医をしていたのです。




そうして、実家での夕食。

手術前夜、私の心は大変静かでした。


家族そろっての笑顔での食事。

夕食もすっかりたいらげ、
父と母が心を込めてメイクしてくれたベッドで
熟睡することもできたのです。




病院

手術の当日。

静かな病室。清治の右の足をゆっくりと丁寧に洗う美和がいた。

  美和 「・・・」
  清治 「・・・」

パジャマを腿までまくって、おお、生足じゃ!(こら)



同じ時間帯。病院のロビーでは、長いす座って、清治の両親が静かに待っている;

  サト 「昨日ね、シーツ直しとったら、清治さんがお母さんごめんなさ
      いってっていうんです。これからたくさん迷惑をかけるから、
      先に謝っておきたいって」
  修三 「・・・」
  サト 「何て返事していいか私にはわからんで。そしたらね、もう一つ
      謝ることがあるって。ヤスエさんのお墓参りに行ったって」
  修三 「!」
  サト 「産みのお母さんなんやから、それこそ気つかわんといてって言
      ったら、黙って行ってすみません、って言うんです」
  修三 「・・・あいつらしいな」

その頃、手術室に運び込まれる清治。呼吸器をつけられ、麻酔をうち、そして、静かに目を閉じる。

  サト 「私、困ってしまって、ちゃんとお願いしたんやったら、ヤスエ
      さんも私もついてるから、大丈夫よって言ったら、母にも謝っ
      ておきましたって。ヤスエさんにもらった、足を切ること、謝
      りに行ったって。申し訳ないって・・・本人が一番つらいだろ
      うに・・」

サトはそう言いながら涙を流す。


やがて手術が始まった。

  医師 「これより、右大腿部切断術を行います」

美和は、清治のベッドにすわり、右足をふらふらと揺らしながら待っていた。手術の様子と、病室の美和が交互にうつります。足にメスが入り、そして;

  医師 「切断します」

一人、ベッドで横たわり涙を流す美和だった。


病室

夜。手術が終わり、病院のベッドで静かに眠っていた清治。

清治が目を覚まし、呼吸マスクを外す。左足を動かし、右手を動かし、そして、掛け布団をめくる清治。

いくら動かしても私の右足には触れることができませんでした。
わたしはそのとき初めて右足切断の事実を認識したのです。



病室の外では、父親と美和がずっと待っていた。そこに和也がやってくる。

  美和 「和也さん・・・」
  和也 「兄貴は?」
  父親 「今、寝とる」
  美和 「痛み止めが効いてるみたいで」
  父親 「手術は上手くいったから」

その直後、病室の中から、清治のうめき声が聞こえる。

  美和 「清ちゃん!」
  和や 「兄貴!」

太い神経を切断した痛みは、3時間ごとに襲ってきました。
まるで親指のつめをむりやりはがされるような痛み。


  修三 「もう少し足してもらおう」
  美和 「清ちゃん!!」

清治の絶叫が病室内に響く。

その激しい痛みは2ヶ月後まで続きました。




1978年2月

松葉杖を両脇にかかえ、リハビリ中の清治。

義足というものは、思ったよりやっかいなものでした。
私の右足は大腿部の上部、9センチのところで切断されていたので、
義足の扱いは特に難しいのです。


両脇に抱えていた松葉杖が、やがて片方だけになり、転倒を繰り返しながらもリハビリに励む。

はじめの数ヶ月、私はよく歩行訓練中に転倒しました。


歩行訓練だけでなく、腹筋を鍛える運動。作田も様子を見に来てくれたりしてます。

それは、バランスをくずすという生易しいものではなく
いきなり地面にたたきつけられるという
たとえば、両足をいきなり払われるような激しい転倒なのです。


清治が転倒するたびに心配そうな美和。

  清治 「ああ、笑っちゃうよな。子供のころはさ、この足で走り回って
      たのになぁ。ふふふ。駆けっこだって速かったのに。あー、う
      まくいかねーなぁ。ははは」

そんな独り言を言ってる清治だったが;

  美和 「飛鳥・・?」

美和のその声に振り向くと、飛鳥が2つの足で立ち、清治の方に向かって歩み寄ってきました。その飛鳥を抱きかかえる清治;

  清治 「ああ、飛鳥!?自分で歩いたのか!すごいぞ飛鳥!パパも自分
      で歩けるようになるまで頑張るな、飛鳥・・・」

再び立ち上がる清治。

大切なことがあります。
それは、決して後ろを振り向かないこと。
これは特に、手や足を失った人、目や耳を失った人
脳卒中で半身不随になった人たちが
リハビリをする行う上で大切なことなのです。
人はとかく、過去の幸福に酔いたがりますが、
以前は良かったと述懐ばかりしている人は、
リハビリが進まないものです。
リハビリとは失った手足が生えてくることではありません。
大切なことは、障害を受け入れ、
それを他の健全な部分で補っていくこと。
それがリハビリテーションなのです。


そうして、ついに、3つの足で歩き始めた清治。

どうしてももう一度、医師として患者さんのの前に立ちたい。
それが、私の願いでした。



リハビリをしている部屋の窓の外では、桜の花びらの散る季節。



1978年年5月1日

病院の裏口

昭和53年5月1日。私は6ヶ月ぶりに病院へもどりました。


美和の運転する車に乗って、病院裏口の職員通用口にやってきた清治。

  美和 「どうして裏口?」
  清治 「ここならほとんど人に会わなくてすむからさ」
  美和 「そんなこそこそしなくったって…」
  清治 「だって・・・」
  美和 「そのわりには派手なネクタイね」
  清治 「えっ、いいんだよ!」

そして、清治は”もう一つのネクタイ”をポケットから取り出した。美和が最初にプレゼントしてくれたあのネクタイだった。美和はそのネクタイを取り上げながら;

  美和 「もう、何で持ってきてるのよ!」
  清治 「あはははは」
  美和 「ふふふ。はい」

お弁当を渡す美和。

  清治 「ごめんな」
  美和 「ん?」
  清治 「俺、いつも自分勝手に決めてる。復帰のこと君に相談もしない
      でさ」
  美和 「・・・」
  清治 「・・・。じゃ、行ってきます」
  美和 「いってらっしゃい」

そして、義足で車から降り、一歩一歩進む清治。

  美和 「いってらっしゃい」

美和は車から降り、「頑張って!」と清治に向かって叫ぶ。

その美和の激励に、清治は振り返り、中指と人差し指を二本立てて、いつものポーズで手を振る清治。

一度もしてくれたことの無いネクタイを手にしたまま、手を振る美和。

  美和 「頑張れ・・・」



病院・清治の職場

誰も居ない廊下を進み、そして、職場にやってくる清治。誰も居ない部屋のドアを開けると・・・

  清治 「?!」

そこには、院長や同僚たち皆が清治を出迎えるために待っていた。

  院長 「おかえり!」
  全員 「おかえりなさい(拍手)」

歓迎を受け、照れる清治。復職祝いの花束を受け取り;

  院長 「おかえり。よく戻ったね」
  清治 「ありがとうございます」

自分のデスクに手にした弁当箱と花束を置き、そしてゆっくり触れる清治。

  一同 「本当におめでとうございます」

新しい私の人生のスタートです。




病院内

勤務中。廊下を歩く梶田を見つける清治。

  清治 「梶田さん!」
  梶田 「!」

最後の一時帰宅を希望していた梶田さんが
再入院してきたのもこの頃です。



病室に戻ってくると、梶田は手にしていた土地の権利書など財産一式を、病室の引き出しに入れ、これまでずっとしていたのと同じように、再びしっかりと鍵を掛けた。

  梶田 「そんな格好で同情してもらおう思ってもそうはいけへんよ」
  清治 「どうですか、久々のお家は?」
  梶田 「・・・」

何も言わない梶田。ゆっくりとベッドの上に座りポツリと呟いた。

  梶田 「先生・・・死にとうないなぁ・・」
  清治 「・・・」
  梶田 「死にとうないわ」
  清治 「・・・」
  梶田 「生きてたいなぁ・・・生きてたいわ」

梶田は大事そうに赤い紐につけた鍵をまた首から下げた。

  清治 「・・・」



清治の診察室

清治専用に診察のために立ったままで対応が出来るような診察テーブルが用意された。

  ** 「どうだ、特注だ、特注!」
  清治 「ああ」
  ** 「医局のみんなが知恵を出し合ったんだ。これなら立ったまま外
      来もできるだろう」
  清治 「すごい・・・すごいや・・・ありがとう」
  **B「これでもう、やっぱり止めるなんていえなくなりましたね」
  一同 「(笑)」
  清治 「ほんと、ありがとうございます・・・」

清治は、喜ぶ。

  清治 「すごい・・・」

そう言いながら、ずっとずっと清治は机を触っていた。

人の優しさ・・・
それは、この病気をして得た一番の宝物かもしれません。


  看護婦「あの、沢村先生」
  清治 「はい?」
  看護婦「お客様」

梶田の娘・幸子だった。



梶田の病室

  梶田 「何しに来たのかい知らんけどな、おまえに渡すお金なんかあら
      へんで」

冷たくそう言い放ち、娘と目線を合わそうともしない梶田。

  看護婦「梶田さん、お嬢さんね、大阪からわざわざやってらしたんです
      よ。沢村先生が苦労して探してくださって」
  梶田 「医者のくせして余計なことせんといて」
  清治 「失礼しました」
  梶田 「・・・」

  梶田 「どっからきたか知らへんけど、おまえに払う電車賃一銭もあら
      へんで」



病院の廊下

  幸子 「そやからゆーたでしょ、あたしが来ても無駄やって。昔からあ
      んなんよ。聞いてるでしょ?私が中学のとき父親がお金持ち出
      して、女と家出てね。自分以外の人なんて信用してないのよ」
  清治 「そんな寂しいこと…」
  幸子 「ま、とりあえず知らせてくれてありがとう」

タバコの火を消し、その場を立ち去った。



縁日

夜。縁日にやってきた清治と美和と飛鳥の3人。3人とも浴衣姿だったり(*^^*)。

  美和 「だから、清ちゃんは、患者さんのことに首つっこみすぎなのよ。
      人には事情ってものがあるの。会わないほうが幸せな親子ってい
      うのもいるのよ、世の中には」
  清治 「そうかなぁ。飛鳥は違うよな?飛鳥はずっとお父さんと一緒にい
      るもんなぁ」
  美和 「やめてぇ〜!」

そんな風に飛鳥とじゃれあいながらも咳き込む清治。気にしないようにして、そのまま祭りを楽しんだ。


自宅

8月の末でした。


  清治 「いくよ、チーズ。もう、飛鳥、こっち向いてくれよぉ」

庭にビニールプールを出して飛鳥と遊ぶ清治。片足を飛鳥と一緒にプールに入れながら、飛鳥の写真を撮る清治だったが、突然、激しく咳き込み、手で咳を押さえる。

  清治 「・・・」

そこに美和が買い物から帰ってきて;

  美和 「ただいまぁ」
  清治 「ああ、早かったな」

美和に隠れて掌を見ると、その咳の中に血が混じっていた。

きたかな・・・不吉な予感が走りました。



病院

医師と共にレントゲン写真を見る清治。左右の肺に影が広がっている。

  清治 「5ミリ・・・以上」
  医師 「左右の肺に広がっています」
  清治 「転移・・・あと半年ってとこですか?」
  医師 「残念です・・」




車を運転する清治。いつもの光景、いつもの景色、いつもの人々に日常の営みが目の前に広がる。

その夕刻、私は不思議な光景を見ていました。
世の中が輝いて見えるのです。
スーパーの買い物客が輝いている
走りまわる子供たちが輝いている
犬が、稲穂が、雑草が、電柱が
小石までが美しく輝いて見えるのです。



車で自宅までやってくると、いつものようにベランダから手を振る美和の姿が見える。その美和に手を振り返す清治。

すべてが尊く美しい・・・


美和と飛鳥と、3人で写真を撮る・・・


病院の一角

弟の和也が清治のためにワクチンを持ってきてくれた。

  清治 「これが、丸山ワクチンか?」
  和也 「まだ臨床試験の段階だけど、これがガンの特効薬かもしれない。
      希望の薬だ」
  清治 「悪いな、和也」
  和也 「おやじやおふくろには?」
  清治 「いや」
  和也 「美和さんには?」
  清治 「いや・・・」

そう言いながら、咳き込む清治。

  清治 「俺の診断では働ける期間は2ヶ月。生きていられる期間は6ヶ
      月。おやじや美和に伝えたところで苦しませるだけだ。苦しむ
      時間は少しでも短くしてやりたい」
  和也 「・・・そっか」

和也はそれ以上、何も言えなかった。


自宅の前

別の日、清治の出勤時。今日も車のところまで飛鳥を抱いて見送りにやってきている美和。相変わらず咳き込む清治は;

  清治 「気管支炎かなぁ、いや、風邪かもな。飛鳥に移したら大変だな」

そう言いながら車に乗り込む。美和から弁当を受け取り;

  清治 「じゃ、行ってきます」
  美和 「いってらっしゃい」

美和は笑顔を見せながらも、どこか不安げな表情を見せる。


公園

休日。公園で美和や飛鳥の写真を撮る清治。お弁当を用意して、ちょっとしたピクニック・・・なのだけど、咳が酷くなってきて、「ちょっとお手洗い行ってくるわ」と言いながら、水道のある公衆トイレの方に向かう清治。美和たちから見えないところで、水を飲みながら、咳を何とか閉じ込めようとする。

自宅

そして、とある日の夜。晩御飯の際には、清治は食事を食べるのも辛そうになる。

  美和 「大丈夫?」
  清治 「ん?何が?」
  美和 「食欲ない?」
  清治 「いやいや、そんなこと無いよ。このかぼちゃなんて最高だよ」
  美和 「そう、よかった・・・」
  清治 「うん、うまい」

と、平静を装う清治に美和は;

  美和 「せいちゃん」
  清治 「ん?」
  美和 「最近咳止まらないじゃない」
  清治 「ああ、気管支炎だよ」
  美和 「それはあなたの診断でしょ?他の人にも見てもらうとか、ちゃ
      んと検査受けてみるとか!」
  清治 「大丈夫って。ご馳走様」

そして、席を立ち、テレビの前に座って、バラエティ番組なんかをつけたりして。そんな清治に直も食い下がる美和。

  美和 「ね、せいちゃん、診てもらおうよ。やっぱりおかしいよ その
      咳!ねぇ!聞いてるの?!診てもらおうってば!ねぇ!!」

美和に執拗に言われて清治は;

  清治 「俺は俺の考えでやってるんだよ!!!」

清治は、思わず大声で怒鳴ってしまう。美和は驚き、飛鳥は無き初め、そして清治は怒鳴った拍子に再び咳き込む。

  清治 「ごめん・・」
  美和 「・・・」


自宅の外

再び出勤時。美和は何も言わないが、不安げな表情で見送りにきている。

夜明け近くになると、妻が泣くようになったのは、
10月の末のことでした。


  清治 「じゃぁ行ってきます」
  美和 「いってらっしゃい」

どうしたのかと聞くと怖い夢を見たのだといいます。
突然、私がいなくなってしまう夢なのだそうです。


家に戻った美和は、タンスにぶら下げてある清治のあのネクタイを見つる。


病院

一方で、病院での清治は人に気付かれないように、こっそりとワクチンを注射していた。

ちょうどその頃、私もまた、
同じように妙な夢を見たのです。



清治の夢

清治の夢の中の光景。満開の状態の1本の桜の木の下に立つ清治。だけど・・・

時は、春です。
まぶしいほど美しく散る桜の花の中を私は歩いています。
気がつくと、今までいたはずの妻も飛鳥も見当たりません。
声は聞こえるのです。
よくまわらぬ口ではしゃいでいる飛鳥の声、彼女をあやす妻の笑い声…
しかし、見当たらないのです。



自宅

深夜。夢の中で不安に襲われる清治は、やがて目を覚ます。夢だったと安堵し、隣では、静かに飛鳥が眠っていた。が、美和は眠らずに泣いていた。

  清治 「美和?どうした?」
  美和 「また変な夢、見ちゃった・・」
  清治 「ああ」

そして、清治も上半身を起こして;

  清治 「ああ…大丈夫か?」
  美和 「いいの、いいから」
  清治 「大丈夫、大丈夫だから・・・」

ゆっくりと美和を抱きながら、なだめようとする。が;

  美和 「死なないで・・」

と、美和。

  清治 「!」
  美和 「死なないでよ・・。死なないでよ・・・ねぇ、死なないでよ。
      ・・・ねぇ」
  清治 「・・・」
  美和 「もう、本当のこと言ってよ・・・」

泣き続ける美和。

もうこれ以上は隠し通せないと観念しました。


リビングに移り、美和を抱きかかえながら話をする清治。

私は告げました。
私の肺に肉腫が転移してることを。
それは、両肺に広がっており
手術で摘除することも不可能であることを。
そしておそらく、いかなる治療を行うにせよ
まず、一年も持つまい・・・と。


  美和 「帰りましょう。お父さんとお母さんのいる富山へ。飛鳥と3人
      でゆっくり休みましょう」
  清治 「(首を振って)だめだ」
  美和 「?」
  清治 「今、ここにいる僕を必要としてくれている患者さんたちがいる。
      彼らもまた、死と戦っているんだ。その患者さんたちを残して
      はいけない」
  美和 「どうして?せいちゃんじゃなきゃだめなの?」
  清治 「僕自身が、生きるためだ」
  美和 「・・・」

そして、更に美和の肩を抱き寄せて;

  清治 「美和や、飛鳥や、そして患者さんたち、みんなが僕を必要とし
      てくれる・・・たから頑張れるんだ。生きなきゃ、もっと生き
      なきゃって」

美和の手を握りながら、話を続ける;

  清治 「自分を必要としてくれる人がいることが、今の僕の生きがいだ」

涙を流しながら美和は清治の手を握り返す。

  美和 「せいちゃんって、本当に私の言うことなんて全然聞いてくれな
      いんだから」
  清治 「ごめんな 勝手ことばかり言って」


郊外へ

家族で美和が運手する車で出かける。

  清治 「ちょ、危ない、危ない!」
  美和 「えっ?!」
  清治 「せ、センターラインよりすぎだって!」
  美和 「そんなこと無いよ。もう、清ちゃん、怖がりなの」
  清治 「おまえ、いつもこんな運転してんのか?」
  美和 「え、普通でしょ?」
  清治 「どうすんだよ、もしも僕の車にさぁ」
  美和 「もうつけちゃった(笑)」
  清治 「えっ?」
  美和 「傷。ふふ」
  清治 「えっ?」
  美和 「冗談よ!」
  清治 「頼むよ、ちょっと。飛鳥のっけって何かあったら、どうすんだ。
      危いってっ!」
  美和 「何よ!」
  清治 「もっと左だよ」


夜。誰もいない展望台。

  美和 「あ、月が隠れ始めた」

月食が見えるところで車を止め、二人静かに眺めている;

  美和 「ねぇ、皆既月食って4年とか5年に1度なんでしょ?」
  清治 「ああ、条件によって違うらしいけど」
  美和 「ふーん。初めてデートしたとき、奇跡の話してくれたの覚えて
      る?」
  清治 「ああ」
  美和 「奇跡は・・・人が作るんだって」
  清治 「・・・ああ」
  美和 「・・・また・・・一緒に見ようね」
  清治 「・・・」
  美和 「一緒に・・・見ようね」
  清治 「・・・」

  清治 「・・・ああ」

ゆっくりと清治の手に自分の手を重ねる美和。

  美和 「約束・・」
  清治 「ああ・・」

清治も手を握り返す。二人の目には涙が;

  清治 「なぁ」
  美和 「ん?」

その頃、私は、もう一人子供が欲しいと考えていました。


美和の耳元でごにょごにょ囁く清治。

  美和 「何それ?」
  清治 「だって」

更に続けて美和の耳元でごにょごにょ。

妻と飛鳥を、母一人、子一人にしたくなかったのです。


  美和 「どうしたの、急に?・・・わかった。受けてたちましょ」

清治は美和の頬に毀れた涙をふき・・・

術後に投与した抗がん剤で体がぼろぼろでした。
それでも祈りにも似た気持ちで子供を望んだのです。


月食のごく僅かの月の灯りの下で、二人は唇を重ねた。


やがて・・・

そして、奇跡が起きました。


自宅

大急ぎで帰宅する清治。玄関に迎えに出た美和に;

  清治 「美和!!!ほんとか?!」
  美和 「本当よ!!」
  清治 「やったー!!」

美和が妊娠したのです。


美和に抱きつき、そのままバランスを崩して倒れる二人。

  美和 「この子はあなたの執念の子ね。ふふふふ・・ん?」

飛鳥がきょとんとして2人を見てるけど、そんなのお構いなしに、更に抱きつく清治さん(笑)。

  清治 「美和ぁ〜、やったぞぉ〜!」
  美和 「重いよ!」



病院

深夜。誰も居ない廊下を走る女性;

  清治 「梶田さんわかりますか」
  看護婦「ハートレート低下してます」
  清治 「梶田さんわかりますか?聞こえますか?」

入院していた梶田が危篤にり、娘の幸子が病室に駆け込んできた;

  幸子 「お母ちゃん!お母ちゃん!」

勢いで突き飛ばされる清治だけど、何も言わずに梶田に語りかける;

  清治 「梶田さんしっかりしてください。お嬢さんですよ。幸子さんが
      きてますよ」
  梶田 「・・・」

梶田は最期にマスクを外して;

  清治 「・・梶田さん、なんですか?」
  梶田 「・・・」
  清治 「何ですか、梶田さん?」
  梶田 「渡せへんで・・・誰にも渡せへんで・・・」

その直後、「フラットです」と医師。

  幸子 「お母ちゃん!お母ちゃん!」

幸子は梶田に抱きつきながら涙を流す。

『誰にも渡さへん』それが梶田さんの最後の言葉でした。




既に梶田の遺体が運び出された病室。幸子と清治は二人きりで話をする;

  幸子 「寂しい人やな」
  清治 「梶田さんは、あなたが来るのを待って息を引き取られたんです。
      最期にあなたに会えて幸せだったと思います」
  幸子 「そうかな・・・」
  清治 「梶田さんには、たったひとりの娘さんじゃないですか。幸せだ
      ったと思います」

そう断言する清治。

  幸子 「ま、そうでも思わないととやりきれないな」

幸子は、ずっと梶田が首から提げていた鍵を手に、泣きながらそう言った。



自宅の外

飛鳥を抱きながら、清治を見送りに着ている美和。弁当箱を渡しながら;

  美和 「昨日もあんまり寝てないみたいだから運転気をつけてね。はい」
  清治 「お、いいにおいだなぁ」
  美和 「卵、半熟にしておいたから」
  清治 「おお・・・。じゃぁ、行ってきます」
  美和 「行ってらっしゃい」

いつもの『行ってきます』のポーズをして、清治は車を発進させた。

  美和 「いてらっしゃーい・・・」

まだいける。
私はその日まだそう考えていました。


だけど、清治は急に咳き込みはじめ、胸を押さえながら急ブレーキを踏む。車は、片輪が田んぼの中に落ち、クラクションが鳴り響く。助手席に置いていた弁当が傾き、中身が染み出していた。

限界・・でした。


病院

清治の最後の勤めの日。事務所に全員が集まる前で、最後の挨拶をする清治。集まった中には、涙を流す者もいた。

  清治 「病人にとって、苦しいことが3つあります。1つは、自分の病
      気が治る見込みのないこと、2つ目は、お金のない患者さんが
      病気のことだけではなくお金のことまで心配しなければいけな
      いこと、そして、3つ目は、自分の病気を案じてくれる人がい
      ないこと。
      中でも私は、この3つ目の不幸が一番苦しいだろうと思います。
      幸い私は、家族や友人、そして皆さん方にこの荷物をかかえて
      もらってこの不幸を免除してもらっています。しかし、この不
      幸に泣いている患者さんは数知れません。
      ですから私は、みなさんに、患者さんには、できるかぎりの努
      力をしてあげて欲しいのです。患者さんが抱える荷物を1つで
      もかわりに担いであげて欲しいのです。それだけが願いです」

清治は、みなの前で頭を下げた。


病院の玄関では、清治を見送ろうと患者たちまでもが集まっている。

  患者A「みんなで作ったんです」
  患者B「ありがとうございます」
  患者C「ありがとうございました」
  美和 「美和・・・」

大勢の病院の患者から、花束や千羽鶴を受け取る清治。「お元気で」「バンザイ!」といった言葉に見送られ、清治は病院を後にする。

そして、わたしたちは、その鶴を手に富山に帰っていったのです。



実家

富山の実家に帰る清治たち。

実家に戻り、清治はゆっくりと自分の部屋に足を踏み入れる。本棚の本も、机の上の鉛筆削りまで、そのまま置いてある。

まもなく私は、死んでゆかねばならない運命にあるのだ、
と知ってから、ずっと考えていたことがありました。
それは、残されたわずかの月日のうちに
1冊の本を書きあげておきたいということでした。
それは、わたしが30年あまりここに生きたという証であり
私のために泣いてくれた人々への、私の心からのお礼の言葉であり、
そして、何も知らない幼い2人の私の子供へ与えうる
唯一の父親からの贈り物で私の心の形見になると思ったからです。


清治の父は医者として働き、美和と母は台所に立ち、和也も実家に帰ってきて家族の団欒。飛鳥を抱きかかえながら、『星の王子様』を読み聞かせる清治。それに寄り添う美和。


畑の広がる郊外

車で遠くまで広がる農地の真中にやってきた清治と和也。車を降りて、二人は話をし始める。

  清治 「ここに病院を建てたかった・・・」
  和也 「えっ?」

清治は懐から手書きの病院の構想図取り出し、和也に見せる。

  清治 「病人にしかわからない病人の心。身障者にしかわからない身障
      者の心っていうのがある」

構想図には、見ると、図面には細かいコメント付きのプランが書かれてある。

  清治 「俺は、健康な人間には決して作ることのできない病院を作りた
      いんだ。(なおも咳き込みながら)じゃないと、なんのために
      折角こんな体になったのか分からないだろ?」
  和也 「兄貴・・」
  清治 「・・・ああ・・・5年・・・せめて5年あればなぁ・・」
  和也 「兄貴・・」

肩に手をやる和也。その手を握る清治。そしてついに、清治は本音を漏らす・・・

  清治 「死にたくないな・・・」

2人はそのまま黙って涙を流した。


1979年1月

実家

1月。私の左胸についに水がたまりはじめました。


一同集まり、正月の祝いの席。記念に家族揃っての写真撮影。和也がカメラを覗きながら;

  和也 「ちょっとお父さん、固いよ!楽にいくよ!」

そして、全員そろっての正月の写真を撮影する。

  清治 「美和、僕も撮ってくれないか」
  美和 「いいけど」
  清治 「ちょっと着替えてくる」

トイレに立つにも息が切れ、空気も少ししか吸えません。


松葉杖をつきながら、居間を出て、別室に篭り、スーツに着替える清治。

もはや これまで・・


清治の様子を見に来る美和。

  美和 「大丈夫?」
  清治 「ああ」
  美和 「どうしたの?」

美和が清治の背後から話しかける。

  清治 「随分、痩せちゃったなぁ。美和も痩せさせちゃったね。指輪、
      抜けそうだもんなぁ」

そう言われて、美和は慌てて指輪を押し込む。そして;

  清治 「ちゃんと撮ってくれよ。葬式用だからな」
  美和 「やめてよ!なにいってんのよ」
  清治 「よし」

そうして振り返った清治は、美和の選んだネクタイをつけていた。ネクタイをわざわざ手にして、美和に見せる清治。思わず美和は大泣きしはじめた。そんな美和に清治は微笑みかける;

  清治 「ふふふ」
  美和 「ううう(涙)」
  清治 「美和に、撮って欲しいんだ」

泣き続ける美和。

清治は縁側に用意した椅子に座り、庭がバックになるように美和がカメラを構える。

  清治 「早く撮ってくれよ」

だけど、美和は泣く事しか出来ずにいる。

  美和 「できない・・できないよ・・・」

清治はなおも優しく微笑み続ける。


清治の夢

晴れた日に、広い草原を歩く清治、美和、そして飛鳥・・・

夢を見た・・・
おなかの大きな美和と飛鳥の3人で丘を歩いている。
桜が満開で
僕らの上に花びらが吹雪のように舞い落ちて美しい・・・
ぼくには、足がちゃんと2本ある
悲しい夢を最近は見ない。



清治たちの寝室

夜。布団の中で激しく咳き込む清治。その清治の背中をさすりながら、美和が必死に励ます。

  美和 「せいちゃん頑張って!!ほら、またみんなから手紙が届いたよ。
      千羽鶴も増えたねぇ。みんな応援してるよ。清ちゃんが戻って
      くるの、みんな待ってるよ!」
  清治 「負けないよ、みんなのためにも、飛鳥のためにも・・・負けな
      い・・!」

そんな清治の元に、飛鳥が洗面器をもってくる。

  清治 「ありがとう、飛鳥・・・」
  美和 「がんばって・・・」

清治の背中をさすっている美和の手から、指輪がするりと抜けてしまった。美和はそれに気付かず、指輪は清治の布団の中に・・・



台所

夕刻。美和は、台所に立っていると;

  美和 「あれっ?」

指輪がないことに気がつく。そこに清治の母が買い物から帰ってきた。

  サト 「ただいま」
  美和 「お母さん、おかえりなさい」
  サト 「美和さん、これ、清治さんに。一つはあなたに。美和さんも体
      力つけんと」
  美和 「すみません」
  サト 「メロン搾って、ね、飲ませてあげよう。清治さん、おかゆも喉
      通らんのやろ?メロン好きやったから、喜ぶで」

  サト 「清治さん苦しいんやろね・・」
  美和 「苦しいと言ったことはありません。強い人です」
  サト 「そうか・・」

そして、サトがポツリと昔のことを話し始める。

  サト 「私が、初めてここへ来た日ねぇ」
  美和 「えっ?」
  サト 「清治さんお母さんが亡くなって、まだ1年足らずだったんよ。
      だから、受け入れてくれるか不安で不安でねぇ。清治さんが帰
      ってきたとき、目合わせられなくて、うつむいとったんよ…。
      そしたら清治さん玄関先に立ってこう言ってくれたんよ・・・。
      『ただいま』・・・『はじめまして』じゃなくて『ただいま』
      ・・・あんときの清治さんの笑顔一生忘れん・・」


清治の部屋

夜。机に向かう清治。

『・・・雪の降る夜に
          清治』

と原稿用紙に書き綴った手記を締めくくる。



修三の診療所

夜。清治は、医者である父・修三に血圧を計ってもらっていた。

  清治 「いくつ?」
  修三 「70」
  清治 「結局、俺は病気に負けるのかな」
  修三 「だらなこと(?)言うな。病気に勝つも負けるもない」
  清治 「ふふふ(笑)」
  修三 「ふふふ(笑)」
  清治 「ああ…、その椅子の上でさ、注射が嫌だって、よく泣いたっけ
      なぁ」
  修三 「『医者の息子が何言ってんだ!』って怒ったもんや」
  清治 「怖かったぁ〜、父さん。・・・俺、いい息子じゃなかった。親
      に葬式出させるような、バカ息子で・・・許してくれる?」
  修三 「ああ」

声にならない声で、修三はそう答える。

  清治 「あ、そう…、これ、預かってくれるかな。はい」

と修三に紙包みを渡す。包み紙を開け、中を見る修三。

  清治 「俺、夫としても、酷いやつだった」
  修三 「ふふ・・・そうだな」
  清治 「・・・はははは。我がままついでに、もう一ついいかな?」
  修三 「何だ?」
  清治 「俺、手記を書いているんだ。それを本にして飛鳥と、生まれて
      くる子に渡してあげて欲しい」
  修三 「わかった」
  清治 「2人が、結婚するときに持たせてやって」
  修三 「ああ・・・」
  清治 「俺が、書けなくなったら、父さん代わりに書いて。・・・俺の
      最期のこと書いて」
  修三 「ああ・・・わかった」
  清治 「ああ・・・ありがとう・・ありがとう・・父さん」
  修三 「・・・」
  清治 「・・・俺、大丈夫かなぁ」
  修三 「何が?」
  清治 「俺、子供たちにとって誇りになれる父親だったかなぁ」
  修三 「ああ・・」
  清治 「本当?」

涙を浮かべながら修三は清治の手を握って;

  修三 「ああ・・!」

その言葉に、清治は涙を流しながらも笑顔を向けた。



清治たちの寝室

夜。清治は、美和と2人部屋にいた。

  清治 「静かだね・・」
  美和 「静かねぇ・・」
  清治 「最近ね、いろんなこと思い出すんだ」
  美和 「どんなこと?」
  清治 「楽しかったことばかりだ。やっぱり美和との思い出だな」
  美和 「・・・」
  清治 「なぁ、美和」
  美和 「ん?」
  清治 「僕みたいな幸せな病人はいないと思うんだ」
  美和 「・・・」

清治の部屋にはたくさんの千羽鶴。色紙、手紙が置かれてる。

  清治 「美和、ありがとう・・ありがとう」
  美和 「うーうん・・・せいちゃん」
  清治 「ん?」
  美和 「あたし・・・謝らなきゃいけないことがあるの・・・あたしね
      ・・・私・・・」
  清治 「車ぶつけたのか?」
  美和 「もう、バカ言う・・・。うふふふ(笑)」
  清治 「ふふふふ・・・。で、何?」
  美和 「何でもない」

清治が美和の手を取って;

  清治 「約束守れなかったな・・・」

両手で清治の手を握り、清治ももう一方の手で美和の手を握る。そして、美和の指を見て;

  清治 「幸せになれや」
  美和 「ん?」
  清治 「うーうん」

美和は自分のお腹に手を当て;

  美和 「清ちゃん?」
  清治 「ん?」
  美和 「名前、頂戴ね。この子にあなたの名前から一文字、頂戴」
  清治 「うん」
  美和 「・・あ、動いた!」
  清治 「えっ?」
  美和 「ほら、動いた」
  清治 「動いた?」
  美和 「うん」
  清治 「えっ!」

そうして、清治も美和のお腹に自分の手を当ててみる;

  清治 「ああ、本当だ・・・動いている、動いてるねぇ!!すごい!!
      おーい、おーい 父さんだよ!父さん・・・聞こえるか・・・
      父さんだよ おーい おーい」

泣きながら美和のお腹に叫ぶ清治。同じく涙を流す美和。

  清治 「会いたいなぁ・・・」
  美和 「お父さんだよぉ」
  清治 「・・・会いたいな・・・おまえに会いたいなぁ・・・」

たまらず美和が大声を上げて泣いた。

その横で、飛鳥は健やかに眠っている。


居間

最期の夜・・・父と母と弟と・・・美和と、そして飛鳥と・・・最期に飛鳥の手を握り「ありがとう」といい、父に向かって「ありがとうと」、そして母に向かって、弟に向かって・・・最後に美和に向かって「ありがとう・・・ありがとう」・・・


涙を流す美和に、最期に指を2本立てて、いつものサインをしてみせる清治。


清治の頬に一筋の涙が流れ落ちる。

あたりまえ
こんなすばらしいことを みんなはなぜ
喜ばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が二本あって
足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音が聞こえて
声がでる
こんな幸せはあるでしょうか

しかし、だれもそれを喜ばない
あたりまえだと笑ってすます

食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れる
そして、また朝がくる
空気を胸いっぱいに吸える
笑える
泣ける
叫ぶこともできる
走りまわれる

みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことをみんなは、決して喜ばない

そのありがたさを知っているのは、
それを無くした人たちだけ
なぜでしょう
当たり前



そして、清治は皆に見守られながら、そのまま静かに倒れた。

動かなくなった清治の背中を飛鳥が叩いていた。





清子の結婚披露宴会場

清治の遺した本を閉じる美和。そこに;

  修三 「美和さん」

と修三が声をかける。

  美和 「あ、お父さん」
  修三 「清子ちゃん、綺麗やねぇ」
  美和 「孫にも衣装ですよ」
  修三 「あははは、そんなことないよ」
  美和 「飛鳥もこれでやっと行く気になったみたいですよ」
  修三 「まぁ、そう急がんでも」
  美和 「いえいえ。飛鳥ももう、27ですよ。清子が25で『ぎりぎりよ』
      と焦らせてましたから」
  修三 「そうか25か・・」
  美和 「25年・・・」
  修三 「美和さん・・一人でよう頑張ってきたね」
  美和 「・・・。私、一人だなんて思ったことありませんでした。清治
      さんと過ごしたのは、たった4年でしたけど、あの人は、その
      後もずっと私たちと一緒にいてくれましたから。一生分の宝物
      を残してくれました」
  修三 「そうかぁ・・・」
  美和 「ええ」
  修三 「美和さんに白状しなきゃならんことがあるんじゃ」
  美和 「何ですか?」

清治に渡されていた紙に包まれていたものを取り出す。

  修三 「開けてみなさい」

それは、原稿用紙に包まれたエメラルドグリーンの指輪だった。

  修三 「最期の夜に清治から渡された。美和さんが再婚するとしたら、
      応援してくれって。ま、意味はなかったようだが」
  美和 「すいません・・モテない嫁で」
  修三 「ははは(笑)」

再びの指輪をする美和。昔と同じように、エメラルドグリーンの海と重ねてみる。

  飛鳥 「お母さん、お爺ちゃん!そろそろ来て!」
  美和 「はーい」

飛鳥に声を掛けられ、披露宴会場へと向かう。



高台から海が見渡せる披露宴会場。

ふたりの子供たちへ
心の優しい思いやりのある子に育ちますように


披露宴で、美和は清治の本を清子に手渡す。

  美和 「お父さんよ」


サンテ=グジュペリの書いている
大切なことはいつだて目には見えない
目には、見えないが
私は、いつまでも生きている
おまえたちと一緒に生きている
だから、私に会いたくなる日がきたら
心で私を見つめてごらん
いいかい、心の優しい思いやりのある子に育ちなさい
そして、お母さんを大切にしてあげなさい
ふたりの力で守ってあげれば
どんな苦労だって乗り越えられるよ
おもいやりのある子は、周りの人を幸せにする。
周りの人を幸せにする人は、
周りの人々によって、もっともっと幸せにされる
世界で一番幸せな人だ
だから、心の優しい思いやりのある子に育って欲しい
それがわたしの祈りだ
さようなら
おまえたちがいつまでもいつまでも
幸せでありますように


踊りの輪の中から外れて、一人、清治のことを思い出してる美和。

  飛鳥 「お母さん、何休んでるの!」

と飛鳥が呼びにくる。美和は微笑んで、席を立つ。そして、振り返り何かを見つめていた。美和も、指を二本立ててサインを送る。テーブルには、美和が撮影した、笑顔の清治の写真があった。


Fin


(06.12.03 up)


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